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2016-11-09(Wed)

血球減少…そしてクラウド・ファンディング

2016年11月09日(水)
分子標的薬(抗がん剤)ヴォトリエントが3錠に増えてから一週間ほど、さすがに下痢がしんどくなってきた。
下痢というか胃腸のあたりに常に不快感があり、空腹になると軽い嘔気が出るようになった。食欲も減衰したが、食わねばどんどん体は弱る。弱ったらその先にあるものは一つしかない。
そこまでギチギチに考えなくても、常識的にこれだけの基礎疾患に加えて高悪性度の癌が出来て再発転移を繰り返してとなると、どう考えてもこれから先の命は人生というより余命、である。できるだけ長くするためにはそれこそ文字通り「必死で」食うしかない。
例によっておかゆさんにペースト状態のおかずをぶっかけて掻き回して、ヨーグルトを温泉卵に替えて貰ったのを放り込む。あとは醤油を適当にかけて混ぜ、とにかく食う。
うまい、まずいという問題ではない。

一昨日まではこれで毎回、基本的に完食していた。
もう一つ困る副作用の下痢、これは回数より、常に腹部というか胃も含めた消化器系がもやっと不快感がある方がしんどい。
あとは痩せて仙骨部分がベッドに当たると痛くて、褥瘡を警戒してまめに横座りなどして当たらないように気をつけていたら、仙骨の突起部分よりもその両脇が赤くただれてきた。やはり皮膚ももろくなっているのか、一応処置方法はアズノール塗布でいいかと確認してから、手袋をしてアズノール軟膏を塗っている。
もうどこもかしこも「わや」である。

金曜の採血結果では、白血球数が3ケタ、ノイトロ(好中球)が400を切った。
これは普通に病棟から出るな、いや個室から出るなレベルに近い。買い物は混雑時を避け、マスク必須、戻ったらうがい手洗い必須…と言われたが、そういう生活ならもう十年以上やってきているので、いつもの事だ。
そうしていても、好中球がここまで経ると、どれだけ注意しようが絶対に感染症にかかる。
アレッと思った時はもう微熱が出ていて、下痢が続き、そのうち吐き気が出て来て、高熱になる。こうなると水を飲めなくなる事もあるので、脱水が怖い。以前それで立てなくなって、当時近くに職場があった編集仲間のKさんに必死でSOSメールを送り、飲料やゼリーを届けて貰って助けていただいた。結果外来へ自力で行き(ていうか救急車呼べよ)、もちろん即刻輸血と抗生剤投与、入院になった。

今は下痢は抗がん剤の副作用なので、血球減少による感染症に注意なのは先生方も解っている。ここは病院なので感染症を起こしてもすぐ対処していただける。
もうインフルエンザの季節だし、子供の間でマイコプラズマも流行っている。何かわけのわからんものを世界中から持って来る人たちで、京都は溢れている。そういう人らは観光で病院へは来ないが、観光客らと接触した「健康バリバリな人」がお見舞いに来る事はよくある。

そういう「元気な人」=免疫力の高い人は、お見舞いに来ているというのに、その相手の患者以外の病人に全く無頓着という人も多い。
病棟をパッカンパッカンでかい音たてる靴を履いてくる女性、走り回る子供、まったく注意しない親、ゲホゲホ咳をしてるのにマスクをしないおっさん、隣の部屋に見舞いに来るのはいいがそこの患者に「配慮」して廊下に出て携帯をでかい声でかけるじじい。
そこは俺の病室の真ん前なんですけど。

いや免疫と関係ない愚痴になるが、とにかく、色んな意味であまり個室から出ない方が良いという状態に、またなってしまった。
この好中球数300台という数値にあまり危機感を想像できないかも知れないが、自分は何度か体験しているし、そのいずれも、確実に感染症で入院沙汰になっている。だからこのまま無事なわがないな…とは思っていた。警戒しつつも。

警戒するといってもいつもの防疫体制で部屋にいるだけだが、仙骨が痛いのと軟膏塗ってるのもあって、尻は斜めにして横座りするような形でベッドの背にもたれている。
片目なのでPCの画面をずっと眺めるというのも疲れるから、時折ただじっと音楽を聴くだけにしたり。すると猛烈な眠気が来てうとうとし、なぜか必ず左前面に首が折れた状態で寝てしまう。
頸部リンパ郭清手術でざっくり切られた側なのだが、右に体を倒し気味にしてても、なぜか首だけ左に折れていたりする。
あとは皮膚がところどころガサついてきたのと、何の腫れも傷もないのに猛烈に痛む部分が出来たりする。腕とか足とかのごく一部分で、押すとかなり痛い。でも一見、ほんのりと赤いかなというレベル。当然様子見で数日経つと治まり、別の場所がまた痛んだりする。
いろいろとあっちこっちがヤバい状態になっているんだろうな、くらいに思って深く考えない事にしている。
深く考えたら、頭おかしくなるよ。

主科は化学療法から皮膚科に変わったが、病棟は同じだし処置室も併用、形成外科の「処置」も毎日続けていただいている。
週末は先生も少ないので午前中の処置は間に合わず昼飯を食ってると呼ばれ、食後でいいと言われてそのまま食事を終え、しばらくして呼ばれると、今日はY先生お一人だったそうで、午前中はてんてこ舞いだったみたい。
「遅くなってすいません」と言われるが、こちらは別に事情もよく知ってるので「大変ですねえ」と言いつつ処置を受ける。
右足のMRSA感染部分、血腫で開いた皮下のポケットが埋まってきつつあるところに菌が無いか、こないだ念のため培養検査をして貰ったが、結果全然大丈夫だったそう。毎日こうしてきちっと洗浄、消毒、イソジンシュガーパスタとガーゼ交換…と処置していただいているので、とにかく肉が盛ってきて皮膚に開いた穴が塞がればいいのだが。こういう修復機能も衰えている…というか、薬が血管の伸張を抑制する部分もあるのか、とにかく治りが遅いのは事実。顔面の被弁の方は消毒と軟膏とガーゼ保護だけになった。
しかしその部分から下、鎖骨までは放射線の副作用とリンパ郭清のダブルパンチで出たリンパ浮腫でぼこぼこ。処置が終わったら自室でその部分に自分で軟膏を塗り(自分で痛くないように塗るのが一番いいという結果)、ガーゼで表面を保護すれば一段落。

生きる、食う、寝る、出す、そういう事いちいちがひどく面倒で大変で厄介で、しんどい。その上で何かクリエイティブな事をするというのはもの凄く大変なことだ。
ちょっと前までは「治す」という決意があったし、死にたくないし、だったら本も出すし、その後も生きるつもり満々だったのに、片目を失い転移転移で手術や放射線とその後遺症でボロボロになり、抗がん剤も少ない治験の可能性が断たれて、崖っぷちもいよいよ本物になってきたと解って、急速に「死」が現実的になってきたわけだ。
となると、生きる事、文字通りそれしか頭に無くなる。他はどうでもいい。
薬を定時に飲み体重を減らさぬようちゃんと食って出し、下がる免疫による感染に注意し、副作用によるさまざまな症状に耐えていく、それだけでもう一杯一杯だ。
ベッドの背を斜めに起こして、ノートPCでを眺める。
スマホはそのネットをつなぐためのテザリングに「有線」でつないでいるから、PCの傍つまりベッドに渡してあるテーブルの上にある。
なので電話がかかってきても、ガッチガチの首に力を入れて、よっこらせとベッドの柵を掴んで身を起こし、PCをミュートにしてイヤホンジャックを抜き、スマホに差し込んで、着信を受ける。
その間にたいがい切れてしまう。
電話というものは「ほら出ろ今出ろすぐ出ろ」とせき立てるようなもので、今の自分には本当に暴力みたいなものだ。
メールなら体を起こしている時や、立ったついでに見て返信が出来るのだが、電話は今は出られない方が多い。電話は普段左手で左耳で受ける習慣だったものが、今は左の顔面は最初の眼瞼再建から放射線やら再発で眼球摘出やら皮膚移植やらの上にリンパ浮腫でぼろぼろだ。なので右耳に当てて受けるかたちになるが、これがまた慣れないのと聞き取りづらい、それにだいたい左口角の麻痺でろれつも怪しいので、そもそも電話自体がけっこうしんどい、という。
もうこれほんまアカンのちゃうか、という。
ノートについていたブルートゥースもWifiも、Windows10の強制アップデートのお陰様でドライバが未対応、PCではきっちり使えなくなった。
本当に全方位的にろくな事をしないアプデだった。
有線のイヤホンを使うしかなく、スマホではブルートゥースイヤホンを使えるが、着信のたびにそれをonにしてペアリング確認後に受信…とやってる間にこれまた切れる。
電話を受ける、たったこれだけの事がこれだけ重労働になるか、という。
まあ解決する手段はもちろんいくつかあるし知っているけれども、タダでは出来ないという。
本当に生きるだけでもいろいろ大変なのだ。

昨日はてんやわんやだった。
何があったかというと、日曜からちょっと額の中央~被弁のあたりを押すと痛みがあり、けっこうピンポイントでずきっとするくらい痛い。んで鼻をかむと若干響くし血も出るようになった。
処置の時それを訴えると皮膚科の女医さんはちょっと様子見ましょうという事で、昨日、月曜の朝になったら、何か頭が重い。寝覚めもいつもより遙かに悪く体も重い、これはおかしいと思い検温すると38.8℃。
あらららと思い夜勤のTさんに報告。とりあえずすぐ先生に報告します、ということで、結果メガネの女医さんが来て「抗生剤と血培(培養検査)しますので準備します」ということに。
それと通常採血もあるので、両腕から培養検査用に20cc、採血用に右から15ccだっけか、血を抜かれる。そのまま左にルートを通して貰い、抗生剤投与。これは一日4回になるそうで、4回目は深夜だそう。

その点滴の前にトイレ行っておこうと小便して手洗いして戻ったら、気持ち悪くなって胃液をゴミ箱にげええと吐いてしまう。もう胃液なのか、ひっきりなしに出る左顔面からの浸出液なのか、両方なのか不明。とにかく黄色い。
女医さんから交替した皮膚科の担当医I先生が俺が吐いたと聞いて、迅速に造影CTを頭部と骨盤あたりまで撮影する手配をしてくれた。緊急扱いだったんで午前中に呼ばれ、昼飯も吐き気止めを飲んで無事7割くらいは食えた。
これは後になって聞いたのだが、熱があって吐くとなると脳に何かあ、れったら大変なので、念のため頭部も撮影指示を入れてくれたという。

ノイトロが400を切るというのはこういう事だ。

まあ感染するだろうな、とは思っていたがやっぱりだ。きっとでも原因菌は特定できないんだろうなあ。常在菌にもやられるレベルだし。
これだけ身辺の清潔に注意して、外出もマスク予防、さっと行って買い物してさっと戻るだけ、うがい手洗いもしているのに、過去300台の時は全て感染症を起こしている。
500切って普通の病棟にいる事がおかしいのかも知らんが、まあ仕方ない。
その後は下痢が酷く、尿を取るように言われたので下痢の時尿をカップに摂ったが、下痢が便器に附着していて看護婦さんに見られたのが恥ずかしかった。流れねえんだもんなあくっついて。

で、ロキソニンが効いてくると汗が出て熱が下がり、36.9℃とかになれば、とりあえずホッとして体を起こしたりが出来る。日勤はSさんだったので助かった。体拭きも背中はちゃんと拭いてくれるし、気を遣ってくれる。
体拭きと着替えは処置の前に持って来てくれるが、たいていは持って来てくれるだけ。背中まで拭いてくれる優しい人は数人しかいない。いや、言えばやってくれるし、自分も「忙しいのにいいですよ」とか言ったので、以後「この人は一人で出来る」という認識にされたのもある。

プリンペランのおかげで昼飯は7割方食え、午後も熱が上がりそう、薬切れてきたなと察知したらロキソニンを飲み、37℃台で何とか収めていた。でもその後も夜までずっと、口の中に浸出液が湧き、それをひっきりなしに吐き出すのが本当にしんどかった。吐かないで飲むと吐くし、吐き出すとその時嘔気を誘発しそうになる。

皮膚科の主治医であるE先生も来て、やはり3錠にしてからの血球減少が大きいので、一回1錠に今日から戻しましょう、で採血で安定が見られたら、2錠で行きましょうという事になった。
とにかくこの薬が今は頼りだ。なんとかして続けたい。

今日も、熱が高温に上がらないよう、その前にタイミングを見て解熱剤を飲み、胃がからっぽになってきたら先んじてプリンペランを飲む。
しかし腹というか胃腸が「ぐるぐる、ぎゅるぎゅる」と四六時中おかしな音をたてている。
これは抗生物質が一日4回、昨日から始まったこともあるんだろう。
まあ一杯一杯。

でも朗報もあります。
アメリカの友人が、クラウド・ファンディングを立ち上げてくれました。
「白取さんに何かしてあげたいという人はいるんですよ、でもきっとその方法が解らないんじゃないでしょうか」
とご提案を受けたとき、じゃあ俺の医療費支援というより俺に万が一があった後のやまだの原稿の維持管理再版その他の費用に娘の口座に入る形でお願いしました。て、それが出来たというご報告を受けたのです。
もう稼働しております。

日本人には寄付やチャリティという文化は最近まであまり見慣れないものだったかも知れませんが、アメリカでは非常に長い実績があり、ファンドも日本からの送金も可能とかで、なんかありがたいやら情けなさもあり、申し訳ない気持ちもあります。

https://gogetfunding.com/Shiratori/

ここで以前コメントにクラウドファンディングの事を書いてくれた方がおられ、それがヒントになったという事で、ありがとうございます。
作成してくださったIzumiEversさんにも感謝感謝、です。
そうしてここまでささえて下さった皆さんにももちろん。
とくに古屋兎丸さん、本当にありがとうございます。
何とか本の執筆も死ぬ前までには…!

今、抗生剤の点滴一日四本、最後の一本が0時半に終わったところ。
解熱剤で高熱の閾値を低く抑えつつ、下痢とあちこちの体の不具合と吐き気とあれこれですが、何とかまだ、頑張っています。

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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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