--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2016-07-21(Thu)

まさかの再発!

2016年07月21日(木)
6時半過ぎ、食堂横のカンファレンスルームから戻った。
最悪の結果だった。
先週木曜に生検に出して貰った左瞼の小さな出来物から、メルケル細胞癌が出てしまった。

6時の夕食、まだ左の奥歯に触れる部分、口の中と舌が痛いのでペースト食。それをいつものように完食し、薬を飲み、とっとと下膳。
それからネットでニュースを見ていたら、Y先生が来て
「先週の生検の結果が出たので、ちょっとE先生から詳しいお話がりますので…」と。
思わず「え、という事は…」と言うと、そこはさすが、明言はせず「結果についてはE先生からお話しますので、食堂の横にお部屋がありますから来て頂けますか」と言われる。
良いニュースならたぶんE先生がY先生を連れて、部屋に来ていつもの笑顔で「大丈夫でした!」と言ってくれるはず。そうしたら俺も喜んで、「ありがとうございます!」とがっちり握手を交わす…というビジョンを想像していた。
正直、悪い方の予測は考えないようにしていた。だいたい俺の場合悪い予想は当たるし、いい予測や願いが叶った事などほとんど無かったし。

食堂の横にある、いわゆる談話室、カンファレンスルームの前にはE先生がお待ちで、促されて中に入る。
Y先生が操作する電子カルテにはすでに病理の所見が表示されており、メルケル細胞癌が出た事を告げていた。
E先生は「良いご報告が出来れば良かったんですが…」というので俺も「出ちゃいましたか…」とがっくり。今回ばかりは本当に心底うなだれた。正直、折れそうだ。
でもお二人を前に泣きわめくわけには行かないし、たぶんこの先また地獄のような辛い目に遭うのだろうが、泣きわめくことは今までと同様、ないだろうな。
泣きわめいて叫んで癌が消えるならいくらでもやる。
そうじゃないなら無駄な事だ。

左の上瞼、目尻に近い部分にほんの小さい赤いふくらみがあり、先週の木曜に生検で切っていただいた。その後は日に日に大きくなることもなく、時折痛みではない「疼き」みたいなものが軽くある程度。
昨日の夜にテープが剥がれたのを処置室で当直の先生とY先生に貼り替えて貰った。そのあと鏡で見たが綺麗なもので、抜糸するのはいつかな…くらいな感じだった。
なのに出ちゃったよ。
どうすんだよこれ。
…で、E先生は「とにかくまず腫瘍が他に無いか、PETで調べましょう」という事で、その場で電子カルテから一番近い28日に予約を入れていただいた。PET-CTは予定がキチキチで詰まっていて、なかなかスッと空いている事は少ない。一週間後ならまあまあ速いほうだ。
その用紙や説明書類をプリントアウトしたのが、俺の背後のプリンターから排出される。それを俺が取ってテーブルの上に置く。E先生は「すいませんね」と言いつつ「前回と同じなのでご存知かと思いますが」と、朝食は抜いて、糖分のあるものの摂取は前日夜からダメという事を簡単に。

あと、現時点での対策としては、まずこの眼瞼に出来た腫瘍について、大きさは小さいが、切除するしかないという事。
ここにはもう放射線を一生分照射してしまっているので、今後一切あてられない。抗がん剤はメルケル細胞癌に効くようなコレというものはないし、そもそも皮膚癌なので外科的に切除するのがまず第一。
今回の場合は切除と放射線というセットの治療のうち、放射線が出来ないため、切り取るマージンを大きくするか、ちょっと科で相談して方針を決めたいという事。
こちらとしてはけっこう今でも麻痺やら神経切れたり首の傷のひきつりや何やとしんどいので、これ以上QOL的にもきついのはちょっと…とお話する。と言いつつも、まだちょっとやり残した事があるので、「手の施しようがない」ならともかく、やれる事はあるわけだ。
命が助かるのであれば、やれる事をやって、その上でダメならしょうがない。
なので「お任せします、頑張ります」とお伝えする。
先生も「こちらも頑張ります」と言って下さる。
前向きに考えれば、入院中で良かったとも言える。これ退院していたら、次の外来まで一応様子を見て、生検受けて、結果を聞いてPETとなると28日にはとれてないわけで、当然対処が後手後手に遅れていった可能性はある。今見た目では生検で切った縫合糸がある事を除けばちょっと赤い、というだけなので、去年の夏、最初に発現した時のようにしばらく放置した可能性もある。現実に「まさか、だってここ放射線あてたところだし」と思っていたわけだし。
そのラディエーションに関しても、あれだけ年末年始を挟んで50グレイも照射したにも関わらず、同じような部位にまた出来たという事は、この癌はけっこうしぶといという事になる。
こんなものが見えないところに腫瘍を作ってたら困るので、それをPETでまず調べる。同時に、眼瞼の方は切り取る。
先生は「せっかく作ったんですが、ねえ。放射線をあてられないので、少し大きめに取った方が良いのか…そのあたりも相談させてください」とのこと。

参ったなあ、こりゃ本格的にフランケンシュタイン化するか。いやでもこの形成外科の縫合技術は素晴らしく、どこの科へ行っても「え? これ再建したんですか」とか「全然解らない」とか感心される。そこら辺は全面的に信頼している。
ただその過程で、例えば皮膚移植や粘膜移植があるわけで、そりゃ当然また痛く辛い日々があるわけだ。
もう本当に痛いのは勘弁してくれよ…。
正直そう思うし、その痛みを我慢して立ち直った先に「健康」が保証されるのとも違う。実際、去年から何度も何度も手術を受け放射線障害と闘い、いま立ち直る寸前のところでまたこの結果である。
いっそ楽に…と考える方が普通だろう。
でも楽になる方法が見つからないんだよなあ。あったとしてもここ病院だし。すぐ「助けられちゃう」だろうし。
いや病院じゃなくても自分で自分を殺すことなどハナから出来やしないけども。だいたい、治そうと思ってくださっている方々に失礼だ。病院は治りたいと思い、治そうと思う人たちと、一つの目標に向かうところ。そこで当の本人がリタイアしちゃしょうがない。

茨の道は続くようです。
ていうか途切れたらそこは「死」か。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

広告
アフィリエイト・SEO対策
検索フォーム
プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

シンプルアーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。