2016-01-09(Sat)

もうひとふんばり

2016年01月09日(土) 
1月4日、今週の頭に再入院して当日から放射線治療開始、金曜まで毎日受けて一休み。
全28回で総量50グレイ、残りはあと9回。もうひとふんばりだ。
当初心配された宿酔は軽微な目眩とだるさがあるくらいで、その程度は基礎疾患たる白血病で慣れているので問題無し。(元からあるのにちょい足し、という感じ。しかしそういう事が日常なので、行動様式に変化はないという意味)

年末25日に13回目の照射を受けてから退院して、病棟の引越があり、年内最後の28日は外来で14回目を受けた。
それから年末年始を挟んだ一週間は、毎年必ず続けて来た恒例の、下鴨高木町「明青」さんへ行き、てっちりの材料と「感謝の折詰」をいただいて帰って来た。

年に一度の贅沢。感謝の折詰!(といっても無料)
20160101.jpg
ちなみにてっちりはとっとと食ってしまったので写真無し。

ちなみにどうでも良いそこらにあったラーメン丼で、自作の鶏肉ともち入り雑煮。
DSC_0092.jpg

去年、おおかみ書房の千葉ちゃんから送ってもらって、まだ「奇跡的に」飲んでなかったエビスビールを何本か飲んだ。
後でその事を奴に伝えると、「エエッ、あれまだ飲んでなかったんですか、何かあったんですかまさか死ぬんですか」と本気で心配された。

…とまあ、ほんのちょっとの年末年始の「仮釈放」が終わり、今こうしてまた病室に居る。
去年の正月明けに入院した時との違いは、年末に貰ったインフルエンザを発症して入院、酷い目に遭ったのと違って、「再発予防のため」という希望があるという事か。

去年は元の病気が明らかに悪化の一途をたどっていたし、抗がん剤も効かず脾臓に放射線をあてる事になり、幸いそれが非常によく効いてくれ、結果的に脾臓縮小、機能亢進が抑えられ、血球の状態が改善された。
もちろん白血病がベースにあるのは変わらないものの、去年は免疫的にも最低だったし、しょっちゅう大小の感染症を起こし、輸血頻回になり、体調も最悪だった。
脾臓への放射線照射の効果はまだ不明な段階で、それより先に副作用の骨髄抑制が出て、白血球は一時400まで下がった。
これは、クリーン病棟から出ちゃダメよ、という数値。

まあ、本音を言うと一年先死んでるかも知れないなあ、と思った。
ネガティブな事はあんまり書かないようにしてきたが、正直、本当にきつかった。生きるのが。

今回は、そんな地獄から立ち直って、春には脾臓が縮小したお陰で血球状態が改善に向かい、それに伴って体調も回復し、一時は赤血球系やHGB値などは50代の正常値に入るまでになった。
しかしそこは「T細胞性リンパ性」の血液腫瘍、免疫は低いまま。

でもやれやれ良かった良かった、これでまた騙し騙し、何かあったらすぐ病院…で生き延びて行けたら…なんて思っていた夏、8月に左目瞼に違和感を感じ、あっという間に丸いしこりが出来上がった。
皮膚科での生検で日本人で壮年には珍しいというメルケル細胞癌が確定した。調べたらリスクに免疫低下した場合とあり、HIV感染者、CLL患者とあった。
あー、これはすぐ取らないとアカンやつや、という事で、形成外科に廻して貰い、9月確定診断、各種検査、形成外科受診で即10月入院~瞼ごと腫瘍切除、2度の再建手術を経て、再発予防のための放射線照射に突入…。
というまとめ。

今はとりあえず、「1期b」で癌自体は外科的には「取り切れた」と言っていただけた状態。
もちろん癌細胞が血管やリンパ管を通じて全身に散った可能性はあるが、それは今の段階で見つかってない以上、今後定期的に調べて見つかったら対処するしかない。
問題は「再発」が凄く多い癌なので、出来た場所…左眼瞼周辺部に、予防的に放射線照射をする、というわけだ。
それが、あと残り9回。

放射線照射は毎日時間を決めていただいており、15時から照射、その15分前必着で、眼球に麻酔を点眼、3分後に鎮痛剤を点眼、照射のあと生理食塩水で目を洗浄して抗生剤を点眼でワンセット。
眼球は放射線から保護するために、コンタクトというにはあまりに分厚い、持ち手のついたミニ急須のフタみたいな「シールド」を瞼と眼球の間に挿入、保護される。
これがぬらぬらして扱いにくいようで、さらに俺の瞼は通常の人と違って「切り取られた後再建された」ものなので、当然固い。だから慣れない研修医の先生だと「あらっ」「えーと…」とか何度も何度も入らなかったりする。
そう言う場合は部屋に戻って麻酔が切れてくると、目がしくしく、ちりちりと痛い。後、ここ数日は照射されている箇所が全体に赤くなってきて、眼球自体も含めてひりひりする感覚がある。
まあ、被曝だもんな。
それでもまだ、涙腺は完全に機能停止していないようだし、皮膚のただれ…糜爛なども起きていない。もっとも副作用は遅れて発現し、照射終了後もしばらく続くというが。

こういう案配なので、別に会社勤めの人なんかは、週に何日か通院で治療を受けに来る人も多い。
ただ自分の場合は基礎疾患があることと易感染状態にあるので、安全策で入院での治療継続ということになっている。

今そんな状態です。

ちなみに左目は、昔からの俺の顔に馴染みのある人なら違和感ありありだろうが、例えば今回の入院からお世話になっている看護婦さんや助手さんなんかは、入院してきた時(手術前はベッドの空きがなく糖尿内科にいたし)の俺の「元の顔」を知らない。だから、手術後顔面プロテクト状態、合計3度の手術を経て、抜糸後からの「再建された左瞼」の顔しか知らないので、普通に「手術痕もだいぶ綺麗になってきましたねー」と喜んでくれる。
うん、そうだよなあ。命を助けていただいたんだもの。

今居る新しい南病棟は建ったばかりの新病棟で、そりゃもう綺麗な事この上ない。洗面台やトイレなんか使うのが憚られるレベル。使うけど。
あと部屋の照明が、日中は蛍光灯色だが、夕方から徐々に白熱灯色になっていき、7時ころにはもう「夜」「寝室」という風情になってくる。
でも病院というのはそういうものなのか、防音はほぼスルー状態。中で悲鳴とかうめき声を上げたり、倒れたり、そういう音が外にちゃんと聞こえるようになってるんだろうか。
時々話す看護師君に世間話でそういう事を聞いたら、「まあ廊下と部屋はそういう事があるかも知れませんけど、両隣とはどうですか」というので、「隣からの音はそうでもないけどなあ」と応えた。
ところがその時はたまたま、片方は大人しい人で、もう片方は空き室だったと後で判った。

結局両隣の壁も薄くて、今の足下側の部屋のオッサン…爺さんかは不明だが、耳が遠いのか単に声がでかいのか、しかも見舞いがいない時でも電話なのか常に喋っている。
それがかなり胴に響く重低音の声で、その低音部分がばんばんこっちにも聞こえてくる。しょうがないのでスマホで見たくもないワンセグテレビをつけるが、その音声が聞こえないレベルでかぶさってくる。
スマホの音声を上げるが、スマホのスピーカーは低音はほぼ再生されないので、結局テレビ音声に隣のジジイの低音が重なりアンサンブルになるという最悪のうるささになるだけであった。
まあ、イヤホン必須です。個室なのに。

こういう患者の精神的アメニティに関しては、やはりまだまだ軽視されているというのが残念なところ。
今朝も、隣の声で起こされた。
部屋はまだ暗い。何時だと思って時計を見たらまだ5時台だった。勘弁してくれよ…と。誰を相手にこんな時間から大声で話しているのか、電話なのか。独り言か。いずれにしても勘弁してくれよ…という感じ。
こちらは大人しく、静かにしている。手のかからない患者であろうとなるべく出来る事を出来る範囲でやって、出来ない事は手の空いてるような頃合いを見計らってお願いする。やってもらったら感謝する。
普通のことなんだけどね。

さて幸い今のところ宿酔もなく、食欲もあり吐き気もない。
いわゆる「体調」というやつは、良い悪いで言えば良い。
もちろん元の病気を除けば、の話。それとやはり左の肩…というより腕全体が痛い。左腕に体重をかけて立ち上がるとか、あくびをする時に両腕を天に伸ばすとか、普通に左側にある冷蔵庫を開けるとか、そういう事が激痛で出来ない。
でも色々調べて貰って何もないので、これまた我慢するしかない。
文句ばかり言ってるように見えるかも知れないが、命を助けていただいたという気持ちで、こんな酷い状況でも淡々と過ごしているのだ。
毎朝鼻をかめば血が出るし、涙腺機能が徐々に失われてきている分、目に向かうべき水分が鼻から垂れてきたりする。
油断していると鼻水が垂れていて、バカの人みたいになってたり。
あと、左目が乾きやすい&放射線でひりひり、が重なり、病棟の廊下を歩くのでも風が当たってしんどくなってきた。
病棟外に出る時は、ずっとマスクにメガネONサングラスをしている。
たぶん色んな人から「サングラスの人」と呼ばれて居るはず。もう去年の10月からだもんな。
実際後ろの方で小さく「…さん。あああの」「そうそうサングラスの人」という会話を聞いたことがある。聞こえてまっせ。

病院の南北を貫く地下道を歩いていたら、向かいからいかにも~な感じの茶髪の若造とその彼女らしいカップルが歩いて来て、もうすれ違う前からこちらをチラ見して笑いを堪えている。サングラスだからこちらの視線は見えないようす。
んですれ違った後、小さい声で「…タモリかよ」「聞こえるで」とか笑っている。「誰がタモリやねん!」と振り返りざまに言おうかと思ったがもちろんそんな事はしない。
関係ないがその後病棟のSさんにタモリの真似をして「髪、切ったぁ?」と例のアレを言ったら真顔で「いえ、切ってませんけど?」と返されたのには落ち込んだ。畜生あの若造、タモリに似てねえじゃんかよ俺…。

そんな感じで、PCやスマホやテレビは目のケアで開いてはいても、必要な時以外は注視しないようにしている。もっぱら音楽鑑賞用。騒音シャットアウトの意味もある。
本当に、この度は「目」をやられたのが文字通り痛い。

正直左目の周囲の皮膚が糜爛するとか眉毛睫毛が脱毛するとか涙腺がアカンくなるとか色々言われたが、保護して照射されている左目そのもの、眼球が一番しんどい。
何しろ部屋に戻ってきて小一時間くらいするとしくしくして、点眼しても曰く言い難いひりひりした感覚があって、結局軟膏入れて眼帯で塞いだ方が楽という状態。
これが進行していくと困るな、という感じ。左目塞いで右目だけだと、切除術~再建手術~ガーゼが外れるまで、けっこう一ヶ月以上長くその状態だったはずなのに、今回はその右目の負担も大きい気がする。
要するに右目が孤軍奮闘でしんどい。

何しろ「命には換えられない」と言っているものの、じゃあ目が見えなくなってもいいのか、手足無くなってもいいのか、物が食えなくなってもいいのかって話だ。世の中にはすでにそういう状態の方もおられるのでアレだけど、俺の場合幸いにして五体満足、健康で40まで何とかやって来られた。
いくら命があっても、「命がある喜び」が無いんじゃ詰まらない。
きっとその最優先が世の中には性欲や異性との交際な人もいれば、旅行とかスポーツという人も居て、つまりは、そうした生き甲斐が絶たれたら生きる意味がないとか、そういう事になるんだろう。実際失恋で自殺とか普通に昔からある事だし。
幸い自分はもう生きる、これが唯一にして最大の目標なのだが、もちろん、好きな映画や小説や音楽や漫画を楽しめてこその話。
でももし、視聴覚と嗅覚味覚が無くなったら…。
いやいや、考えると本当になりそうで怖い。
治る。
良くなる。
全てが好転する。
嘘のように状況が改善される。
生きてて本当に良かったと思えるようになる。
そう思う。願う。強く気持ちをそちらへ向ける。
そうしていれば、薄皮一枚で変わる状況もあるかも知れない。
毎年毎年、「今年こそ良い年になりますように」とか思って、たいていとんでもない事になっている。去年は癌の上に癌宣告だ。
ま、「なりますように」じゃなく「良い年になる!」くらいじゃないとダメなんだろう。
本当、気力も大切だ。

そういえば、大晦日に明青さんに伺った時に、連れ合いが生前差し上げた南天をご主人が見せてくれた。
お店には11時前に着いて、ちょうど明青さんの階段を上がるとおかあさんがお得意様へ配達に行くので両手に紙袋を持って降りてきたところだった。
申し訳ないが店に戻っていただいて、こちらの注文を受け取らせていただくことになった。
旦那さんに「ご無沙汰してます」と挨拶をし、おかあさんにも「目、見てくださいよ」と見せると「ああ、凄いなあ」と感心。
あまり長くお邪魔するわけにも行かず、とりあえず今年もここに来られました、とご挨拶。
おかあさんはこれからお得意さんに注文の料理と、いつも配る「感謝の折詰」を配達して廻らねばならない。
おかあさんは「ごめんなあ。よいお年を」と自転車で配達に行き、それを俺は旦那さんと階段の途中で見送った。

旦那さんは「ほら、これが奥さんからいただいた南天ですよ」と、店の脇に見事に赤い実をつけている南天の木を指さす。
「いただいた時は奥さん『こんなもの(鉢植え)ですいません』とおっしゃってましたけどね、見てご覧なさいよ。あんなに立派になりましたよ」と。
DSC_0079.jpg

「立派ですねえ。見習わないとなあ」と思わずつぶやく。
「そうでさあ。この南天みたいにね、グッっと立派にね」と旦那さんも笑う。
はあ…凄いものだ。感慨深い。
頑張ろう。
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コメント

南天

南天、とても立派に育って、赤い実がたわわになってる。
むらさきさんの気持ちがこもって、ですね。
白鳥さんも南天のように!

奈々子様

いつもありがとうございます。
南天は京都ではよく家々の玄関先なんかに見かけるのですが、鬼門に難を転じる=南天という事でよく植えたり、鉢を置いたりするそうですね。
連れ合いと京都に来たばかりの頃、明青さんには鬼門側に植える土が無かったので、鉢植えを差し上げたのでした。
立派になって…うう…。とか言ったりして、自分も元気で生きねばと思いました。

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Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
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