--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2015-10-11(Sun)

経過報告 術前まで

2015年10月11日(日) とりいそぎ経過報告その1。
3日午前、京大病院北病棟へ入院。
4階形成外科病棟への入院予定だったが、部屋に空きが無いそうで、1階糖尿内科病棟の大部屋にとりあえず入れていただいた。
手続きその他を終えてベッド廻りを整え淡々と病院から貸与される緑に水色の線のサイズ~LLサイズのパジャマに着替える。
この病棟は古いので(実際12月に、積貞棟の真南に建築中の新病棟に移転する予定)、これまでの「ホーム」である積貞棟3階血液内科の病棟、通称積3とはあらゆる意味で雲泥の差はある。
4人部屋の廊下側、入口ドアの脇になぜか小さい手洗い場があり、そこのベッドの人は常に誰かが自分の1m横でトイレの後手を洗ったり、歯を磨いたり、カーッペッとかやられたりするのだ。なぜにこういう構造にした、と問い詰めたいほどアメニティという概念が皆無。

…で、俺のベッドは「そこ」だった。

さすがに「そりゃねえよなあ」と意気消沈していると、担当の看護婦さんが師長さんを伴って来られ、師長さんが俺の書いた入院に際しての問診票を読んだという。
「大変なご病気を長年されて、何度も辛い目に遭われて…ねえ」と言われるので、俺も
「…はあ、でまたここに来てのコレ(悪性皮膚癌)ですからねえ」と薄い笑いを浮かべると、師長さんは
「それで、手術まで明日明後日とありますでしょう、せめてその間でも、個室は空いてないんですが、大部屋が一つたまたま空いている状況なので、そこへ移られますか」と言ってくれた。
つまり俺のような血液腫瘍患者、免疫が著しく低下した患者に対する防疫体制は、この病棟では完全とは言えないし、同室の患者さんたちもそういう配慮があるとは限らない。病院としてはもちろん配慮はするが、個室は空いてない、でも一人という環境であればリスクは低減されるし、こう言っては何だが「過酷な状況下」で多少は心の安寧につながれば…というご説明。
有り難かった。

正直ほんま今回は色々、いよいよ心が折れそうであった。

ご厚意に素直に預かり、遠慮することなく大部屋…そこは通常女性の部屋になっているらしい…に移動させて貰い、窓際に一人、広々と使えることになった。
117号室。1と7は俺のラッキーナンバーだ。
入口の日中は開けておくドアも個室のように閉めておいてくれ、廊下の喧噪やホコリの類も入らない。
ああ、こういう優しい人もおられるのだなあ。
しみぢみ有り難く、感謝しつつ外を眺める。東を向いているので建物の間から大文字山の一部が見える。
そういやこの北病棟には帯状疱疹でべろべろになった、あの地獄のような状態でお世話になったなあ。
あれからもう6年か。
入退院も何回したか、切った貼ったであちこちボロボロだ。そういやこの一年で四回目の入院になり、しかも抗がん剤治療~感染症~インフル感染&脾臓放射線照射~…今回のメルケル細胞癌と、全部理由が違う。同じなのは慢性白血病で免疫力が極めて弱い、ということだけ。

その後は例によってWindows10に強制アップグレードされたあとの不具合で、家でシャットダウンしたPCを立ち上げようとしてもアカン。2時間くらい放置したり再起動かけたりあれこれ苦労した挙げ句、最終的に「普通に立ち上がった」。
ぐったりした。そしてWifiアダプタは使用できなくなっていた。
スマホでノートに搭載されているアダプタの最新ドライバをDLし、USBでつないで…とインストールしたのに使用不可。
へーえ。じゃあスマホからテザリングできないじゃんバーカ、と思い脱力してると、4階の形成外科からお呼びがかかる。

カンファレンスというか、5日月曜午後からの手術の説明で、執刀するK先生と他2人の先生と、病棟の端にある談話室の奥にある部屋に入る。
「ご家族は…」に「おりませんので」という毎度毎度のやりとりも淡々としたもの。
執刀医のK先生は、あまり無駄口や冗談を言う先生ではなく、淡々と説明をするタイプ。
最初に左瞼の腫瘍の大きさを目盛りの入った定規みたいな紙で測ってもらう。
「ちょっとですけどやっぱり大きくなってますね」と言われる。
「生検(9月1日)の時はもっと小さかったんですが、一ヶ月空きましたからね…」と少し恨みがましいことを言ってしまった。K先生関係ないのに。まあでも、下手したらセンチネルリンパの生検を先に行うための「予約」で、さらに半月後まで待つとかいう話だったんだから。
先生は「このメルケル細胞癌というのは比較的珍しいもので、非常に進行も早く転移もしやすいというものです」と。解ってはいるが医師に病院で淡々と言われると改めて恐ろしい。
先生は紙に左目の図を描いて、瞼中央からやや左つまり目尻寄りに、不気味に赤く10mm程度に膨らんだ腫瘍を描き足した。
「皮膚科の先生からお聞きかと思いますが、通常はまず腫瘍から一番近い流れの先にあるリンパ節…センチネルリンパ節というものを見つけて、それを採って転移がないか調べます。ですが今回は緊急という事ですから、順番は違いますが、まず腫瘍を切除し、同時に術中診断として、切除した部分の周辺の組織を、囲むように8箇所サンプルとして切り出して、癌がないかを調べます。
瞼の切除は、腫瘍本体から通常は2cm余裕を持ってごそっと皮膚を切り取ることになっていますが、今回は場所が場所なので、だいたい腫瘍から1cmくらい余計に瞼を切り取れればと考えています。
その際、術中診断の組織採取に加え、目尻の方から頬にかけて皮膚を切開してめくり、瞼の腫瘍周辺にリンパ液を染色する薬剤を注射。そこから頬の方へリンパが流れているので、最初に染まったリンパ節=センチネルリンパ節を発見する、そしてそれを取って検査に出す…というのが目的です」

要約すると以上のような話、要約になってないか。
で腫瘍本体は幸い「見えているところ」にあるので切除し、周辺に癌の取り残しが無いかは術中診断で8箇所を診る。それらが陰性なら、ひとまず腫瘍本体は「切除しきった」ことになる。
さらに、センチネルリンパ節が見つけられたら取って検査に出し、陰性ならリンパへの転移も無く本当に一安心となる。

最悪は切り取った腫瘍と周辺の瞼の外側、八箇所の点のうちどこかに癌が出た場合。
癌は見た目より拡がっていたことになり、もっと大きく切り取るか、しかし大事な場所なので、そこら辺は皮膚科耳鼻科の先生ほか含め、改めて相談して進めないといけなくなるという。
これは切り取った瞼の辺縁に癌があった場合も同様。取り切れてない、という事になるわけだ。
センチネルリンパ節の方は、術中に染色液を流しても見つからない場合もあるという。その場合はそのまま縫合し、とりあえずは術中診断と、取った腫瘍と瞼を裁断して精査する検査結果が出るまで数日かかるという。
その間は「審判待ち」となり、結果によって先の方針が変わるために瞼は切ったまま縫合などもない。眼球が乾かないような軟膏を塗ってガーゼをあて、抗生物質などで化膿しないよう注意しながら待つ…ということ。

もし運良く術中診断で陰性、さらに数日後に取った組織の辺縁からも癌が出なければ、外科的には「取りきった」ことになり、続いて瞼の形成に以降するという。
リンパ節への転移も怖いのだが、この段階ではまず腫瘍本体を完全に取るという事が最優先。
瞼は筋肉によって上下し開閉されるし、外側は皮膚、内側は眼球を保護するために粘膜になっている。眼球は非常に繊細な構造になっていて、それを守るために瞼の先端には睫毛も生えている。
人体は凄い。
これを再建するとか、想像もつかないのだが。
先生は淡々と「瞼の再建はそんなに珍しい事ではありません。方法は、通常下瞼を切って上瞼の欠損を埋めるようにして、瞼内側の粘膜部分は口の中から取る、筋肉は太股から…」みたいな長い工程になるそうだ。
恐ろしいのう。
そしてそれぞれが痛そうだ。
もちろん命が助かるなら痛かろうがツギハギになってもいいが、この一ヶ月の放置でもし転移していたとしたら、正直それが一番怖い。

瞼の真ん中、睫毛の生えているあたりに6~7mmくらいの赤い球が出来ていたのが8月末、生検のため切開したのが9月頭、生検の結果癌が決定したのが9月8日。
それから切除手術まで一ヶ月空いたわけで、その間に「癌」はじわじわ目に見えて成長している。
…もちろん取った皮膚の検査結果を見ないと何とも言えないが、一番良いのはそこから「癌が出ない」こと。大きさとしては2cm以下ということで一番小さい分類に入る。これが最善の結果。
最悪はというと、センチネルリンパに転移があり、さらに瞼の裏側を見てそこにも癌が浸潤していたとしたら、眼球摘出まであるらしい。そして左顔面はごそっとリンパ節を取る=郭清するか、あるいはプレデターみたいになるのが嫌なら放射線をあてるなどの治療を考えないといけないという。
いや、それってもう「ジ・エンド」だろうなと、さすがに医学的知見に乏しい俺でも解るよ。

皮膚癌はいろいろなものがあるが、総じて皮下組織からリンパ管に転移しやすく、リンパや血液の流れとともに癌細胞が重要な臓器…肺や肝臓などに行ったら一巻の終わり、ということをよく聞く。ていうか知っている。
もしそうだとしたら恐ろしいな。
ブラックジャックみたいな顔になって、さらに小者感のある敵のボスっぽい眼帯姿になったとしても、命があればそれでいい。
淡々と説明は最悪の事態についても続いて、俺も淡々とそれを聞き、時折質問を挟みつつ進む。
手術自体はそう長くはかからないが、微妙な場所だし、色素の移動を見る時間もあるので、2~3時間はかかるでしょうという事。5日月曜2時からの予定、終わったら夕方。

5日の夕方には、俺の左目の瞼は無くなっている。
今後形成するにしても、しばらくはゲラゲラ笑ったりできないし、その後も長い苦しみが待っているわけか。
まあしょうがねえな。
何しろ白血病様が原発だ。
あ、原発で白血病になった…んじゃないのでそこ勘違いしないように。変な引用もしないように。
このたびのメルケル細胞癌、リスクとしては白人男性で50代以上、日光に曝露機会が多い…などとなっている。ただ珍しいとはいえ、やはり白血病、HIV感染者など免疫低下は発現リスクが高くなるという。あとは高齢者。俺の免疫力は後期高齢者並か。

K先生は図解で、瞼をこう切って、とか頬をここから切って引っ張るように…とか、説明のために描いてくれた紙を「これお持ちになりますか」と聞いてくれたので
「いえ、見てると怖くなってくるのでいいです(笑)」と言うと「(そりゃ)そうですよね」と手元で二つ折にして、ちょっとだけ笑った。
ハタから見ればこりゃ終わってるな、と思う人も居るだろう。
白血病の上にまさかの皮膚癌。左瞼切除。
あー、こりゃ終わったわー、死ぬわこの人…とおそらく見ている人の90%くらいは思っているはず。
でも十年も白血病患いながら生き延びて来て、そりゃその間さんざんな目に遭っては来ているが、淡々としたもんすよ。
泣かないし喚かないし、飛び降りたりも、人に八つ当たりもしない。記者会見もしねえしこれで儲けようとも思わねえし。
ただただ、「もうちょっと生きられる可能性があるなら、生きたい」と思う。

その後淡々と部屋に戻り、この記録を淡々とつけた。
十分ほどで、執刀医とは別のF先生が「手術・検査・特殊療法同意書」というのを持ってきて、改めて文書にした先ほどの説明内容を読み上げてくれる。事務的に内容が箇条書きにされている方が、遙かに冷徹で怖いと思う。
だからこうやって誤魔化してるのだ、自分を。

こっちは生検のあとに一針縫合されたが、帰りのタクシーで出血した、んで翌朝眼窩に沿って内出血みたいになってた、と報告し「あれで癌細胞が浸潤したことはないですよね」というと「うーん」と思案顔をされる。
で「ここ重要なところですよ、それによって訴訟の時色々変わってきますから」と言うと「そうですよね、それは皮膚科の先生にご確認された方が…」と真顔で言われたので慌てて「冗談です冗談!」と手を振る。
もう自分はこの病院にお世話になって8年、あちこち切ったり貼ったりしながらその都度助けて頂いてきました、もう生きながら献体してるような気分なので、訴訟とかほんま冗談ですし、と話す。
F先生はちょっと表情を崩しつつも、まじめに「でも確かに可能性として、(切ったこと、止血不十分だったことで)癌を散らせてしまうことが絶対にないとは言えません」と言い、「実際それを恐れて、生検を断らはる方もおられますし。でもちゃんと調べるにはやはり…」というので俺も「切らないとねえ」と。
それよりなにより、癌細胞が出た=確定から、この切除手術まで一ヶ月空いたことの方が不安としては大きい。
もし転移さえなければ、大きさから言って5年生存率は8割ほどになる。しかし転移していた場合は正直、絶望的だと解っている。
なんとかいい方向に出ますようにと、暗い部屋で結婚指輪をさわる。
「何回も済まんね…」と声に出しても、ここは一人だから大丈夫だ。
そんな感じで初日は暮れた。

翌日、土曜はみごとな秋晴れだった。
病棟のご配慮のお陰でつつがなく平穏に過ごすことが出来た。
午前中シャワーを浴び、出された飯をまあまあ食い、その後結局新たにAmazonに注文したUSB接続のWifiアダプタを看護師のS君が持って来てくれたので、接続。
Wifi2となり無事認識されたのに、スマホからのテザリングが表示されない。おかしい。何度何をやってもダメ。
ほとほと困り果てた…とき、スマホのテザリングメニューに「USBテザリング」があるのを発見。ていうか前から気にしていたが今時ワイヤレスしか眼中に無かった。
なのでUSBケーブルでPCに接続、テザリングを開始すると…普通にネットがつながった。がっくし…。有線なのが情けないとはいえ、LTEの高速回線でネットがようやくPCで見られるようになった。
さっそく本体のWifiアダプタの検索や情報を探るが、Windows10用のドライバは更新されていない模様。ていうか更新しろよ。
ここにたどり着くまでどんだけ命削ったと思ってんだよ(笑)。

あと、夜勤担当のFさんという看護婦さんと話してるうちに何となくウマが合い、仕事はこれこれとか言ったら、俺がお世話になっている編プロも知っているという。
何で、と思ったが、そういえばそこで知り合ったKさん(前に部屋で動けなくなった時の救世主である)が、1型糖尿の治療で入院した時に仲良くなった、よく覚えてますと言われた。
ほほう。こうした事は「世間は狭い」ではない。「ご縁」である。
しかも開いていたノートPCはブラウザで受信メールを開いており、それはそのKさんからのものだった。
これは今回勝機あるかもな、と思ったのはこの時だった。これ本当の話。
Fさんとはお互い止まらなくなるほどあれこれ多岐な話題で話が弾んで、楽しかった。こういう「出逢い」もある。ちなみにKさんの担当だった看護婦のTさんが翌日の担当で、これまた面白い「偶然」に盛り上がった。

本来北4に入院するはずが北1になった。
北1は糖尿病棟。
そこに春にKさんが入院された。
俺はご配慮で個室扱いにして貰い、担当で廻ってきた2人とも、そのKさんの担当とは「偶然」かな。
「頑張れ」と言われてるような気がしたし、実際このお二人とはとても楽しく話が出来た。
手術前、淡々としているといっても、そりゃあ不安はある。いや正直不安で一杯だし、手術そのものより、その予後、術後の「審判」次第で天と地ほどの開きがある。
でもその前の病院での時間を楽しく過ごすことが出来た。有り難い。

日曜も同じように平穏に過ごした。

そして5日月曜、手術の日がやってきた。
朝飯のあと糞が出ず、術前水分を摂っていいギリギリの10時まで「おーいお茶」500ccを飲んでいた。北4への移動は10時半というので、荷物を移動しやすいよう片付け、PCなどの配線もまとめて運ぶだけに。

11時前、エレベータで移動する前にナースステーションを見ると師長さんが居たので、「いろいろご配慮いただいてありがとうございました」と挨拶すると、「これから手術で大変でしょうけど頑張ってくださいね」と言われる。頑張ります。

4階の病棟に入ると、1階とは比べものにならない喧噪だった。
物理的な怪我とか、皮膚科や神経科での入院患者もいるので、その部位以外は元気という人もいる。外来も来るようで、子供と付き添いの親が普段着でうろうろしていたり、月曜なので病院自体も忙しく、医師や看護師や患者が入り乱れてとにかく騒音が凄い。

術前のために移動先は個室で、415=良い子、だった。一番ナースステーションから近い狭い部屋だが、眺めがやはり4階ゆえに素晴らしい。比叡山が山頂まで見える。
東大路を行き交う車もチラッと見える。これを両目で見る事もしばらく出来なくなる。

2009年、帯状疱疹を悪化させて瀕死で入院していた頃を思い出した。もうほんまに何回出たり入ったり、切ったり縫ったり刺したり抜いたりされてんだか。
まあしかしナースステーションというか病棟受付の真横なので、騒音は一番きつい場所。なので、免疫が低下しているので…と看護婦さんにドアを閉めて貰えるようお願いした。白血病が基礎疾患であるという事は電子カルテみればすぐ解るだろうし、受け入れに際して多少のカンファレンスはあっただろうし。
あんなにたくさんの人がワイワイガヤガヤ行き交う廊下が無防備にベッドから4~5mの距離にあるとか、積3=クリーン病棟に半年前まで入っていた人間としては「信じられない」というのが正直なところ。まあ積3とこちらとは事情が違うし、入っている患者の状況も違う。
あとベッドのクッションの固さも違う事に気づいた。
糖尿の方は固くて薄く、寝てると接地面が痛くなったのだが、形成外科の方はスポンジの反発感が若干よろしい。これはありがたい。そういえば呼吸器のときの内科~外科の時もそんな事思ったような。

…というのが、左瞼があった時の記述。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

広告
アフィリエイト・SEO対策
検索フォーム
プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

シンプルアーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。