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2015-02-07(Sat)

仮出所(?)した

2015年02月07日(土)
昨日は忙しかった。
食堂でいつものようにオッサン仲間とテレビ見ながら朝飯を食い、9時半からCTなので検査票や財布を持って出かける。
待合には数人、外来や入院患者が待っていたが、俺の前に入る予定だったらしい患者が呼ばれてもおらず、幸いほとんど待たずに繰り上げで呼ばれた。
放射線治療と違ってCTは数秒とはいえ息止めがある。
放射線照射は当初、脾臓以外の臓器や骨になるべく放射線が当たらないよう慎重に位置決めをして、腹に設計図のような目印を書かれ(今もある)、毎回それを合わせるのにけっこう技師の方々も苦労していた。だが2日置き10回の照射も途中からは割合スムースに位置も合わせられ、照射自体は仰向けに寝てるだけで一瞬。
なので息止めがある分、久々のCTの方がしんどさがあった。もし単純じゃなく造影の撮影だったらもっと面倒臭かったろう。
CT撮影そのものは数分、いったん病棟へ帰る。
いやほんまにここ半年、3回の入院でほぼ半分を病棟で過ごしているので、よくオッサン仲間と「もう半分我が家ですなあ」「いや家より安全ですし」とか言い合っている。「家へ帰る」という感覚にちょっと近い。

さてCTの後はちょっとインターバルがあって午前中に呼吸器内科の薬剤吸入がある。
これは毎月一回、カリニ肺炎を抑える薬ベナンバックスを吸入するために外来の処置室に行く。これはもう5年くらい続けてるか、でも全く慣れないし毎回拷問だ。涙鼻水ヨダレ嘔吐の連鎖。こんな時代なんだから飲んで終わりとか注射とかねえのかよ…と思うが、ない。
経口の薬剤バルトレックスは、副作用で白血球を減少させてしまう。俺の場合も実際初期に確認されている。
つまり、骨髄抑制中には当たり前だが使えない。その他…はもうこの吸入しかないのだ。
俺ら通称「積3」病棟の患者は、たいてい血液がんの治療中という患者が多いので、どうしても骨髄抑制の出ている患者つまり免疫が低下している人が多い。その度合いで、経口か吸入か決まるが、俺の場合はもう吸入しかないとはっきり言われている。うう。

普通の人の肺に普通に居るカリニ原虫…今はニューモチスシスと言うそうだが、まあ、そういうものは免疫で抑えられるが、俺らはこいつが肺炎になって暴れると命に関わってくる。特に俺は一度HIV患者でも無いのに、肺の中にいくつも穴をあけるという特殊なタイプを発症しているので、薬は必須だ。
その吸入器が置かれた電話ボックスみたいな個室に入って、吸い口を咥え、ひたすら薬を生理食塩水に混ぜて霧にしたものを吸い込むわけだ。これが拷問。
せめて、呼吸器内科の外来じゃなく積貞棟にも置けばいいのに、といつも思う。実際外来棟の処置室にいる看護婦さんたちも「積3にも置けばいいのにねえ」と言ってくれている。何しろ俺ら免疫抑制中の患者が呼吸器疾患患者が確実に集まっている外来へ行くという事それ自体、サバンナの猛獣の中にふらふらフリチンで入ってくようなもんだからだ。
その上での、拷問である。

…まあ、今回も吐いた。
しんどかったが終わった後は一ヶ月無いと思うと一安心だよ…。

外来棟を1階に降りて、ゆっくり歩いて地下のローソンへ向かう。
ここもメインロビーを通るので、凄い数の患者やその他の一般人が出入りしているから、本当なら通らない方がいい。でも導線が悪すぎて必ず通らねばならない。
何か病院の入口は今囲いが出来ていてなにやら工事している様子。それが患者の導線を楽にするものなら良いのだが。たとえばエスカレータをつける、それだけでもかなりの患者が助かると思う。
それにしても、我ながら足の筋力が萎え、それに色々な要素…血球減少による貧血、上が90を切ることもある低血圧、さらには放射線による副作用などもあってヘロヘロである。
年寄りのように手すりを時々頼りに、そろそろと歩いた。
明日退院とか、これで大丈夫なのかほんまに。

ローソンではいつものように水分…病棟にある茶と水「以外」のものを仕入れる。
抗がん剤治療中も放射線治療中も、壊された腫瘍細胞を体内に残留させておくのは良く無いので、どんどん水分を摂って流すというのは基本。これを怠るとみるみる尿酸値が上がったり、腎臓に負担がかかってくるので、採血の数値ですぐ解る。そうなると輸液を入れられることになる。だからせっせと水分を摂るが、病棟で買えるのは自販機の茶と水しかない。なので、なるべく水分でもバラエティをつけるようになる。
食欲も全く無いのだが、吐き気は吐き気止めでブロックされているので、食おうと思えば食える。水分同様、食えなくなるとこれも輸液で栄養を入れられることになる。要するに嫌な常に点滴ぶら下げて歩く状態が続くことになる、という事。だから自力で水分や飯を摂る、これが基本。

ただ今回は病院食が以前と違って全く受け付けなくなった。匂いがアカン、のだ。薄味がどうとかじゃなく、何というか、ぱかっとフタを開けた時に立ちのぼるご飯やおかずの匂いが以前と違って吐き気を誘発する。吐き気止めもいつもの弱いプリンペラン系じゃ全く効かなかった。何かがおかしくなっている。
なのでコンビニで、その時に食えそうなものを買う。普段なら食わないジャンキーなものが食えたり、これまた普段はあんまり食わないカップ麺なんかに助けられている。
最近はちょいちょい、割子そばを買っている。濃いそばつゆと、しゃきしゃきのネギ、わさびでつるつるっと食えてしまうから有り難い。
コンビニ食は普通の人にとってはあんまり健康に良くないイメージがあるだろうが、我々のような免疫抑制の患者にとって、実は一番安心安全な食品だ。(いや、病棟で出る滅菌食などを除けば、の話ですよ)
何しろ賞味期限は厳格に守られており、基本的に個別包装されているし、そして当たり前だが防腐剤もきっちり入っている。
健康な人が言う体にいいとか悪いとか、そういう話とは別。

抗がん剤や放射線照射といったきつい治療は効果もあるが当然副作用もある。
そしてその出方は一様ではない。よく言われる毛が抜けるとか吐き気とか骨髄抑制とかさまざまあって、もちろんどの薬がどういう作用が出るという事は臨床例から推察は出来るわけだが、薬剤はたくさんの種類あって、組み合わせも当然もの凄い数になるし、使われる人間も老若男女、病気の型、もちろん体力なども含めてもうその人に向けて個人オーダーで治療するようなものだ。だから人によって出る作用も「副作用」も変わってくる。
同じ抗がん剤の組み合わせで同じような量を同じような時間で入れた同じような年齢体格の人でも、翌日何も無かったかのように普通に飯を食って軽やかに下膳に来る人も居れば、吐き気と目眩でベッドから動けなかったという人も居る。
さまざまな「事例」をこの目で実際に見て来て、ほんまに十人十色、千差万別、人生色々(笑)…と思う。
要するにプロの先生方に任せとけ、ということ。それしかない。

今まで、先生がたの「治療方針」や説明には疑問はなく、あってもきっちりその都度解決して下さり、そしてその「目論見」通りの効果が出て来ている。
うすらぼんやり遠くにあるんだか無いんだか解らなかった「目標」も、ちょっとモヤが晴れて「ああ、あそこか」くらいには見えてきた。
もちろんたどり着けるまでには相当な困難と時間があるのだが、先が見えない・解らない状態とは全く違う。
だから言われた通り、言われたことは守り、病棟でもルール、マナーを守り、解らないことは自分で勉強し、疑問は聞いて解決し、不安も相談して解消する。付け焼き刃で余計なことは言わない。冗談くらいは言うけど。

まあ、世の中の不幸を一心に背負っているかのように悲劇の渦中に自分を置いて、八つ当たりしたり、看護士さんに横柄な患者も多い。マナーやルールを守らない患者も、実際はその方が多いんじゃないかというくらい多い。
中には病棟でプロの先生がたに治療を受けながら頓珍漢な健康法を実践し、先生には嘘を言い、去るとすぐそのエビデンスのない健康法を実践するという母子(けっこういい年だが)も同室に居た。

ちなみにマナーが悪いのは圧倒的に俺たちより年長、団塊くらいの世代。
これは申し訳ないが実体験なので仕方がない。(もちろん患者の中にも、そしてこれまでの人生でお付き合いいただいている中にもこの世代で立派な方々はたくさんおられますよ、その上での話)
いちいち書かないが、ほんまにええ加減にせえよ、大概やな、というジジイがほんっとに多い(女性の方は部屋が違うしあまり交流しないのでよく知らない)。どういう躾けを受けてきたのか、どういう社会生活を営んでくればああいう腐った人間が出来上がるのか、というのも居る。
そういう人らとカーテン一枚で仕切られ四人が同室する。カーテンは薄い目隠しだけで、実質的には一部屋にベッドが4つあって赤の他人のオッサン四人が寝起きしているわけだ。
なのに自分の家のように振る舞うアホンダラが多すぎる。そのアホンダラの割合が、圧倒的にジジイだということ。
ジジイの患者が多いから、ということでもない。若い患者もこの病気には多く、実際高校生や大学生くらいの男の子も同室になったりしている。そういう子らは概ね本人は大人しい子だったりするが、親の方が「悲劇の主人公」になっている事が多い。これはほぼ100%母親だ。

詳しくは書けないが、要するに、何で私の可愛い息子ちゃんがこんな酷い目に、ああ可哀想ああもう可哀想~私が代わってあげたいわ何でもしてあげる私が守ってあげる何なら私が治してあげる! …そんな感じ。笑い事ではない、母親ってものはいくつになってもそういうものかも知らんが、巣へせっせとエサを運ぶツバメの親のように、ドタバタ出入りをしてはお菓子や唐揚げや弁当を買い与え、四六時中でかい声で息子に話し続けてピーチクとやかましい。
もう息子しか目に入ってないので、相部屋のオッサン達なんか道端の犬の糞程度にしか思ってないのだろう。
クソ扱いされるこっちとしては本当に困るし迷惑なのだが、おかんの気持ちも痛いほど分かるのが辛い。
だからみんな我慢している。

その悲劇のおかんに我慢しているジジイの中にも、いい年をして先生に早く家に帰せ退院はいつだこないだ週末帰れる言うたやんかとまくしたてるのもいる。俺なんか横で聞いてて「じゃあとっとと勝手に出てけ」と思う。何なら俺が蹴り出したろかと思ったりするが、先生は自分の患者に最善を尽くしたいのが当然だ。だから血球の状態などを慎重に見て、外はまだ危険だから、という判断を患者の直前の採血で判断するという事だって普通に起こり得る。それによってもちろん、予定していた退院や一時外泊が変更になることなどこの病気では常識。
ていうかちょっとは自分の病気について、何で学ぼうとしないのかと不思議で仕方ない。最初に医師団から必ず治療方針についてはカンファレンスがあり、きっちりと治療プロトコルについても説明がある。そらいきなり病気も入院もしたことのないというオッサンやジジイが、突然血液腫瘍で骨髄抑制がとか、採血項目で何がどうとか言われても混乱すると思う。
でも自分の生き死にがかかってる事だろう、もうちょっと真剣に考えろよと思う。
そうして不勉強で言われたことの意味を理解せずに文句ばかり垂れる。もう小学生並の知性と品格だ。
で「もう息子に仕事を休ませて車を出す算段をしてしまった」とか我が儘を言い、嫌みを言い、ねちねちと見舞いの家族にいつまでも先生の悪口を言っている。聞いてて本当に胸糞悪い。隣のベッドでこうした一連のやりとりを大声でのべつ幕無しに聞かされている、同じ患者のこっちも溜まらんが、患者のため、治したい、と思っている先生が一番やりきれないと思う。

それにしてもルールを守り、マナーを守り、我慢をし、感情を押し殺している人たちが損をして苦痛を強いられるのは、これまで病院の外…つまり日常社会でも何度も経験してきたことで、ここはその社会の縮図だと思えばさもありなん、である。

昼は胃が空っぽになったのと、嫌な吸入が終わったので食欲が珍しく喚起されて、おにぎりを買った。
いくらのおにぎりだが、これは一応担当の先生にたまたまコンビニ内で遭遇した際に「大丈夫ですよね」と確認してあるので俺でも食っていいもの。おにぎりの場合、生の具はご飯に内包されてるし、コンビニの場合防腐処理、個別包装、作って時間が経っていない。だから食える。
あ、最近ちょいちょい見るにぎり寿司のパックなんかも聞いてみたが、そちらは「グレーゾーン」らしい。医師から食っていいとは言えないが、じゃあアカンかと言うと品質によるし、という感じだった。グレーなら避けた方が無難。俺たち患者はしなくていい冒険は避けるべきだし、リスクはなるべく排除すべきなのだ。

午後は最後の放射線照射後の採血結果で、いつもよりちょいと数値の気になる汎血球減少が見られた。これにより先生が、退院前に「念のため入れておきましょう」と判断された血小板輸血がある。
ちょっと一休みして、夕方から輸血。
ひたすらベッドで落ちるのを待っていた。もちろん動いてもいいしトイレも行くが、まあ寝ていてノートPCでネットを見ながら過ごしている方が楽。
同室の見舞客の騒音はヘッドフォンで音楽をかけて打ち消す。

基本、大部屋には一人の患者にせいぜい見舞客一人、それも他の患者さんもいるので小声で話すのがマナー。でもマナーというものは大抵、歯牙にも掛けない連中の方が多いものだ。実際ゲホンゲホン咳をして鼻をすすって病室に平気で入って来るバカとか、3人くらい家族が入って来てワイワイガヤガヤ、ということも多い。
人数が多い場合は食堂へ、というルールがあるのに、守らない人は全く気にもかけていない。実際病院の外でもこんな調子で周りに不快を巻き散らかして生きてるんだろう。

そういえば個室からようやく大部屋に移動できる状態になったはいいが、いっとき、俺の入った大部屋が患者4人より見舞客が7人で遙かに多いという状態があった。これはさすがに後で病棟長の先生に愚痴ったけど。いやうるさいのが一番ひどいが、感染などのリスクもあるし、そもそもマナー以前の問題だろう。病室は患者が安静に休み加療する場所だ。それに日中だって具合が悪くて寝ている人も居るのだ。
ああいう連中って、薄いカーテン一枚が防音壁とでも思っているとしか思えないほどの大声と、粗雑な生活音をたてる。俺一緒に生活してたらたぶんケンカになってると思うし、そもそもそんな人とは一緒に生活しない。でもここでは共同生活をせなならんのだ。向こうに「共同生活」なんて意識はこれっぽっちもないけど。

こうしたモンスター患者みたいなバカに俺ら患者が直接注意をすると、病室の空気も悪くなるし中には逆ギレするのもいる。基本、電話は食堂か電話室(公衆電話が置いてある小部屋)で、という「ルール」があるが、関係ねえとばかりに平気で大声でベッドの上で電話をするジジイも多い。脳に抗がん剤が廻ってんのかと思うほど、全く「他人の迷惑」に考えが及ばない。そういう部分ではある意味感心すらする。いや実際はドロップキックしたいけど。

ドロップキックはしないが、そういうジジイにいつだったか「大部屋では携帯かけたらアカンよ」とちょっときつく言ったら、「あすんません」と一応口をとがらせ、その後は「ヒソヒソ」と相変わらずベッドで電話をしたり、廊下で俺とすれ違うと睨んで来るようになった。子どもか。
もうほんっとにそういうの俺も気が短いのでぶん殴りたくて仕方がないが、そうすると俺が病棟から叩き出される事になる。
だいたいマナーを守らない連中は、マナーという概念がそもそも欠落しているので、つまり、最初から全く噛み合わないのだ。だから同じような常識を持った患者は同じ周波数で行動をしているのが解るので、だんだん顔見知りになり挨拶をするようになり、そのうち会話をし、一緒にテレビを見たりするようになる。そういう人たちと話していても、やはり常識のない患者に辟易した、という体験を持っている。みんな俺と同じようにルールやマナーを守っているが、守らない連中に苦い思いをしている。

この病棟の看護師さんたちは基本「優しい」ので、あんまり患者を叱らない。
俺もたいがいあちこちの病棟に入ったもんだけど、いつぞやの某病棟なんか野戦病院みたいだったなあ(笑)、と思い出す。向かいのおっさんなんかベッドで携帯使ってたら通りかかった看護婦がすぐさま飛んできて、「あのね、こういう事されると他の患者さんが迷惑なの。こないだも言いましたよね。わかる? 解らないなら出てってもらうけど」とか詰問されてておかしかった。いいオッサンなのに懇々と若い看護婦に説教されている。そうだそうだもっと言え、と内心思って聞いてたっけ。
そういうところと比べると、このがん病棟は本当に柔らかい。
当然、ここはそれだけ重篤な病気を抱え過酷な治療をしている患者が多いので、出来るだけ本人の自由にさせ、ストレスを与えない…ということもあるのだろう(と推察される)。
それは正しいとも思う。
しかしそれはそれ、そうした優しさや配慮、意味を理解せず、ただ甘いと判断して付けあがる患者がいて、それが他の患者のストレッサーになるのでは、本末転倒だ。

見舞い時間は2時~7時で、だいたい俺ら患者が広い食堂でテレビを見てワイワイ話すのは見舞客の時間が終わった後。それまでは食堂に居ても、見舞いが増えてくるとそっと席を空ける。
病室に戻ると、ムチャクチャな患者と見舞いの騒音の中でひたすら我慢するしかない。
居場所が、無い。
おんなじ病人なのに。
その我慢と忍耐の時間を終え、7時を過ぎたら、病室で毎日自分の身の回りを拭いている除菌ウエットタオルを数枚取って、食堂に向かう。
自分の座るテーブルや椅子まわりを綺麗に拭いて座り、そこで晩飯を食ったりテレビを見たりする。
顔見知りと愚痴を言い合い冗談を言い合って笑い、最後まで残る数人…まあ俺と某Iさんが多いが、適当な時間で切り上げ、見舞客や他の患者が椅子を引いて座ったまんまにしてったのを全て直し、キチンとテーブルを拭き、電気を消して出る。
椅子がバラバラになってたり、食いカスがあったりするのをいつも居る俺たちの仕業と思われるのが嫌だし、そういう状況を見過ごせない性分だから、自然とやっている。まあメリハリになっていい。

そういう生活も今日でまた一区切り。
朝は食事をキャンセルしたつもりがなぜか配膳されたので、カットパインとジョアだけにした。
仲良くなったIさんTさんと退院前に下のレストランで食事をしましょう、と約束していたので、朝は軽くした。
病院の下にあるレストランは土日は昼前なら空いているので、11時になったらすぐ行けば混む前に出られるという算段。
それまでに俺は自分のベッド周りの荷物整理を終え、着替えて、カートや大きい袋、ジャンパーなどは見舞客用のロッカーへ入れてしまった。
退院手続きも休日受付の方で済ませて、11時ころ3人でレストランで飯を食った。俺はハンバーグと海老フライ定食。
業務用の何てことはない味だが、それがいい。うまい。
食後はコーヒーも飲んで世間話。いつもペットボトルのコーヒーやらインスタントばかりなので、こういうところのコーヒーが、これまた何てこたぁないのだが実にうまい。
やっぱりシャバはいいですねえ、まあ仮出所ですけどと笑い合う。

実際このたびは予期せぬインフル感染から、脾臓の機能亢進を抑えるための放射線治療に入って完遂。治療効果と副作用はちょっと後を引くそうなので様子を見つついったん退院し、感染に注意しつつ通院して、頃合いを見ていよいよ癌細胞本体を叩く抗がん剤治療のためにまた入院する予定だ。
次の治療はかなりしんどいと思う。
ようやく日本でも承認された新薬キャンパス(このブログにも前に書いたことがある気がする)が使える予定。
何とかまだまだしんどいが、ふんばりどころだ。
それまでほんのちょっと小休止。

病棟に上がって2人と「お互いお大事に」と挨拶して別れ、荷物を出してまっすぐタクシー乗り場へ向かう。
今回は病棟に居た担当の看護師さんたちには簡単に挨拶もできた。まあすぐ戻って来るし。

さて乗ったタクシーは今回の入院2日目、熱が引いたタイミングで自宅に最低限の荷物とPCを取りにとんぼ返りした時の個人タクシーでびっくり。何年も通ってるのに、同じ入院で同じ運転手さんに運んで貰うのは初めてだ。
十数分で着いた一ヶ月ぶりの自分の部屋には、昨日掃除の業者を入れておいたので、ホコリや雑菌の心配はあまりない。空気清浄機はつけっぱなしにして出た。
それでも家の中でもマスク。
そしてすぐうがい、手洗い。
何しろ病気が進行し、治療を始めてから、最近の血球減少は一年前と比べてもかなり低い状態。いろいろ気をつけても、きっと何かに感染するんだろうなあ…という諦観もある。

一息ついて、着替えてから荷ほどきをし、PCで仕事の環境を戻し、ごろりと横になった。
室温12℃。寒い。
エアコンをつけて、溜まっていた郵便物を仕分けする。

今回は年賀状に寒中見舞いをお返しする暇も無かった。正月2日に微熱が出て、とりあえず抗生物質で安静にして様子を見てから5日の外来に行った。その夜には高熱が出て、翌朝病院へ行ったらもう即入院。
そして今日が退院。
正月気分もたった1日ちょっとだった…。

いろいろと不義理をしていたし、記録魔の俺がこの度はほとんど記録をつけていない。
誰に褒めて貰うわけでもなく、この悪文も誰が評価するわけでもないが、記録をつけることである意味現在の凄まじい苦境と不幸を相対化していた。そういう自覚もあってやっていた。だから帯状疱疹劇症化の地獄の中で、腕一本動かすだけで激痛という状況でも薬袋を開いた裏面に記録を書いた。バカだと自分でも思った。でもそれは精神の「逃げ道」でもあったわけ。
前回の抗がん剤治療の際は薬が弱く量も少なかったためか、副作用の強いものは出なかった。
だが今回、放射線治療は治療前「線量は少ないので、副作用もあまり出ない」と言われていたが、実際はかなり強く出てしまった。線量は少なくても、きっと照射面積が広いからでしょうと言われた。そりゃそうだ、ここ数年で脾臓の肥大は本当に妊婦のような状態になっていて、腹膜の中で他の臓器を圧迫していた。
幸い脾臓は妊婦からメタボのおっさんくらいまで、回を重ねるごとに劇的に腫れが引いてくれたものの、その分副作用…宿酔(しゅくすい)と言われる船酔いみたいなものが強く出たわけで、やはり強い治療と強い副作用は引き替えなんだと思った。

骨髄抑制による血球減少も、けっこうはっきりと現れた。
白血球なんか410まで落ちた。赤血球もヘモグロビンも血小板もまんべんなく、自己最低記録更新レベルまで落ちた。
宿酔も吐き気は薬でブロックできたものの、何とも言えない体のだるさと、「やる気が出ない」という虚脱感はどうしようもなかった。
今もそれはある。

なにもかもが、面倒くさい。

これまで一人だから、なにもかもを、それでもやってきた。
やることで自分に鞭打って来た感じもある。今回はもうそんな気力がない。明らかに前とは違う。
これも脾臓の腫れと同じように「引いていく」と良いのだが。

まったく入院からブログ更新がないので、そろそろけっこうな方々から「どうしたんだよ」「死んだか」とメールその他で聞かれることが増えてきたので、これこのようにご報告する次第。

入院の後半、俺の母親とほぼほぼ同じくらいの年齢のおかあさんと仲良くなった。
その人はしきりに「お母さんより先に死なないように頑張らなきゃ!」と言ってくれた。
うん、そりゃそうだなあ。さんざん親不孝をしてきたが、最後に逆縁じゃあ地獄に堕ちるってもんだ。
頑張らないとね。
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プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
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