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2015-07-17(Fri)

50代突入

2015年07月17日(金)
無事今年も誕生日。

生きも生きたり半世紀。
…これは、連れ合いが昔50歳になった誕生日に、酒の場で俺が言ったひとこと。
言い方が大仰だったせいか連れ合いは馬鹿にされたと勘違いして、何かぶつけられたと思う。
まあ一定年齢以上の女性に年齢をネタに笑いを取れるのは芸人でも少ないので、凡人はやらない方がいい。
あれから17年か。

自分の誕生日である7月17日、京都では祇園祭の真っ最中で、最初の山鉾巡行が行われる日でもある。

昨日の午前中から、外は時々ビュウと風が強くなり、夕方になるとひっきりなしに強い風が吹き、轟音と共に建物が揺れる時もあるほどになった。
ひとの誕生日に台風かよ。
昨日の夕方時点で台風11号はまだ四国沖だったというのに、あれほどの風が京都まで来るのは珍しい。
よく京都に住む人同士で感心し合うのだが、ほんまに千二百年も前にようここに京(ミヤコ)を作らはったなあ、昔の人は偉いなあ、と。
天気図や衛星画像の動画で、凄まじい雨を紀伊山地がブロックしてくれているのを見ると、複雑な気持ちにすらなる。
今回は近畿南部に今日までに1000mmを超えようかという降水量が予報として出て、よみうりテレビで気象予報士の蓬莱君が「こんな数字は見た事がありません」と言っていた。

で、俺の誕生日は祇園祭りのハイライト山鉾巡行だが、昨日の時点で「ああこれ絶対無理やろ」と思っていた。ニュースでは取り付けてあった提灯を午前中に外してたし、この風の感じだと事故になりかねない。
目当てでずっと前から宿だの予約してた人にはお気の毒だなあ、とか思っていた。しかし何しろ、記録の残っている百年以上前の十九世紀末から、山鉾巡行が「気象」が原因で中止になった事は無いんだから仕方ない。
夕方のニュースでは、続々と四国から和歌山から三重県奈良県に雨や風、洪水その他の警報が続々と入って来る。画面もいつの間にかL字。
山鉾巡行は俺たち夫婦が京都に引っ越してくる前年、2006年が確かざあざあ降りの中だったはず。
これはもう伝統で「小雨決行・大雨強行」、何しろ俺が生まれる前の1962年に阪急電鉄の工事で中止になったのが最後らしい。さてどうなるか…。

この時期は梅雨が明けるか明けへんかというあたりだし、記憶でもクソ暑い時の印象が多い。いつだったか、俺と連れ合いが四条河原町は観光客で凄い人なので、河原町御池に「辻廻し」を見に行ったときは曇り空だった。
中止かどうかは今日の未明5時半までに決めるという発表。風の様子だと無理かな、と思っていたが、今朝になって外を見たら「ああ、これはやるな」と思った。よほどの暴風雨でもなければ、中止はしないだろう。

そんなことで、俺の誕生日は台風接近の中、「コンチキチン」の宵山へ繰り出すこともなく、粛々といつも通りに訪れて、いつも通りに寝て、普通に起きただけであった。

40代はひでえ年代だった。
これからの10年はまともに少しはマシな50代になるのかね。
十年前は十年後生きている自分なんか全く想像出来なかった、というより「十年生きる」事が最大の目標だった。
達成しちまったな…。達成感皆無だけど。ひとことで十年というけど、いやもうそりゃあ大変だったよ。

ゆうべは導眠剤がなぜかきっちり二週間分足りず、前から数錠ずつずれて残っていた分は無くなった。そのせいかしっかり眠れず、朝方すぐに目が覚め、以後薄く寝てるような醒めてるような、何度も寝返りを打つ感じでもやっとする。
はっきり目を醒ましたのは9時前後。外は強風はやや収まっていて、雨は後で起きたときに見たらさーさーと降っていた。
寝てる間に台風は四国を縦断して瀬戸内海へ抜けたようで、暴風域は無くなり強風域が中国四国地方を中心に九州から関西全域をほぼ覆っている。

起きたら空腹で、すぐ昨日作ったカレーを冷蔵庫から出して、水やルーなどを足して食べた。朝カレーってイチローかよ、…と今まさしく「イチロー」と打ち込んだ瞬間、テレビからイチローの声。
MBSを仕事しながら流していたが、ユンケルのCMだった。
こういうシンクロニシティがよく起きるようになるのは、何の暗示だったかなあ。そうだ、連れ合いが死ぬ前後だったなあ。
死ぬ前はそういう事が何を意味するのか解らずに「まただ」と二人で顔を見合わせた。気のせいっちゃ気のせいなんだろう、しかしおかしな事がよく起きた。
そして彼女が亡くなったあとは、とても増えた。彼女のことを考えてばかりいたから、彼女のことでシンクロニシティが起きるのは当たり前なんだろう。だがその後こうした事は徐々に減っていき、はたと無くなって、最近また増えてきた。
脳のやる事は判らん。

さて夕方になっても外は相変わらずの曇り、風はもう時々びゅうっと吹くくらいだが、雨は強くなって、今も降っている。

誕生日だが50代に入った感慨もとくに無い。祝いで酒を飲むなんてこともない。
なにしろついこないだ14日、痛飲したばかりで…。
またかよ! とお思いでしょうが、まあまあ。

去年の抗がん剤投与から今年あたまのインフル感染~脾臓への放射線照射まで、半年間に通算三回三ヶ月ほどを病院に入院していた。
その時に知り合い、「お互い元気で病院の外で飲めるようになろう」と話していた「戦友」みたいな人たちと、飲むことが出来た。
病棟で見舞客が帰ったあとの時間、消灯までテレビを眺めて、「肉喰いたいなあ」「ビールうまそやなあ」なんて言い合っていた。『秘密のケンミンショー』あたりが鬼門と解っていながら、ついつい見てはよだれが出そうになったり。
いや本当に、病棟での日々を思い出すと、夢のようだった。

14日、急性白血病で去年夏から、抗がん剤クールを繰り返している五十代のIさんと、やはり去年突然発病して、今年頭にご兄弟の骨髄移植を受け見事に回復した三十代のT君と、外は暑いので、ヨドバシカメラの店内で待ち合わせになった。
電話で二階のテレビ売り場の前にいると聞いて上がって行くと、見知った顔があり、お互い満面の笑みで何か解らへんけど嬉しいなあ、という感じでがっちり握手をした。
お互いの顔を見ると病棟にいた姿しかないので、私服で、しかも元気そうな顔をしてヨドバシのテレビ売り場で3人顔を合わせて笑っている状況。
入院時は「外で会えるようになって、一杯やりましょう!」なんて言っていたが、現実にはちょっと想像が出来なかった。
ほんとうは、もう一人俺と同じ慢性リンパ性白血病を患うKさんが揃えば良かったのだが、Kさんは骨髄移植を受けてその恢復途上にある。つまりまだ入院中。メールでそれを伺って、慌てて「返信無用です、お大事に」と返した。

Iさんは去年夏に血小板が激減してあちこちから出血、近所の医師では解らず、京大に来て急性骨髄性白血病と解り、もちろん即入院。まだ治療クールの途中。でも髪はつるつるに抜けたものの、お元気そうだ。
T君は、一年前に病棟で俺が一緒だった時に、最初は食堂に点滴スタンドを転がしながら来るのをよく見かけていた。
その時はふさふさの毛が日に日に抜けていき、それを彼は隠さなかったので、途中からサッカーボールみたいにまだらになり、やがて坊主になっていくのを何とも言えない気持ちで見ていた。話すようになったのは彼と同室だったIさんを介してである。

ちなみにT君とは今年頭、彼が移植直後で俺が三度目の入院、インフルで隔離されヒイヒイ言ってようやく廊下に出られるというところでばったり会って、お互い「何でおるん?」と指を差し合ったという感じだった。Iさんもその時、何クール目かの抗がん剤治療で入院中だったので、三人で思わぬ再会をしたわけ。
それがねえ、三人、外で飲めるなんて…と感無量な思い。何しろ、互いにボロボロの状況を見ているから、「シャバ」で普通にしている状態が珍しい。T君なんか、羨ましいくらいに髪の毛もびっしり生えそろっている。

このお二人は主治医が同じH先生で、外来の診察日も一緒。なので退院後も何度か顔を合わせており、互いの退院後の状態も知っていて、「シラトリさんも誘って飲もう、ついでに先生もダメ元で誘ってみよう」となって段取りをしてくれた。
頃合いをみて、先に三人で近場の焼鳥屋へ移動。
まずは何を置いても、生ビールで乾杯。
病棟で夢見た、ジョッキをぶつけ合う喜び。
喉を下る幸福。
H先生も嬉しいことに、この日ほんの少し遅れただけで合流いただけた。「早番の日なら」という事でこの日にしたのだが、何しろ病棟では何が突然起きるか解らないし。
普通、病棟では医師は担当看護師は病棟でチームに別れていて、担当する患者が違うと、下手すると目礼程度で話をしない人もいる。先生がたは病棟勤務だけではないので、担当が違うと会話もない先生も多い。皆さんほんっとうに、忙しいからしょうがない。
早番で上がるということはきっと夜勤明けでしんどい時だったろうに、お付き合いくださった。

そりゃあ俺も痛飲になるよ…なんちゃって。

でも本当に楽しかった。
再会も嬉しかったのだが、Iさんが時間を間違えて伝えてきたので、慌ててすっ飛んでいったから、金をおろすのを忘れていた。結果精算時「この分は次回」ということになり、「次」があることになったのは良かった。
でも何が良かったかって、正直ご本人も陽気な顔と口調ながら「これアカンのちゃうか」とよく言っていたIさんに、主治医のH先生が酒席とはいえ
「Iさんは何もないですよ」「絶対死なないから」
と何度もはっきりと諭すように言われていた事。
よくあるおためごかしではなく、
「今の病気はこう、治療はこう。それがこれこれだから、絶対大丈夫」と手をがっちり握りながら、しかも酒飲んでるのでむしろ本音で。
あれは見ていて、こちらも羨ましいくらいだった。

「病は気から」。
先日NHKで放送された番組を見たが、これまで詐病とか気のせいと言われていた「原因不明の腰痛」の原因が、脳科学の発達により解明されたという。実はぎっくり腰など一度感じた強度の痛みへの恐怖…つまりストレスによって、脳が発生させていたとか。
こうして医学(というか科学・技術、インフラや機器含め全般)の進歩はコンピュータの処理能力が上がったこともあり、近年格段にスピードアップしている。
このように、脳が体に及ぼすこと、そのシステムなどがどんどん解明されるにつれ、「気持ち」がどれだけ大きいか解る。

自分も体感で気持ちが大事だと思っても、それでも白血病、しかも珍しい型、薬はない、感染症に何度もかかる、妻は死ぬ…ってなりゃそりゃあダウナーにもなるって。
でも記録することで相対化し、眠れなければ導眠剤で、不安は安定剤で打ち消してでも、こうして生きてきた。
生かされている、というか。
それは俺の場合、神仏ではなく色んな人に助けられてという意味だ。
間違いなく、病院の方々だけではなく、猫を預かっていただいているにゃほやまさんや、動けない時に助けに来ていただいたKさんほか、「人」に生かしていただいています。

何も患者を治療するのは病院だけではない、ということだ。

結局その日は5時間くらい飲み続けて、帰ってきてから吐き(失礼)、翌日は二日酔い。俺の主治医K先生すんません。
もう若い頃みたいに飲んだらアカンという事は判ってるし、最後はセーブしたのに、それでも次の日は寝たきり。アクエリアスで水分補給から始めて、おかゆへ…という完全に病人状態。あ、俺正真正銘の病人だった。

とはいえ、まあ、これが誕生祝いみたいなものだった。うん、本当に楽しかった。

というわけで悪夢のようだった40代は終わった。これからはいい10年…とまでは言わないが、できればもうちょっとだけ、生きられるといいなあ。

俺が50代に入ったことも、世間には何ら関係なく、そして外は台風なわけだ。
本当に、何かこれが悪い厄を全部吹き飛ばしてくれと思う。
誕生日に毎年行われる山鉾巡行も、予想通り、雨の中執り行われた。祇園祭りは元々厄払いの儀式の一環でもあるから、もうほんまに何とかしてくれと思う。
ただ、この十年「瀕死」ながら生きながらえてこられた、これを「病は気から」いい方に考えれば、助けてくださった人たちとの出逢いもあったわけで。「とんでもないことばかり」では、なかったわけで。
もう十年、を目標にいきますか。
20150714.jpg
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コメント

お誕生日おめでとうございます

月並みなことしか言えませんが・・
白取さん、お誕生日おめでとうございます。
ずっとブログ拝読しております。
どうぞどうぞ、お身体大切に、やまだ先生の分も長生きしてください。
今後も更新楽しみにしています!

Happy Birthday!

白取さん、お誕生日おめでとうございます。
お体どうぞくれぐれもお大事に。

これからもずっと、白取さんの歯切れのいい文章を読むのを楽しみにしています。白取さんでなければ書けないさまざまなことを伝えていってくださいね。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

皆さんありがとうございます。

デジタルガロ時代の編集長日記というかたちで始めたブログが1997年2月からだっけか。
あれから18年。
2004年からはgooブログ、途中今のfc2に移転、途中のコメントが消えたり色々ありました。

まあこんなバカの駄文でも喜んでいただける人がいるのは有り難いことです。
バカが駄文を綴る、しかも包み隠さず仁王立ちとなれば、二十年も続ければ何かしらバカか駄文かが治りそうなもんですが、
どっっちも、
治らねえ!!!
こんなはすじゃなかったんですが、まあ、最近は本当に日記ではなく備忘録と化していて怖いです。
脳が。

No title

誕生日あめでとうございます!
白取さん、どうか元気でいてください!

古屋さん

ありがとうございます。
俺も50ですよ…(笑)
いつもご心配いただいてありがとうございます。
くれぐれもお元気で、ご健康に。(こちらは健康ではないですが、元気だけは失わないでいられたら良いなあ…と思います)

遅ればせながら

もう4ヶ月も遅れていますが、お誕生日おめでとうございます。
こちら色々と主人の体調崩しなどでバタバタしており、ブログチェックしてませんでした。今からキャッチアップです。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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