2016-04-02(Sat)

4日、左耳下腺全摘と周辺リンパ郭清手術

この土日は平穏なものです。
個室が空いてなく、4人部屋なんですが、例によって向かいはベッドの上でどでかい声で一日に何度も何度も何度も(笑)平気で電話をするジジイ、何か抗がん剤入れてるようで大変そうだけど、本人は元気で看護師が来るたびに引き留めて軽口をたたいている。
実は看護師さんはチームで動いており当然たくさんの患者を担当しているから、定時のバイタルなどは一人のところで数分引き留められると、積算されて最後の方は30分遅れとかになる。
実は一度別な病棟で、それでおしぼりを貰えない事があった。些細な事だが、動けなかった時のあったかいおしぼりはとても楽しみだったので、思わぬ「玉突き」があることをよく理解して欲しい。あ、それとルールは守れ。
あと病院も守らせて欲しい。
この患者さん大変やから、というのなら俺だってそうとう大変な部類でしょ。

そういうわけで環境はいいとは言えないが、とりあえず31日に入院が早まり、昨日は頭頸部のMRIを撮ってきた。
その後すぐ主治医の耳鼻咽喉科、K先生と新人医師のK先生(イニシャルは同じだが名字は違う)のお二人が来られ、今回の手術内容の説明があった。
かんたんに言うと、耳の裏にある小さいしこりみたいなものも転移癌、それと耳下腺部分の瘤状の腫脹からもメルケル細胞癌が出てしまったので、結果、そのブロックのリンパ郭清を行うと。
問題は顔面神経をどれだけ残せるか、なのだが、実際問題開いてみないと解らないし、命の問題が最優先。
癌をどれだけ取りきれるか、の方が上位に来るので、左顔面の麻痺や、頸部にもさまざまな後遺症が出る恐れがありますと。

顔面麻痺か。
ま、命の方が大事だしな。

いろいろ凹んで戻って来てしばらくしたら、K先生ともう一人の若い担当医のM先生がフッ飛んで来て、「たった今MRIの画像カルテに飛んできたんで見たんですが、ちょっとエコー見させてもらっていいですか」とのこと。
先日の外来、PET時より大きくなってるし、実際俺も触ってて自覚している。
最新型のエコーを処置室であてて見て貰うが、あららら、これ大変だわと俺でも解った。
新任の先生が機器の操作を周りの先生とやりとりしつつ、映像をカルテに転送するのを眺めながら、正直「これはこの人もうアカンのちゃうか」と思った。

メルケル細胞癌は非常に珍しい癌。
どういう形で腫瘍を形成するのかとか、進行速度とか、そういう症例が豊富ではない。
でも明らかに「進行が早く転移も多い、外科的に切除のあとは予防的な放射線照射が望ましい」と学会の頁にあった。
まんまやんか。
それにしても発生というか瞼への瘤に気づいたのは昨年夏、切除術10月あたま、そこから半年経たずに転移か。
恐ろしいことだ。
それも、顎のしこりなんかまだ気にしてない、誰にでも両顎の耳下腺あたりにリンパ節があり、風邪引いたりすると腫れることがあるだろう。今回はそれすら気にしてなかったほど。
何で解ったかというと、それは形成外科で眼瞼再建術をしてくださった主治医のE先生が、「(切除)術後半年ですか…一応、念のため入れておきましょう」と言ってくれたPET-CTで、まさかの集積反応が出た、んで生検を耳鼻科でした、メルケルが出た、という流れ。
で当初は手術日程も決まっていなかったが、E先生とも相談してくださった結果、早期に取った方がいいという結論に…という流れ。
いやはや綱渡りというかE先生の「念のため」がなければどうなっていたか!

その後、夜になって形成でお世話になった主治医のE先生と、当時形成外科におり鼻の切開と縫合を担当してくれたY先生が、新人の女医さんと3人で病室に来てくれた。
病室の入口から
「えーとシラトリさん…」という声が聞こえた段階で、もうE先生だとすぐ解った。
なんとなく今日あたり来てくれるような気がしていたのだ。
声を聞いて顔を見ただけで安心する。逆白衣症候群(?)。

ベッド脇に来られたお三方と挨拶を交わし、さっそく「えらいことになって…」と話すと、E先生も「ですね…。もう手術の説明は受けられました?」と言うので「今日のMRIのあと先生がフッ飛んで来られて、『大きくなってますね』ってエコーですぐ確認していただいて」と言うと、ちょっとじかに触って「ああ…本当ですね」と渋い顔。
ついこないだE先生に外来で触ってもらったばかりだから、先生もよくお分かりのご様子。
「外来でエコー見させていただいた時より大きくなってますね」、と。
んで俺が「手術は先生も入って下さるんですよね?」とニコッと笑いながら言うと、先生苦笑しつつ
「ええ、そのつもりです。でも時間がうまく合えばいいんですが…その日2つ僕掛け持ちなもんで」と。
俺が「K先生が『E先生来られるんなら神経縫合して貰おうかな』って言われてましたよ」というと笑いながら「あはは、できればぜひやらせて貰いますよ」と。

でその場で「ちょっとそのあたり段取り電話してみましょうか」とK先生のピッチへY先生がかけてくれることになり、とりあえず3人とも廊下に出て行かれた。俺はこの大部屋の中で微妙な話をするのも何だなと思って廊下で待っていた。
しばらくすると戻って来たので、病室前の廊下でちょっと立ち話。
俺が説明を受けたという話で
「麻痺が残らないように採りたいのはやまやまなんだけど、もう神経巻き込んだり浸潤してるようなら、命が大事なのでスパッと切りますと言われました」と言うとE先生も「そうですね、それはそうです」というので
「でもE先生がつないでくれますよね」というと「そうですね」と苦笑しつつ「まあでも移植してもすぐつながるわけじゃないですし…」と。神経移植してもその後リハビリとか色々あるのだろう。

それにしてもほんまに偉い事になった。

これほどまでに転移速度が速いとは。そして切除するリンパ節も多いとは。
耳たぶと耳下腺の瘤みたいなのだけかと思ったら、そりゃ郭清必要だよな普通。
「でも先生に来ていただけると有り難いです。この病棟でも眼瞼再建の痕見せて形成凄いって宣伝しておきましたから」と言うと「いやいやありがとうございます」と、Y先生も苦笑。
E先生は「じゃあ次は白取さんは麻酔かかった状態ですが」というので
「はい、頑張りますのでよろしくお願いいたします」と頭を下げ、そこでお三方と別れた。

どん底まで墜ちていた気分が少しだけ、上向き前向きになった。
なので給湯でコップに熱湯入れて戻り、スティックカフェオレを飲みつつ、食堂で座って話せば良かったかな、とか思う。

正直気持ちに全然余裕がない。
いろいろメールとかあれこれ来てるけどいっさいがっさい返答してませんすいません、余裕ないです。

4日、午前中に手術室に入り、予定だと4時間、でもたぶん長引くだろう。そういうもんだ。
三津子さん、いつも済まないけど、また助けてくれ。
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No title

とにかく応援してます!
頑張ってください。

No title

私も、手術の成功をお祈りしています。

どうかご生還を

また京都で一献交しましょう。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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