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2015-12-19(Sat)

放治プレイ…じゃなかった放射線治療中

2015年12月19日(土)

今どういう状況かというと、左目の瞼に出来たメルケル細胞癌の切除と眼瞼再建の3度の手術を終え、経過を見て、再発防止のための放射線治療中。
放射線は50グレイを28回に分けて連続照射。
左目の皮膚癌が出来たところと、おもに上側、眉毛のあたりの再発が多いそうなので、そこらを中心に照射して貰う。
ちなみに50グレイという単位は、今年の1月に10回に分けて脾臓にあてた線量の10倍にあたる。
だから…ええと、脾臓には一日おきに1回あたり0.5グレイ照射だったのが、今回は左目部分に土日を除く毎日、1回あたり1.8グレイの照射。1回あたりだと3倍ちょい、か。
治療開始後の宿酔は、前回は線量の割に俺の場合は強く出た。照射範囲が広かったのと、胃や腸に近かったからかも知れない。今回は片目、サングラスやメガネの片方部分の長方形にあてるが、線量が多い。なので宿酔がどう出るか予想がつかない。人によるというし、医師にもそれは「やってみないと解らない」こと。
あと副作用としての骨髄抑制は、前回は脾臓だったためにかなり強く出た。白血球なんか普通に500を切った。
ただ今回は造血器官から遠いので、それほど心配しなくていいでしょう、ということ。

放射線治療(…略称「放治」)にあたって、当然ながら放治の先生による問診など診察があり、頭頸部のCTを撮影し、位置決めなどきっちりシミュレーションもされた。顔には熱を加えると柔らかくなるメッシュ状の樹脂のようなものをぐい~っと押し付けられてマスクをつくられ、硬化させ、頭部を台にそのマスクでしっかり固定される。メッシュの網は粗いので息は苦しくないが、目を瞑ったらそのまま、もちろん口も開かない。
で、左目部分は穴を開けてもらい、照射の時は瞼に麻酔と痛み止め2種類の薬を点眼して貰って、医師が鉛で出来た「コンタクト」を眼球保護のために入れる。
コンタクトといっても通常のコンタクトレンズのようなものではなく眼球前面を保護するものなので、スプーンの小さめくらいの大きさだ。瞼は通常の人と違って再建されたものなので、当然固いし、若い研修医の先生だと何度かトライして結局入れられなかったりする事もある。
当然、部屋に戻って一時間程度経ち麻酔が切れた後は、目がちりちりと痛む。これが割合しんどい。
何度も貰っているヒアレイン点眼薬を入れるのだが、これ麻酔じゃないので、目がしくしくと痛いのは変わらない。
なのでここ数日は寝る前ではなく、夕方くらいからもうまた眼軟膏+貼る眼帯に戻ってしまった。

でも今回の皮膚癌切除~眼瞼再建術は大変丁寧でうまく行っていただき、癌は取り切れ、瞼は腫れも引いて、今では前を知る人が「遠目に見たらごっつい二重の人にしか見えないです」というくらい、綺麗に再建していただいた。
顔の切開・剥離・移動・縫合の痕は、一応抜糸後ずっと傷が拡がらないようテープで保護してある。
昔の漫画なんかによく出てきた、ビンボーな家のひび割れガラスをテープで修復してあるアレ、あの状態が顔にあるといえば解りやすい。
もう取って普通にしていてもいいのだが、感覚がまだないので、うっかり傷つけたりぶつけたりしても傷に気づかない可能性もあるし、化膿なんかしたら怖い。まあないと思うけど一応。テープは自分で貼り替えて良いという事なので一度貼り替えたが、おそるおそる見た「縫合痕」は、本当に綺麗だった。うう、ありがてえなあ。

というわけで、ここ十日ほどは毎回病室から放治の受付に通い、看護婦さんにまず麻酔を点眼してもらい、タイマーで3分待ち、世間話をし、痛み止めを点眼して貰い、照射室の待合へ移動。呼ばれるまで待って、照射室の台に寝て、マスクを固定され、「鉛コンタクト」を目に入れられて、位置を微調整し、全員退室後に照射される。
照射時間は30秒はないかな、というくらいか。
光が見えてはいけない=鉛で保護してある=のだが、放射線があたっている間、最初は漫画によくあるようなベタフラッシュのようなものが見えた。今でも見えるけど、それは瞼の内側の血管か何かだろうと思う。
終わったら目を生食で洗って貰い、点眼薬を入れてもらって終了。週に一度火曜日だけ外来で診察がある以外は、そのまま病棟に戻る。それを毎日。
照射は3日に型取りをして、8日から始まった。
昨日で合計9回、照射を受けている。

ここまで、まあ色々あった。
ずっと記録はつけているが、とてもとても書ききれるものではない。
以前の気胸~手術・胸腺腫摘出~まさかのカリニ肺炎…の時みたいに、あれこれ毎日何かしらあることはあるが、このたびやられたのは何しろ
「目」である。
これは辛い。
記録をつけるにしても、こうしてアップするにしても、何にしても、そもそも普段の日常から、テレビの画面からPC画面からスマホ含めて、本も新聞も、何もかも「目」からの情報なので、長時間使えないというのはきっつい。
放治が始まる前から、元々が瞼を切り取ったのを再建していただいたので、目が完全に閉じきれない。
日中は目薬をまめに点眼していて、夜寝る時は軟膏を眼球に直接垂らしてから、「貼る眼帯」を貼って保護して寝ている。(今は放治の麻酔切れの後しばらくしてもう眼帯を貼っている)
放射線治療科の先生にも事前に説明されていた通り、涙腺に徐々にダメージが出て涙が出にくくなって来ている。この涙腺は非常に細いもので、簡単にダメージを受けるものらしく、最終的には完全に機能が失われるらしい。

ほんまに目は大変だ。
そらこれまで取った胆嚢も破れたり穴だらけになった肺ももちろん、癌にやられた骨髄もみんな大変なのだが、目はいろいろ失うものが多すぎる。
「ちょっと不便」どころじゃないし、精神的にも来る。
もちろん右目の方は幸い無事であるし、左目自体も視力が失われたわけではない、だが再建された眼瞼は元が下瞼なので睫毛があまり無く、新しい下瞼は頬の皮膚を寄せて縫合してあるもの。ちなみに結膜にあたる内側の粘膜と軟骨は鼻の中から取って移植したものだ。
そういうわけで、閉じきれない、睫毛が少ない、それもいずれ放射線で脱毛する、涙腺機能が失われる…となると人体のふしぎ・自動角膜保護機能がほぼなくなってしまう。なので、寝る時はもちろん普段から点眼などのケアが欠かせなくなる。感染症や、角膜に傷がついての失明などは普通にあり得ることなので、気をつけないといけない。
もっとも、そういう事は全て「命と引き替え」だったし、事前にじゅうぶん理解もしていたこと。

死ぬわけじゃねえし。

先日、眼瞼再建術から担当医としてケアしていただいているE先生が部屋に来て下さり、様子を聞いていただいた後、世間話をしていた。
俺が「まあしかし十年白血病であれこれ、するりするりとすり抜けて、だましだまし生き延びて来たんですけど、今回の皮膚癌はほんまに参りました、正直…」とか言ったら
「でも、今回だってほら、すり抜けたじゃないですか」と笑顔で言われた。いやもう笑顔がまぶしい! イケメンの笑顔素敵!(笑)。
…実際、ほんとうにそうなんだよな、ありがてえな…と思う。

実はこの北病棟、新しく出来る新南病棟へ移転となる。本当はその引越がある週…クリスマスの週はドタバタするので、患者の入退院はなるべくずらす方向だったらしい。でも俺の場合毎日放射線照射があるし、基礎疾患を考えると毎日通院も酷というご配慮か、25ぎりぎりまで入院で照射を受けて退院、病棟の引越を挟み、年内最後の28日の照射だけ一回外来でという事にしていただいた。で年明け4日から新病棟に再入院して照射完遂まで。

年末年始は、自宅に戻れることになった。

正直を言うと、病院に居た方が何かと安心ではある。ただ一週間ほど検査も治療も何もなく、年末年始を粛々と過ごすことになるわけで、それはそれで何となく人生の無駄遣いのような気もする。あんまり残ってねえし。
なのでE先生に、放治開始後、宿酔が出ないか様子を見て、大丈夫なようなら年末年始いったん退院の方向で…とご相談していた。
病棟の引越の都合はあったが、師長さんとも相談して下さって、うまいことそういう事になった。
なので、現在はあと一週間でいったん退院、なんとかシャバで無事に一週間過ごして年を越して、再入院という状態。
…去年みたいにまたインフルなんか貰ったら偉いことだ。
血液内科の主治医、K先生は
「去年の末は脾臓に放射線あてる「前」だったし、溶血が起きて輸血輸血という状態だったから、今はそういう事はないと思いますよ」とのことだったが。それでも易感染には違いないので、なるべく人混みには出ないし感染リスクは今まで通り避けるしかない。

ま、一番リスクが高いのは病院で(実際去年のインフルも間違いなく病院の外来で貰った)、その意味では一番の難関は退院直後の28日の月曜、おそらく激混みであろう放治の後の「外来」だ。
あそこは基本抗がん剤や放射線治療中のがん患者の外来だが、付き添いの家族も多い。不思議なのは、がん患者と一緒にいる、免疫が落ちている人と一緒なのに、何であんたノーマスクで咳してるの? みたいな人が結構いる。くしゃみをしたりしている。で「ちょっと風邪気味なんよ」とか言ってたりもする。いやこれは事実である。
こないだ何かのテレビ見てたら、実験でくしゃみの飛沫はマスクが無いと前方2m半も飛ぶとか(笑)。
とまあそういう事も多いので、こっちが防御するしかないのだが、最近はマスクをするのを「神経質」とか「過剰防衛」とか、逆に「ファッション」とかいう向きが増えて、いずれにしても奇異に見られることも多くなってきた。ちょっとは病人がいることも考えて貰いたいものです。とくに病院なんかでは。

まだちょっと、美山にいるユキちゃんと再会するのは先になりそうか。
谷川さんにはほんまに頭が上がりません。また昼間っからヱビスビール飲みたいです!
いつも写真を送っていただいて、なごみます。犬のモコちゃんと仲良くストーブ前の写真なんか夫婦みたい。
メス同志だけど。
IMG_2101.jpg


そんなこんなでいろいろあるが、今も片目である。
それと最近左腕がどうにも痛くて困る。最初は「五十肩ですかね」なんて笑っていたが、湿布を貰っても治らないし、寒くなってきたら酷くなってきた。
一応心配なのでK先生に訴えたら、皮膚癌の確定診断のあと撮ったPET-CTを電子カルテから見ていただき、こちらにもぐりぐり動く3Dの画像を見せて貰った。
「うーん、左肩には集積(放射性物質)も無いし、特に神経を圧迫するようなリンパ腫みたいなものもないようですね」ということ。ちょっと炎症ぽい感じは見られるというので、やっぱり夏に家でダンベルとかやっちゃったからかな…とがっくり。
というような話を若い看護婦さんに「もうね、隻眼隻腕になったら丹下左膳かよみたいな…」といったらきょとんとされてしまった。喩えが通じないか。そりゃそうだ。

かいつまんで淡々と書くとこんな感じです。
ま、しんどいとこ、キッツイことばかり書いてもしゃあないしね。
嫌な事よりいい事、嫌な奴よりいい人との出逢いを大切にしたいですね。
土日は放射線治療も休みなので、一週間よく頑張った、自分へのご褒美だとドトールでチョコケーキを買ってきて食った。
いやこれがねっとりと甘くてうまいんだな。
ささやかな贅沢。
されど「生きてて良かった」という実感。
DSC_0074.jpg
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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