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2016-03-25(Fri)

メルケル細胞癌の転移確定

2016年03月25日(金)
まったくねえ。
予感はしていたが、全く悪い事はしっかりと、それも最悪の形で的中するものだ。

今朝は9時くらいに目が覚め、モニタをつけ、毛布にくるまってしばらくうとうと、とろとろしていた。病人にとって朝のアイドリングは重要。
もっとも入院すると容赦なく起床時間に叩き起こされるけど。
寝たまま、ベッド脇の「薬剤・処置道具」などを並べてある箱からクリーンコットンを取り出し、寝る前に軟膏を入れて貼った左目の眼帯を剥がし、コットンでぬぐう。右目もついでに拭く。
食欲はなく、トイレに立ったついでに歯磨き洗顔など。今日は薄曇りで、昨日よりは気温は少し高めのよう。

昨日、耳鼻科にPETで集積の出た耳下腺~唾液腺の腫脹から採った献体の分析結果を聞きに行った。ところが「まだ検査結果が出てなくて…」と言われて、とりあえず集積反応は細胞を採っていない耳たぶ下の方が強いので、顎の方調べた時に両方調べれば良かったのにねえ、なんて話して帰ってきた。
で今日は、同じK先生が耳鼻科の「がん診療外来」を同じ診察室でやられているので、改めて連チャンで出向いたわけ。
がん患者はその部位、治療によって診療科が違うが、ざっくりと「がん診療」は積貞棟の一階で、通院での抗がん剤投与や、放射線科や血液内科やその他の診察室もまとめてそこに行くようになっている。
でも耳鼻科だと部位が部位だから、特殊な器具とか検査台とかがある、耳鼻科の外来の方がいいんだろうなあ。とか思って昨日は帰ってきた。

ネットでメールチェックとニュースチェックなど、最低限の事だけをのろのろと済ませているうちに12時を過ぎたので、慌てて支度して出る。耳鼻科の予約は1時「ころ」というアバウトな指定だった。
昨日生検の結果を聞くはずが出なかったので、急遽今日の外来予約の合間に、という事だろう。つまり待たされるな、という覚悟はじゅうぶん。

外に出ると今日はやや風があるが、昨日よりは気温はマシ。
昨日サングラスを忘れたらもう風が強くて左目にしみて、空車を見分けるどころか目を開けているのもしんどかった。
その教訓を活かし、今日はメガネONサングラス。さらにデフォルトでマスク、さらにハンチングで、完全に不審者モードである。

風が目に染みないのはいいが、マスクの鼻息でグラサンが曇る。
結局外でも目が凄く不自由なのにかわりはなかった。

京都は桜の開花が宣言されたが、まだまだ一分咲きですらない。
でも外人観光客が増えたし、大型バスも増えつつある。道路もだんだん混んできた。
ええ季節やなあ…と思いつつも、自分がそんな風情を楽しむ状況じゃないのもまた思い知る。凶悪な癌の転移がこんなに早く見つかるとはなあ。いやまあまだ確定じゃないけど、去年の手術前のPETにはない集積がはっきりと出てるわけだしなあ。
なんて車中ぼんやり考えつつ、半袖Tシャツにサングラスで自転車を漕いでいる白人男性を眺める。あれは…やっぱりフィンランド人だろうか。

病院には1時10分くらい前に着いたので、すぐ受付して耳鼻科のK先生の診察室前で待つ。昨日とは違いドアには「耳鼻科がん診療外来」だったか、書かれた札が貼ってある。
そこから30分くらい、ウトウトしたりはしたが、割合早めに呼ばれて診察室に入った。

先生の後ろには研修医が男女3人ずらりと並んでおり、入った瞬間「ああ、こりゃやばいな」と分かった。
K先生は昨日はまだ細胞の検査結果が出なかったのに来て貰って申し訳なかった、夕べ夜に出た、とのこと。
「…で、耳下腺の方にやはりメルケル細胞癌が出てしまいまして」と、転移癌である事を告げられる。

PETで集積が出た耳たぶ下の小さいものは採ってないが、同じことだろう。
エラの方に近い、こりこりしたリンパ節のような「モノ」に針をブッ刺して献体を採ったわけだが、そこから、去年夏に左瞼に出たメルケル細胞癌が出てしまった。

もうこれはリンパ転移である。

「それで、(形成の)E先生とも電話で相談させていただいたんですが、ぜひ取りましょうという事になって」と、すぐに入院、手術する事になった。
「幸い4日に手術できる時間が空いたので、そこでやってしまいます」
というので「入院は…」というと「まだ決まりませんが、たぶん1日になるんじゃないでしょうか、病院から電話が行きますんで、それに合わせて来られますか」というのでもちろん了承。

で、こればかりは切って開いてみて目視しないと解らないが、もし唾液腺を巻き込んでいたりすると、ちょっと手術が面倒になるのと、綺麗にリンパを郭清するにあたって、癌細胞を残したくないので、神経にさわっていたらそれも取ることになる。
そこらには顔面神経が走っており、それも下の方、口を動かす部分なので、ひょっとすると顔面麻痺、左の口角が下がるような後遺症が出る可能性があると。

でも死ぬよりはマシだしなあ。
先生も「でもこれは取らないといけないものですからね」というのでこちらも「ぜひお願いします」と。
「入院前の検査を一通り今日、形成の方は…3時か、じゃあそれまでに終えておいてください」と言われ、入院申し込み書などを貰っていったん廊下に出る。
看護師さんがすぐ来て、小部屋に入って説明を受け、まあつい2ヶ月前まで入院してたわけなので…と苦笑。

それからとりあえず指示通り感染症の項目など増やされた4本分の採血を終え、その足で心電図を取ってもらいに行き、そこで2時過ぎ。
ここからE先生の診察まで1時間くらいあるな、と思ってたら、何と4階のエスカレータを降りて外待合へ歩いていると、そのE先生とばったり会ってびっくり。
お互い「あっ」という感じで数mくらい先から見つけて歩み寄り、俺が「転移でしたねえ…」というと先生も「そうですね、耳鼻科の先生ともお話させて貰いました」とのこと。
「もう手術の日取りとか決まりましたか」と聞かれたので、「確か4日と伺ったんですけど…」というと
「えーと…月曜かな、金曜かな、とにかく手術には僕も入りたいので、なんとか都合をつけたいと思います」と言ってくださる。何と心強い。
とか立ち話もアレなので「じゃあちょっと待っててくださいね、すぐお呼びしますから」と足早に去って行かれた。
今からお食事かな、大変やなあと思いつつ、こちらは形成外科外来の診察室前の椅子で待つ。

やれやれ、まあ、半月くらい前か、耳にこりこりしたものがあり、その下にしこりを発見した時は、「十中八九転移やろなあ」とは覚悟していた。
でも「悪いものじゃなかったです」くらいな可能性も…なんて考えなくもなかった。そらいい方に可能性を求めるのが人情ってものだ。
でも世の中そんなに甘くない。
20分ほどでK先生に呼ばれ、診察室へ。

「入院の日取りは決まりました?」と聞かれ、まだだけどたぶん1日じゃないかと言われました、というと「ああ、じゃあ術前の頭頸部MRIは入院後ですね」と電子カルテを見ながら確認。
先生は再び「それでですね、4日は僕も別の手術の予定があるんですが、なるべく時間を合わせて入るようにします」と言ってくださる。
「ありがとうございます。またお世話になります、助けていただく事になって」と頭を下げると
「いやいや、でも早めに見つけられて良かったですよ」と笑顔で言われる。
この先生とお話していると、本当に励まされる。
俺も「はっきり覚えてますよ、E先生が次のPETどうしようかなあ、確定から半年、手術から何ヶ月…念のためいれておきますか、と言われたとき」と話す。
先生は「いやあでも、良かったと言うべきでしょうね」と言うので、こちらも「本当です、検査入れていただかなかったら発見されてなかったので…」と頭を下げる。
で「ほんまにお話していた通りになりましたね、転移が多い、早い、だからまめに検査をし、早期に見つけたらすぐ取る…という」と話すと、先生も
「いやあこの癌自体、珍しいものですし、慢性白血病患者のうえにこのメルケル細胞癌というのは本当に僕も初めてなので。文献の通り、早め早めに診ていかないといけないものでしたね」と。
俺は「自分もね、アメリカの癌学会のサイトとか素人なりに読みましたけど、いやもう本当に怖いですね。でも、貴重な症例なら、この癌の場合はこういう対応を、と後の患者さんの治療につながれば」というと
「本当ですね、そう言っていただけると…」とE先生も少し頭を下げられる。

とにかく、来週は入院。
そして4日、耳裏と耳下腺~唾液腺あたりのリンパ節を郭清する。
やってみないと、顔面神経への影響がどうなのかは不明。取らないと全身に転移するんだから、命に比べりゃこまけえ事ぁどうでもええっちゅうに、くらいの思い。
だってもう左の瞼切って顔ざっくり切って皮膚剥がして動かして縫い合わせていろいろやっちゃってるし。
フランケンシュタインみたいになっても別に、命があれば笑ったり酒飲んだりもまたできるし。

E先生は「リンパ節は全身につながってますが、ブロックというかその部位でひとかたまりみたいなグループがあるので、今回瞼から耳下腺へ転移したからといって、他に集積反応もない間に今郭清してしまえば、全身に広がる可能性も下がります。
あと血液に乗っちゃって他の部位へ行く可能性は否定できませんけども、それも離れた遠いところにいきなり出来るという事は稀で、まず今回、このタイミングで見つける事が出来たので、取り切ってしまいましょう」と。

E先生はいつものにこやかな笑顔で「じゃあ、次は病棟ですね。頑張りましょう」と言われ、こちらも「またお世話になります。よろしくお願いいたします」とお願いして、診察室を出た。

その後会計窓口から入院手続きのところへ行き、用紙などを貰い、係の女性に「…あ、2ヶ月前までご入院されたんですね、じゃあもろもろお分かりですね、病院案内も…」というので「いらないです」と思わず苦笑。
で「パジャマは借ります」というと、「パジャマは値上がりしたんですよ~」と言われた。一日確か108円だったのが、なんか180円くらいに上がっている。すげえ値上げ幅。なんだなんだあちこちで起きてるインフレが病院のパジャマまで。
とはいえ、それでも言えばすぐ換えをくれるし、家族がいない人間にとって洗濯をしないで済むのは非常に助かる。
下の方は術後はおむつだし、その後は使い捨ての下着にパッドを装着したものを毎日使い捨てる。贅沢なようだが、毎日清潔にしないといけない易感染の病人にとって、洗濯物がどんどん溜まっていくのは地獄である。
病人ってだけでただでさえ具合悪い、その上に術後に洗濯機廻しに行けるかっての。

ていうか本当、洗濯一つとってもそうだが、ありとあらゆる事で一人だと凄まじく不便だし、入院生活はしんどい。いろんな意味で。
でもこれまでもずっとそうだったし、粛々とまた入院し、手術を受け、痛みや辛苦に耐え、無神経なジジイどもの騒音雑音に耐え、退院をして戻る。
それだけだ。
まだ死なない、死ねない。
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コメント

お祈りしています

本当に大変でいらっしゃいますね。
しかし、「慢性白血病患者のうえにこのメルケル細胞癌というのは本当に僕も初めてなので」とお医者様がおっしゃるということは、白取さんは非常にしぶとい患者なのだと思います。
ご好転をあらためてお祈りしています。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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