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2016-05-28(Sat)

入院してから…正直しんどい

2016年05月28日(土)
入院したその日の午後から、左の耳と顎にかけてのメルケル細胞癌が転移したと見られる部分への放射線治療が始まった。
平日は毎日中央診療棟の地下一階にある放治の外来へ通い、呼ばれるのを待ち、前に取った頭部固定用のメッシュマスクを嵌めてもらい、台に固定され、ミリ単位の位置合わせ…これもCTでシミュレーションし、耳と顎2箇所にそれぞれ2方向から照射…を経て、だいたい十数分じっとしているだけ。胸と両肩には位置合わせのためのマーキングが「落ちにくい塗料」で書かれ、薄くなるとマジックや塗料で上書きされる。

前回の放治=腫瘍ごと切除~再建していただいた左目を中心=が終わったのは1月の末。
やれやれあとは再発や転移を警戒しつつまた生き延びて…と思ってたら、3月にもうPET-CTで転移が見つかった。
4月摘出手術、いったん退院、でまた照射。
ただ前回と違うのは、今回は首の傷が引き攣れのようにまだ影響が残っていることと、眼窩中心の限局された部位ではなく、最初のワンクール(20回くらい?)は左の耳から頬、顎から首にかけて広めにあてて、次のクール(10回くらい?)は転移して切除したところに絞って、ピンポイントであてるという。
なので、まだ前の目への照射の「障害」が出るかどうかというところで再びの頭頸部への照射、そして今回は口や喉への影響はほぼ間違いなく出ると判っている事。
さらに、口腔内に照射中に傷を作るわけにいかないので、治療前に虫歯などは抜歯され、手術での口角麻痺に加えて咀嚼困難になったこと。
もちろん、この恐ろしい速度での転移(再発、の可能性もある)と切除までの成長速度は、今後…予後の困難さも予想される。

そんなこんなで口腔外科で抜歯から抜糸、再入院までは本当に精神的にしんどかった。前回書いた通り、正直折れそうだった。
折れかかった、と言ってもいい。
長距離の電話を連日延々と続けたり、ここ十年ほどやってないゲームに耽溺したりした。目がしんどいのでもちろん限度はあったが、何かに逃避していないと、精神的にまずい状況だった。そういう自覚があった。
そりゃそうだ。自分で書いててほんまこれアカンのちゃうんかいなと思う。

入院してからは、主治医の形成外科E先生、Y先生にはずいぶん励ましていただいた。
E先生はもちろんPETを入れて下さった「恩人」でもある。
精神的にしんどい部分は、Y先生と相談して緩和ケアのチームに来ていただく手配もして下さり、そういう面でもサポートしていただいている。
もちろん、時間があると様子を見に来られ、そこでこちらの不安や心配、世間話にもお付き合いいただいて、そしてE先生はいつも
「厳しい状態で今はしんどいと思いますが、これまでに適切に対処をし、それを乗り越えて来られたと前向きに考えましょう。珍しい癌で症例も少ないですが、白取さんがぜひいい例になっていただければ」
と励ましてくださる。
本当に有り難い。

先週の土曜には、呉君(キッチュ)と千葉ちゃん(おおかみ書房)が見舞いと取材をかねて来てくれた。
いろいろ話した。
これは俺が遺すべきことだし、伝えるべきことかな、と思う話。

そういう真面目な話ももちろんたくさんしたのだが、昔長井さんが癌宣告を受けて入院した時に、病院に連れ合いのやまだ紫と見舞いに行った時のことなんかも改めて話す。
何度も書いたり言ったりしてることだけど、二人で阿佐ヶ谷のK病院を訪ねると、長井さんはベッドの上であぐらをかいて、しかめっ面でポータブルラジオをいじっていた。まだスマホだの無い90年代半ばの話。
俺がなんとなくかける言葉がなくて挨拶してから、とりあえず「…大丈夫ですか」と聞くと、長井さんは
「大丈夫なわけねえだろ、だって俺、癌なんだぞ!?」
と半笑いで怒ったような口調で返してきた。
そのとき、さらにもっと昔の80年代半ば、あの神保町の「木造モルタルの王国」材木屋の二階にあったボロ編集部で、長井さんが雨がさーさー降る外を睥睨していたので
「雨、やみませんねえ」と何気なく言ったら何がしゃくに障ったのか
「あたりめえだろ、だって今、梅雨なんだぞ!?」と怒鳴られたのを思い出した。こんな元気があるなら大丈夫だろジジイ!
今だから言えるが、あのときは内心そう思った。

…まあ、そういう事を、今、俺がベッドの上であぐらをかいてスマホをいじり、見舞いに来た千葉ちゃんが俺の死後に
「白取さんがベッドの上で長井さんのしゃがれ声を真似しながら話していた」という話にすれば「ちょっといい話」みたいにならへんかな、とか。
千葉ちゃんは「そうですね」と言いながら
「俺、白取さんのそういう自虐的なネタに『そんなことないですよ』とか返した事一度もないんですよ」とニヤニヤしていた。
おためごかしというやつが一番嫌いなことを、この男は知ってくれているのだ。
呉くんはその両者を交互に見ながら困ったように笑っていた。普通、困るよね。

世間は都知事金使いすぎだろ問題とか伊勢志摩サミットだオバマさん広島訪問だという中、こちらは毎日粛々と放射線治療に向かい、何とかして「生き延びる」ための戦いを続けるだけだった。
先生がたやナース、助手さんや清掃員の人たちも4月で異動があったとはいえ、長期入院していたので知った顔も多く、何気ない会話でも笑顔になる余裕が生まれる。
ところが、やはり放射線障害は予想より早く出た。

それは、週一で照射のあとに放射線科の先生に診察を受けた日、というか受けた数時間後だった。

その日、というか先日の水曜の午後、放射線照射を受けたあとに診察室へ呼ばれ、先生に「何か変わったことは」と訊かれて今のところ倦怠感がある以外特には、と言いつつ
「そういえば口が朝渇くようになりました」というと「えーと耳下腺と、顎下腺は摘出されたんでしたっけ」というので「耳下腺は全摘と伺ったんですが…」と答える。唾液腺、じゃないのか。
先生電子カルテで手術の詳細が記載された項目を読んで「耳下腺と顎下腺も一応摘出されたんですね。でも残っている細かいものからも唾液は出るんですが、それらの機能が落ちてきているのかも知れませんね」とのこと。
俺が「でももう片方(右側)がありますよね、そういえばこちらには影響ないんですか、貫通して」と聞くとFAQだったらしく、
「はい、一応こういう形で…」と事前のシミュレーションCTの画像を出してくれ、2方向から直角に交わるかたちであてているが、他の部分にはもっとも影響が出ないように計算して照射位置や方向を決めている、とのご説明。
ちなみに素人なのでその3D画像を見ても「ああ、あの辺にあたるんだな」くらいしか解らないので、「そりゃそうですよね」と苦笑するのみ。専門の、それも高度な治療を専門家にお任せしているわけですから。
ちなみに、放射線も貫通はするが、目的の左側の顎部分を40とすると、右側への影響はその10分の1くらいになるという。なので、ほとんど右側は機能的に影響は出ないと思います、ということ。
左側からの唾液供給は減るが、右側があるので人工唾液(ナースいわく、あまり評判は良くないらしい)で補給するとか、極めて嚥下困難になるとかいう事は避けられそう。

あと口内炎とか大丈夫ですか、というので一応口の中も診て貰うが、今のところ大丈夫ですね、ということだった。
あとは、皮膚症状などは正直左顔面は切ったり剥がしたりくっつけたり動かしたり、いろいろされているので正直感覚も無い部分もあって、解らないんですよね、と話す。
ただときどき、じわーっと曰く言い難い、伝え辛い皮膚感覚が拡がるときがあって、でもそれは痛みとかではなく、ただ「じわあ~っと何かが拡がるような感覚」としか言いようがない。
まあでも今のところはだるさ以外は順調なようなので、先生も「このまま続けて行きましょう」という事。

で、だるいので買い物もせずに病室に戻ってきて数時間、何か下唇がぴりぴりするなあと思いつつ、手鏡で唇を見るが、乾いて皮が浮いており、これのせいかなあとか思っていた。
翌日も続き、朝のおかゆさんが熱いのを気にしつつ、でも食えるのであまり深く考えずにいた。でも下唇をめくって手鏡で見たら、白いぽちっとしたものが出来ている。
口内炎だ。いや唇だから口唇炎なのか。
ちょうどY先生が様子を見に来てくれたので、さっそく報告。
先生はライトで照らして、俺がめくった部分を見てすぐ「あ、口内炎ですね…。軟膏処方します」と。
「とうとう来ましたか…」と言うと「来ましたね…」と先生も眉を顰める。
翌日、ケナログ軟膏が届いて、とりあえず水分を拭き取ってから塗ろうとしたら、ティッシュをはがした部分の薄い皮膚が剥離して、出血。
しかも白い炎症部分とは違う場所。これは痛い。
すぐクリーンコットンで抑えて止血し、軟膏を消毒した指で塗る。
その後来てくださったE先生に
「市販の口内炎用の軟膏とかパッチは持ってるんですけど、先生にお見せしてからと思って」と伝えると、先生も
「そういうものでもいいんですけど、こちらで処方するものの方が効き目は強いですから」と苦笑気味。そりゃそうだ…ここ病院だもの。
予想はしていたが、予想よりは早く出た。
「ちょっとしんどいですけど、軟膏たっぷり塗ってくださいね」と言われる。
抗がん剤などで免疫が下がると口腔内で雑菌が繁殖したり、菌交代が起きてカンジダになったり、炎症が起きたり色々なことが起きる。
血液内科の病棟…積3にいた時も、そういう「悩み」はしょっちゅう耳にした。
ただ今回は免疫低下は俺の基礎疾患である白血病で低値安定、その上で放射線障害として出たものなので、この軟膏で「治る」わけではない。
放射線治療は外科的な治療で取り切れない癌細胞を正常細胞と一緒に殺す。傷が出来ればそれを治そうとする状態にあててるんだから、出来てしまったらなかなか治らないのは必定。

…と、いうわけで今はしんどい。
大変、しんどい。
精神的にも肉体的にもいろいろあっちゃこっちゃ、ほんましんどい。
このたびは目をやられ、鼻もそのためにやられ、左耳も聴覚はあるが感覚はなく、口は左口角が麻痺、そして歯をとられて食うのも困難。
からの、口内炎。
真綿で首を絞めるとはまさにこの状態か。
それぞれの機能が喪失したわけじゃないが、それぞれ不自由。
ちょっとの不自由が目、鼻、耳、歯、口、喉に重なって、とても大きなストレスになる。
しかも、俺、癌なんだぞ? ということだ。
折れるわ-、いや普通折れるわー、と腕を組む。
でも折れると、それ発狂か死しかないんだな、今の俺には。
精神的に死ぬか物理的に死ぬか、いずれにしても俺はいなくなってしまう。
そうすると困る、という人たちがまだいる。
猫のユキちゃんの預け先はまだ、決まらない。
こうしている間にも、谷川さんにはご迷惑をかけ続けているわけだ。
もう甘えていられない。
なので死ねないんだなコレが。死ねば楽そうな気もさすがにしてきた。
そういう事を考えるのはアカンと思ってきたものの、こりゃさすがに考えるって。

で、ゆうべは普段滅多にないのに、眠剤を飲み忘れて、結果ほとんど眠れなかった。精神的にいっぱいいっぱいなんやろな、と思った。
この状態で正常でいる事で、たぶん精神力のかなりの部分を使っちゃっていて、他へ回る注意、神経が鈍麻している。自覚がある。

何かレム睡眠しか来なくて、夢を長編3本くらい、ほか短編が数編上映された。覚えているということは、ちゃんと睡眠がとれていないということ。
日中は朦朧とし、口内炎は痛く、ここ数日はみるみる食欲も減衰してきた。なんとか詰め込もうと頑張るのだが、9割がた食えてた食事が7割、6割と減っていき、4割くらいになってきた。これはやばい。
土日は放治が休みなので立て直さないと…。
とにかく食わないとアカンし、寝ないとアカン。
人間はそういう風に出来ている。
いろいろと人が生きようとしているのに、ちまちま妨害が入る。障害が来る。何やコレ、いつ人生をエキスパートモードにしたのか。ハードだという自覚はあったが、その上があったとは聞いてないぞ。

とにかく食わなきゃ、とこれをつけているとナースが夕飯を運んできてくれたので、ぱかっとおかずのフタを取る。
アッツアツの麻婆豆腐。もちろんおかゆさんも。
いじめか。なら負けんぞ。
ていうか、楽なペースト食とか最悪流動食まで、今はきめ細かく食事は変えられるし、先生がたも「いつでもしんどかったら変えますから言ってください」と言われている。
でも、なるべく「普通」に食えるうちは食う、できることはし、歩けるうちは歩き、笑えるうちは笑う。
生きてるうちは生きる。
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コメント

ゆきちゃん

ほんま、頼ってくださいよ。

白取さんはもっと頼っていい。
ていうか、全ての人に頼ってください。

ありがとうございます

いや心強く有り難く思います!>ひるねえ様
こんな状態なので、自分が動いてあれこれ出来ないのがほんま情けないです。
でも「いざという時」引き受けて下さるというお申し出があるのと無いのとでは、雲泥の差です。
入院前からユキのことを考えると胃がキリキリ痛み、写真を眺めると子猫の頃、引き取った頃の事を思いだし、申し訳ない気持ちで涙が出ました。
こんな事になるとは思わず安易に人任せにした結果がこれなので、今回はできるだけ、自分の周辺で頑張ってみます。
それでもアカンかったら…いやいや、お気持ちほんま感謝いたします。
好きで病気になる人はおらへんし、ましてやこんな状況になるとは考えもしなかった、まあ、結果それが甘かったという事なのでしょう。

No title

白鳥さん

ずっと読ませて頂いていましたが、昨年、皮膚がんを発症されてから、かける言葉もありませんでした。ネコちゃんを預かってくださりそうな方がおられてよかったですね。僕もCLLでネコと暮らしているのでお気持ちわかります。また、過酷な治療の苦しさ、お察しします。CLLの方は落ち着いておられるようなので、皮膚ガンさえ完全にやっつければ、ーー。再発さえおさえれば、またネコちゃんと一緒にくらせますよ、きっと。そう願っております。

Miee
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
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