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2016-07-29(Fri)

左眼球摘出予定

2016年07月29日(金)
今日は病棟で毎週恒例の教授回診があった。
その後科ではカンファレンスがあり、そこで俺の今後についての方針も話合われた。ていうか、Y先生に「話合います、結果は後でお話します」と言われていた。

夕飯後、ちょっと音楽(なぜかジョー・リン・ターナー)を聞いてまったりしていたら主治医のE先生が来てくれた。今日のカンファレンスにはオペがあって参加できなかったが、報告は受け、検討結果を知らせに来ていただいた。

結論は、左の眼球摘出含め、大きく腫瘍と皮膚を切除。

まあこれだけ再発が早く、かつ進行…腫脹の速度も早いとなると、がっつり取り切る方が良いだろうということだ。
前回…というか初回、昨年の十月に左の瞼に出来た腫瘍を切除する際、けっこう大きく7mmマージンで切り取ったという。その辺縁から癌は出なかったので、無くなった上瞼は下瞼を切って繋げて切り離し、最終的には顔面を切って皮膚を動かして下瞼を形成し、鼻の軟骨と粘膜を下瞼の「結膜」がわりにして作って貰った。
せっかく再建してもらった左瞼だが、そこも含めて、今回は腫瘍から2cm、つまり眼窩部分をまるまる切る方が再発リスクは減るだろうということ。

ただ眼球の摘出に関しては、予防的な意味ではない。
メルケル細胞癌に関しては何せ症例そのものが少なすぎて、何をどうしたらどうなのかというエビデンスが十分に得られていない。
なので眼球にまで浸潤するかどうかも不明、つまり予防のためという言い方はおかしいわけ。ではなぜ摘出なのかというと、皮膚を切り取ってしまうと、今度は眼瞼の再建が出来ない…瞼の開閉が出来なくなるから、眼球を温存しても、その眼球が乾いたり傷ついたり感染症にかかったりするリスクが高まる、つまり維持管理が難しくなるという意味だそうだ。
残したいのはやまやまだが、そのために非常に不便で苦痛を得る、さらにその先に結局摘出みたいな事になりかねない。じゃあ…ということか。

最初の左瞼を腫瘍ごと切除したあとの「処置」で、洗浄とガーゼ交換をされる際に、光をあてられて、瞬きが出来ないという事がたった数十秒でも地獄のようだった事を思い出す。
当時も書いたように、目を閉じさせないという「拷問」があったと思うが、あれは本当に数分も持たないと思う。
瞼の開閉が出来なくなるということは、じゃあ左目をずっと開けっ放しにしておくわけにはいかず、じゃあずっと閉じさせた状態にしておくというなら無いのと同じで無意味。となると、眼球を摘出し、皮膚移植をして塞いでしまうという選択が一番理に適っている。余計な維持管理やリスクも減る。
また切除した部分は、皮膚はそこらの皮膚を切って剥がして貼り付けても壊死してしまうから、ちゃんと皮下組織や血管なども一緒に持って来て、血流を維持させるように移植しないとならない。
太股とか手首とか、そういうところから持ってくるそうだ。
ただその手術自体は摘出含めて皮膚移植も、形成外科では腫瘍摘出後や熱傷痕の修復など色々とある意味「慣れている」術式なので、いい意味に考えれば安心といえば安心。
E先生自体も「眼球摘出や皮膚移植は何度もやっていますので」と言われていた。実際今もこの病棟にお一人、眼球を摘出した患者さんがおられるという。ただ、その人は後期高齢者だが。

まあ、今回その結論を聞いて、こちらとしては「眼球を残してください!」とすがりつきたい気持ちはあれど、実際は「でもしょうがないですね」と答えるしかない。
何せ、本当に最初俺が「瞼に腫れが出来て」と言った時は、Y先生が「どこですか?」とかなり覗き込まないと解らなかったくらいの小さな「腫れ」の状態だった。生検してもらって、結果陽性、PET…とやってる間も、みるみる週単位で大きくなってきている。

今のところPET-CTでは幸い、他の重要な臓器、肺などへの転移は見られなかった。
この春に耳裏、耳下腺や頸部郭清した後にも再発はなかった。
とすれば、今やっつけるのはこの瞼の左端、つまり最初に切り取った瞼の残りからこめかみにかけての部分。このしぶとい癌を中心に大きく、眼球ごと取り除くのが最良の選択肢。

理屈で、それは解った。
理解したし、納得もしている。
編集者は「理詰め」だと常々言っているように、頭ではもうじゅうぶん了解している。
あとはもう左目は失うという覚悟だけだ。
それもここ半月ほどの間に、最悪そうなる可能性も「最悪」とはいえ考えてはいたので、大きくうろたえたり感情的になる事もない。むしろ首から上で再発や転移が止まっている間に、大きく再発の可能性を減らすためにも切ってしまった方が安心だ。
それにしても、眼球と顔の皮膚を取られ、さらに別の場所からの皮膚を移植するとなると、またこれ地獄のような痛みとの戦いだな。
癌宣告ももう4回目となると、なんとなく慣れてきて、いやそれは悪い意味もあるのだが、自分でも淡々としているのが不思議ではある。

命と左目なら命が大事。
前は命と瞼なら、次は命と顔の醜さなら…という選択で常に「命が大事」という答えを選んできた。
今回も当然だ。
「もうあっちゃこっちゃ転移してて手の施しようがありません」だったらしゃあないが、左目と皮膚を取って、ひとまず「安心」が得られるなら仕方ない。
大変な事になってきた、でも仕方ない。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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