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2016-08-14(Sun)

腫瘍・左目摘出手術は8月16日

2016年08月14日(日)
再発した眼瞼部の腫瘍および左眼球摘出手術は、8月16日火曜日に決まった。
それまで一通り、ベースの白血病の動きが無い事を血内のK先生に確認いただき、呼吸器内科で肺も、眼科では5種類ほどの検査と最後は造影MRIで精査していただき、放射線科の見解も伺った。
要するに眼瞼に再発した「皮膚癌」の切除にあたり、左の眼球摘出までする必要があるのか…という至極もっともなサジェスチョンについては「予後の事を考えて、摘出まで行った方が良い」事で一致。
もとよりこちらには覚悟は出来ているし、命に比べれば仕方がないと思っていた。
何しろ発見時2mmも無かった赤いポチッとしたものが、今ではMRI画像で計測して2cm以上に成長している。それが左の眼球を圧迫し、再建して貰った瞼が閉じられなくなった。
瞼が閉じられないというのはとても良くない状態なので、もうここ半月くらいは起きている間もタリビット軟膏を入れてガーゼを充て、テープで塞いである。
あの「貼る眼帯」では、腫瘍の盛り上がりで浮いてしまうほどだ。お岩さんほど酷くはないが、似たような状況にある。
見れば白目が黄色く濁っている不気味な左目は、そうとうにやばい状態だと一目でわかる。あとはまあ塞いでいるのには、片目生活に慣れるという意味もある。諦めはとっくについてるが、ここまで腫瘍が大きくなって、手術まで一ヶ月空いた…成長させたことの方が怖い。
生検から一ヶ月、日に日に大きくなっている。
今回の手術日程の前に緊急枠で入れられないかと先生がたも頑張ってくださったが、今は夏休み中で、その間に手術を…という患者も多く、日程はギッチギチ。16日という「五山送り火」の日というのもまあ何かのお導きだろう。
彼岸へ導かれては困るが。

今回の手術は腫瘍部分と眼球、さらにその周囲マージン2~3cmほどの皮膚を切除する。そして病理検査の結果が出るまで、皮膚移植はせずに処置だけで我慢していなければならない。
ゆえに手術がそのまま生き死にに直結するという事にはならないはずだが、にしても、どう考えてもこの再発や転移、成長の速度は恐ろしい。ていうか脳に行ってたら「終了」のお知らせだった。
すぐすぐは死なないが、確実に余命は長くない。

やっておく事がたくさんあってクラクラするが、当面部屋の電気がうっかり止められてしまったのでタクシーで一瞬だけ郵便物取りと確認に戻ってタッチ&ゴーしてきた。
冷蔵庫はほっかほかで、要するに電気が切れて中のモノが腐敗し、それを保存している状況。中は見ないことにした。後だ後。いるものとか支払票、郵便物などを手早く袋に放り込んで戻った。
いろいろ暑中見舞いとかいただきましたが、メールすら今回は返信していません。お察しください。

とはいえ編集者としては締め切りのある事は済ませたい。
呉君の発行する「キッチュ」に掲載されるインタビュー記事の手直しをちゃちゃっとやり、終えて送っていた。呉君は第一子が生まれたばかりで台湾に帰省中である。校了はデータで向こうで作業するのだろう、俺もそうだがいい時代になった。
おおかみ書房から出す予定の「半生記」みたいな本の方は、この記事の十倍以上ある内容なので、「手術後落ち着いてからでいいですよ」と言われている。千葉ちゃんには申し訳ないが、そういう事にしてもらった。

放射線障害の方は、左耳裏、耳下腺転移で耳鼻科で摘出手術を受けた傷の端っこが、放射線照射でじゅくじゅくと開いてきていたのは、おとついあたりでようやく黄色い液が出なくなった。
皮膚炎の方は日焼けみたいになって茶色くなった皮膚カスがまだ首に少し残っているだけ。
口内炎はまだ嚥下時に喉に軽いひっかかりがあるのと、どうも去年の「顔面大工事」手術の際に左のほうれい線のあたりまで皮を剥がされた、末端部分がぶよぶよしている。そこに唾液なりリンパ液的な体液が溜まり、その出口が口内炎部分…つまり左の奥歯があたり最後まで残っている。
それでも醤油はまだ染みるものの、こないだ納豆食いたいなあと思って買って食ってみたら、何とか食べられた。おかゆさんだとアッという間に食ってしまう。なので温泉卵も追加したりしている。
食事は一ヶ月以上ペースト食だったのがムースに上がり、今はソフト菜というのとおかゆさん。一応おかずの形はあるが、塊を誤って飲み込んでも大丈夫なくらい軟らかい。
頬の液溜まりというかポケットがまだ完治しないので、普通のメシを普通にがふがふと食う事が出来ない。もちろん首の手術後、放射線前に歯を4本も抜かれたせいで食い辛くなったこと、口角麻痺もあるが。

…本当、つくづく長くねえなと思う。
ていうかよく生きてるな、と感心する。
こうしてる間にもちゃくちゃくと左瞼端っこの腫瘍は成長し、眼球を圧迫し、大きくなり続けている。結果的に一ヶ月、ここまで放置した結果になるが、これでその後無事でいられるわけがない事くらい、知っている。
ちゃっちゃと取れば良かったのにと思われるかも知れないが、病院、手術というのはそんな簡単にいくもんじゃないんです。
本当に癌かどうか組織を切って調べ、癌が出たら、じゃあどこまで拡がっているかを調べ、ようやくではどんな手術をどうやってやるかという相談が行われ、そうしてギチギチの日程から何とか予定を入れて貰う。これで一ヶ月。早い方、なんだろう。まあそう思わないと気が狂う。

しかしまあよりにもよって送り火の日に手術とはねえ、と看護師さんと笑うのだが、まあご先祖様が来たついでに、悪いものは全部持ってってくれるといいですね、などと話す。
実際そういう事は毎度毎度お願いしているし、だいたいが京都へ来た翌年、初めて夫婦で自宅から五山送り火を楽しんだ。
無病息災を願って日本酒のぐいのみに送り火を写して、飲んだ。連れ合いが亡くなったのはその八ヶ月後である。「無病息災じゃねえし!」と思っても仕方ないだろう。それくらい不信心な自信はある。
それでも、そんな不遜な自分でもこういう苦痛のたびに連れ合いには「まだ連れていかないでくれ、やる事があるから」とお願いしている。
あさってから、またしばらく「生き地獄」が続くわけか。
しんどいなあ、生きるの。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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