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2016-07-07(Thu)

まだ入院中

2016年07月07日(木) 
朝です。今7:34、京都市内は青い空に白い雲がもくもくと力強い立体感で、「夏やで!」と主張しております。
まあ病棟にずっといるので、正直来た頃は朝方気温が一桁になる事もあった時期なんで、今外が「夏」と言われてもピンと来ない。

朝方から薄く目が覚めていたが、起きてベッドの背を上げてトイレに立つついでにロールカーテンを上げ、スマホを見たら7時ちょい。部屋の照明は外の光で明るいのでつけず、眼帯剥がしてコットンで目をぬぐってからトイレ、出て来て一回洗剤で手を洗ってからキシロカインを含み、まず洗顔。
それからアイボン。容器を洗剤で綺麗に洗ってから左目を洗浄。終わったらヒアレインで両目に点眼。意識的に片目ずつ、近くのものに焦点を合わせるようにピントの筋肉の運動。この朝、起床直後の左目が一番調子が良い。
その後はぼやけたような、いわゆる「ピンぼけ」状態が多く、メガネでも乱視が矯正されなくなった。目への放射線照射の影響は数ヶ月、年単位で後発する場合もあるし、じわじわと進む場合もあるそうで、いくらシールドで保護しての照射といっても、最悪白内障発症で失明まであるというので怖い。

それから左の口内炎だらけの口腔と当たる奥歯との間にケナログを緩衝剤として入れてから寝たので、それがそのあたり一帯ににちゃりと広がっている感じなのを、口に食塩入り蒸留水を含んで一回吐き出す。といってもケナログは水分で固まるから、ゆすいでも溶けるわけじゃないので、最悪手で掻き出す。これがまた時間がかかる。ここからようやく歯磨き、すすぎ、うがい…となる。やはり20分はかかる。

まだこんな調子。

とはいえ、照射から一週間経って、まず口内炎グランドスラムのうち、口唇炎はほぼ治った。これはストロー咥えたり口にスプーンでものを入れる時ですら痛かったので、助かった。次に口角炎は、大きく口を開けなければ出血はしなくなった。昨日は歯科口腔外科で口内衛生のクリーニングをやってもらう日だったが、衛生士のHさんが「唇と口角はだいぶ良くなりましたねえ」と言っていたので客観的に見てもそうなのだろう。

舌炎の方はあまり変わらず。とくに照射の影響をもろに受けた舌の先端は、後半の照射時意識的に右側へベロを寄せるようにしていたので、今はだいぶ良くなった。しかし避けられない根本部分、またそこが奥歯と接触する部分なので、なかなか治らない。

同じように口内炎は左側口腔内全体が腫れあがったようになり、それは外から押してもぶよぶよした感覚があって痛かった。さすがにぶよぶよ感はやや減ったものの、それでも腫れは引かず、一昨日の耳鼻科のK先生の診察でも「あーこれはまだ全体という感じやねえ」と言われた状態から変わっていない。
口腔内全体が腫れているから、それが奥歯に接触する部分が治らない。
全体に治ってはいないが、治そうと体が努力していることは確かなようだ。

今週の月曜、血液内科の主治医K先生の受診があったのだが、採血結果を見て白血病の方は動いてないと聞いてそちらの方は一安心。
炎症反応も治まってる(=CRP0.1)し、白血球は横ばいでリンパの様子を見てもちゃんと作ってるようだと。血小板も10万越えて、去年あてた放射線の影響がまだちゃんと続いていると。つまり病気自体はくすぶったままで、脾臓の機能亢進はちゃんと抑えられているから、今の口内炎などの辛い症状も「体はちゃんと治す方向で頑張っている」ということ。

そう聞くとやはり安心感がある。数値でデータがちゃんと示されて、血液腫瘍の専門家である先生がそれを元に言ってくださるわけだから、何より信用できる。
「この体はけっこう頑張ってくれてますねえ」と言うと「本当にそう思います、白取さんもね、頑張ってご飯も食べてくださってるので。僕は放射線の治療の方は専門外なので詳しくは解りませんけど、遅れてピークが来ても、照射は終えられてますから、あとは徐々に良くなって行くと思いますから」とのこと。

そのピークがどこなのか解らず、照射終了後もほぼ一日20~30分おきにキシロカインを含み、吐き出し、その後も口の中に嫌な液が浸出してきたのをひっきりなしに吐き出す…というのが続いている。昨日、一昨日でもそう。
もう吐き出すついでにいちいち洗面台へ立つのも面倒なので、紙ゴミが多いゴミ箱をベッド脇に寄せて、そこへ直接吐き出している。やけに粘性が強いので、なかなか切れない。長くやっていると口が痛くなってくるし、「ブッ」と切る動作をすると痛いし、どうしようもない。結局ティッシュでぬぐうしかない。もの凄い勢いでティッシュが減り、ゴミ箱が一杯になる。
それでも「こっちも治す材料を食べて、出して、清潔を保つしか出来ることはないですしね」と言うと「その通りです」と真顔で頷かれる。

K先生は「血小板が増えているのは、たぶん皮膚のダメージに反応して修復しようとしているのかも知れない」と。そういう「治ろうとする力」はちゃんとまだあるという事だ。
頑張るなあ、俺の体。本当に凄い。
俺の精神も負けていられない、肉体に。
体が治ろうと頑張ってるんだから、気持ちが折れては元も子もない。

そんなこんなで、33回66グレイの左耳を中心にした側頭部から頬~顎にかけてと、頸部、耳下腺部を中心にしたうなじから鎖骨にかけての範囲、大まかに2箇所への放射線照射は無事先週の水曜…29日で「満願」となった。
しかし放射線障害、副作用の方はゆるやかに追いかけて上昇しピークが来るが、放治の先生でも「それが人によっていつで、どこまで続くのかは解りません」と言い切った。ただ通常の場合だと、ピークを越えゆるやかに治っていって、一ヶ月くらいで落ち着くはずとのこと。後の長期的な「障害」は、数ヶ月とか数年単位で出るもので、今心配してもしゃあない。
だいたい「数年後」に生きていられるかどうかの保証すらない。確率もおそろしく低い。

まずはこの凶悪な癌をこうして叩き、次にどこかに出ようしたらすぐに見つけて叩くしかない。
もうそうしていくしか、生きる術がないのが現実。
白血病の緩徐な進行に比べ、メルケル細胞癌の転移速度は恐ろしい速さだった。半年後にどうなっているか全く想像もつかない。今回の照射範囲外に散った癌細胞が、今後どこでどうなるかは誰も解らない。

「命の保証はない」とよく言うけれども、そういう事を「そんなの誰だって生きている人はそうだ」とか、また言ってくる人もいる。
いい加減ip晒したろか、と思う。善意なのかと思ってたが正直悪意しか感じない。ふうと溜息が出て、脱力する。
そりゃその通りなんだが、
「健康な人と、癌の上に癌、さらにそれが転移した人に、同じ事が言えるか」と言いたい。
いや言いたくはない、病気になったのはこっちの勝手だ。
しかし実際励ましのつもりか、それとも何か悪意があるのか、単に説教好きなのか、「それは人間皆同じ」とか現実に言ってくる人がいるんですよ。信じられますか?

俺が逆の立場だったらとても言えない。いや、絶対に言わない。
言ったら一番アカン事やと思う。人として。

なんで、人はちょっとでも人より目線を上にしよう、優位に立とう、高いところから見下ろそうと思うんだろう。別にその人の勝手な目標を高みに置くことは何も問題ないし、立派だとさえ思うよ。
でもそういった価値観や人生観みたいなものを他人に言うな。押し付けるな。
おまえにとってそれが正しいだけで、他人には関係のないことだ。
もっと言えば、俺にはそれは不愉快でクッソ迷惑なんだと、どうして想像する頭を持たないのか?
癌などの辛い病気と闘う人間にお説教とか、一番やっちゃいけない事だと俺は何度も何度も言ってきたつもりだが、全くそういう事を理解して貰ってないんだな、とほとほと情けなくなる。

生きて行くとどうしてもストレスは避けられない。それが体にも精神にも良くないことだと解っていながら、それでも生きるという事自体がそういったものと闘う事なので、どうしようもないのだ。
それでもごく少数のそういう無神経な人を除いて、概ねここまで来ると頑張れ生きろ応援してますというメッセージをたくさん頂戴します。
それは本当に本当に掛け値なく心から嬉しいし有り難いといつも思っています。
お返しできる手段が何もないのが心苦しいところだけど、何とか今回も白血病+癌+転移癌=とりあえずあちこち不自由になったけど死ななかった、という事で勘弁していただくしかない。

それと、まだ口が酷くなる前に口述しておいたものをライターのS君が起こしてくれたのを、ちょっとずつ推敲加筆している。過去の日記と照らし合わせたりいろいろ大変で、家に戻らないと確認できないものもある。
でもまあそれも一つのモチベーションではある。
何か、っていうと別に一人のオッサンの単なる半生記ではあるが、そんなものでも出したいという人がいて読みたいという人がいてくれるようなので、頑張らないとと思うわけです。

俺は今まで何もかも記録し、けっこう赤裸々にそれを開示してきているので、それらを参照すれば時系列な事実は割合すぐに調べられる。そして自慢じゃないが嘘や出鱈目を書いてきたつもりはないし、そんなもの今どきすぐに炎上する。基本実体験ばかりだから、「つじつまを合わせる」必要がない。

つまり、嘘をつく必要がない。これは楽だ。
普通体裁を取り繕っていい格好をしたり、嘘をついたり、嘘を取り繕うためにまた嘘を重ねたりと大変だけど、もう命も残り僅かという時にそんな事に腐心している暇はない。それに嘘を今さらついても、過去に全部開示してある事と齟齬が生じるので、そもそも今になって嘘をつく事が出来ない。
いろいろと本当に波瀾万丈というか艱難辛苦というか、傍から見たら大変な人生かも、知れない。でもこれも自分が選んだものなので仕方がない。
だからこそ、その生き方を勝手に外からああだこうだ決め付けたり、正しいとか間違ってるとか言われたくない。だって俺の人生なんだから、しゃあないやん、と。

結果良ければ全てよし、結果オーライという言葉もあるけれども、その結果を導くための途中経過は変えられないんだな。だから今この結果があるんだから。全部、自分のせい。自分が招いた結果。
だから自分でこれからも頑張るしかないし、これまではそれを「自分だけで」頑張ろうとして無理をした。今後はどうやら自分だけでは日常生活さえかなり不便不自由が出そうなので、助けてくれる人には遠慮なく助けていただく事にしよう。
出来ない事に無理をし続けるか諦めてやめるか、という選択で、「生活していくこと」つまり大きく言えば「生きること」に関しては「やめる」選択肢はない。無理をし続けて結果こうなって、その無理も今は無理(笑)。

例えば今現在、ちょっとでも形のあるものは食えない。
ペースト状態になった、ゲル状のものしか食えない。おかゆさんは一応全粥で、そのまま噛まずに飲み込める状態だから、ペーストのおかずと混ぜてひたすら左口蓋を避けるように口へ放り込んで嚥下するしかない。それでももちろん舌や口蓋に触ることは触るから、そりゃ痛い。飯を食うことが苦行。
そんな状態で、自宅でペースト食を作るノウハウなんかない。カロリーメイト系とかソッチ系の栄養補給食品はあるが、これがまたクッソ高いわけ。200kcalで200円くらいするものを、一日必要量摂取したらいくらになるかという話。

さらに体重も目への放射線照射後、転移が見つかる前あたりに比べると8kgくらい落ちている。
当然ふらふらする。日常生活、ただでさえふらついてて視力がやばいと来てしまったところで、日常サバイバル度が増した状況。まあいろいろ、大変だ。退院しても。
食うものが限られると食わなくなる。栄養状態が悪化する。体にも悪い。また季節が完全に夏に移行して、病人には厳しい季節でもある。
なので、ちょと口内炎が落ち着いて、とりあえず軟らかいものなら何とか食べられるくらいになるまでは入院して、というE先生Y先生のご判断で、まだ病院にいる。これもまた、そういうご判断に「助けていただいている」と思っている。
実際外科系の先生だと「傷治ってんだからとっとと出てけ」タイプの先生もいる。いや実際多い。
でも今回のメルケル細胞癌に関してはずっと形成外科が主科になっていただいて、本当に本当にいろいろとご配慮いただいて、細かく丁寧に対応していただけている。もう有り難いという言葉では全く足りない。五体投地でもしたいくらいだ。出来ないけど。
何せ退院したらしたで、自分のケアだけでもかなり手間が増えた上に、普通の掃除洗濯食事の支度と始末、ゴミ捨てだの色々雑多な事が増える。まあ正直考えただけで生きるのが面倒くさくなってくるのだが、何度も言うようにもう「後がない」。
頑張るしかないわけ。

ゲル状のもの、それも低刺激で酸性のものはダメという状況が一ヶ月続いている。
あまりの痛みにペースト食に切り替えて貰ったのは6月8日からだ。
うまいとかまずいとか、味の事を言えるような状況じゃない。栄養士さんが計算してくれたバランスのものを、ひたすら、毎食完食し続けている。一度も、一品たりとも残した事はない。
しかし長いなあ…。
これ、千葉ちゃんが「治ったらおごりますよ」と言ってくれた寿司が食えるようになるまでどれくらいかかるんだろう。
とは言いつつ今一番したい事は「普通に飯が食いたい」。おにぎりとか弁当でいい。
別に寿司とか贅沢なものじゃなくて、コンビニへ行ってそこらに売ってるものをほい、と気分で買って食いたい。
そんな感じでやっとります。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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