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2016-11-24(Thu)

ヴォトリエント休薬

2016年11月24日(木)

今日、日中久々に38℃半ばの高熱が出た。
体感で「ああ来るな」と思ってたら案の定。それでも傷が痛いので食後に飲んでいる鎮痛解熱剤に加え、もう一種類で下げられる=コントロールできていること、何より患者の「体感」的にそういう自覚があることで、先生がたも「今のところは採血の様子も悪くないですし様子をみましょう」になっている。
薬を飲んでうとうとしていると、小一時間ほどではっと気づいたら部屋着の背中が汗びっしょり。「ああ、これで熱下がったな」と確信があり、案の定体温計はド平熱。
何かの感染症や重篤な場合は下がらないし体感で吐き気や強い目眩があったりする。ていうか話すらしんどくなる。それが無いし、この程度の熱ならここ十年ちょい、日常茶飯事だ。
とはいえ油断するとこれが感染症で、気がついたら脱水で動けないなんて事もあったけど。

夕飯は同世代のOさんが「お久しぶりです」と言いつつ運んで来てくれ、「またお熱測りに来ます」と出て行き、ネットでニュースを見ながら完食。温泉卵を昼、夕と付けて貰うようになって、わざわざコンビニの1個80円(!)のを買わなくて済むのが有り難い。
おかゆさんとペースト食なので、白飯の卵かけご飯のうまさにはほど遠いが、温泉卵を割ってほどき、醤油をぐるっとかけてスプーンで食うと何となく「それっぽい」。そういう気持ちは大事。
ちょっとした事で食欲が遠のいて行くし、ちょっとした事で嘔気が顔を出す。嘔気はいい吐き気止めがあるので頓服で止めても、逃した食欲はなかなか戻らない。
なので何となく卵かけご飯ぽい「感じ」とか、それっぽいという事は重要なのだ。
ヤバい状況になりつつある自分としては、食は本当に大切なことで、以前は「出されたものは栄養士さんがちゃんと計算してくれて出してくれるものだから、文句言わずに全部食うべし」といきがっていた。
でもこっちが希望を出さないとずっと同じものが続くし、カロリー計算というのは申し訳ないが悪い言い方をすれば、ともすれば、「数値合わせ」になったりもする。
患者の「食う気」を喚起させる意味では昨今は本当に病院食も進化したし、ペースト食なんか一体どうやってこれこの料理をこの状態に、と毎回感心する。
ただそれを機械的にひたすら、機関車に石炭放り込むように口に入れていっても、それは「食事」ではない。気が、する。
食えなくなれば当然栄養剤の点滴が追加されるし、胃瘻という方法もあるが、それはもう当然「食事」ではない。
病気が今現在あり、その苦痛とさまざまな困難と闘っているだけで、表面張力で水面が膨張した満タンのグラスみたいな状態だ。ちょっと揺さぶられれば容易にこぼれるし、下手をすると倒れて覆水盆に…状態になる。
ま、簡単に言えば死ぬという事だ。
意識的に頑張って食っているのに、体重が減り続ける。
これは恐怖でもある。

そして癌の進行を止めるため、癌の増殖を防ぐための分子標的薬が、副作用として創部の治りを遅くしたりもするという。
実際、9月の頭に右の太股から皮膚移植をして眼球と腫瘍を取った部分に移植した皮膚、「被弁」部分は血流も順調で、眼球があったところに「丸めて入れてある」太股のお肉部分もそのうち定着してくればOK…という事で、回復は普通の人より遅いものの順調だった。被弁の縫合部分、鼻の脇から左のこめかみまでの円形の被弁は血抜きの穴がなかなか塞がらないところと、縫合痕が一箇所ポケットみたいになっていたのを除けば、順調に回復していた。
触るとちょっとぶよぶよしていて、穴から感染しないよう(自分の顔の皮膚にも常在菌がたくさんいるし)、毎日生食で洗浄し、消毒し、イソジンシュガーパスタ軟膏を塗ってガーゼ保護をがっちりしていただいていた。
ちょっとずつだがそれも治りつつあった、のだが。

ここ半月ほど、綺麗だった被弁の内側(ないそく)部分、鼻側の方にある縫合部分がぱかっと開いて出血するようになった。最初は小さかったのだが、徐々に大きくなり、出血量も増え、今朝はもう被弁の3分の1くらいが「剥がれかけている」状態だと言う。
毎朝の処置の際に右目でどうしてもガーゼが剥がれる内側を見てしまうが、ひどい出血量だ。まあ血が出ているという事は移植した皮膚は壊死していないし、眼窩内部にもちゃんと血流がある証拠なのだが、それゆえにもしそこに感染でも起こしたら、かなり危険な状態になる。

処置は毎日だいたい朝10時から、遅いときは11時過ぎくらいに呼ばれるのだが、自分の場合は免疫が落ちているので、たくさんの患者さんが集まってざわざわしてない時間帯を選んでいただいたり、本当によく配慮して下さっている。
一度MRSAを右創部に発症しているので、処置の際はビニールエプロンをする、足と顔では触る人を変えるなどいろいろ感染症対策も当然ながら行われており、とりあえず今日の処置では、Y先生が「ああ、これまた傷が大きくなってますねえ」と言いつつ「一度皮膚科のE先生に診ていただきましょう、今あちらにおられるし」と言って読んで来て、創部を診て貰った。
E先生は「ああこれは…大きいですねえ」と表情を曇らせ、「一回ヴォトリエント休薬ですね」という事になった。
綺麗にくっついていた被弁が、術後二ヶ月以上も経って、三分の一も開いてくるというのは、午後になって来た他の皮膚科担当医の先生方も「ちょっと経験がない」と言われていた。
投薬と投薬の間に手術があり、その際に傷のくっつき、治りが遅いという事はあるが、一度ほぼほぼくっついていたものがこれほど大きく剥がれてくるというのは…と困惑しているご様子。

いずれにしても薬はいったんまた休んで、まずはこの被弁部分の処置を続けて貰い、それでくっついていくのか、治っていくのかどうなのか、さらに来週のPETにて転移した癌はその後どうなのか、いろいろ形成の先生も含めて相談していきたいという事。

このところ、朝起きるとすでに微熱があったり、朝は大丈夫でも処置の後午後にいきなり8℃台の高熱が出たり、体がおかしな反応をし出している。
だからといって感染の兆候はないし、飯は食ってるし、下痢が酷いとかいう事もない。このような場合患者のこうした「体感」も非常に大事なことだ。

ここに事細かくここまであれこれ書いているのは、もちろん、以前から綴ってきている通り、同じような病気と闘っている人の何らかの励みなり参考なり反面教師なり何でもいいから役に立てばという事もある。
自分が2005年に白血病だと言われた後、狂ったように同じ病気の人たちのブログや闘病記、また医学関連の情報や文献まで漁って見まくった時期があった。
何かしていないと不安だったし、自分の病気について、素人ながら少しでも正体を知っておきたいという事もあった。見なければ良かったというものもあれば、読んで良かった、救われたというものもたくさんあった。
もちろん、この度ご支援いただいているクラウド・ファンディング以前から、ずっと応援し励まして下さる方々もおられる。そして友人知人身内もいる。
今回も「長文を更新しなくても良いので、今日はどんなご様子かだけでも報せて欲しい」というご要望もあった。
うーん、そういう意味ではSNSなんかはいいのだろうが、今は無法地帯だし、発信もとは一つに絞りたいという我が儘を許していただければと思う。基本的に文才が無い人なので、だらだらと長いものになるのは読み飛ばしていただければと。

それから、これは少ないとはいえ、実名匿名・公には立場上出来ない、それでも見てくださっている医療関係者がおられる。そういった方々の耳目に触れれば、微々たるものでも何かしら臨床に何か活かせる事があるかもという事もある。
まあ臨床現場の先生がたは大概忙しくて、こんなものを見ている暇がない事は病棟にいれば判るけど。

でも一番は、自分のためだ。
自分は今こういう状況にある、こういう危険な状態だ、しかしそれをこうして記録する気力がまだ残っている。
だからまだ大丈夫。そういう意味だ。

夕飯後、バイタルに来てくれたOさんと、ひとしきり同世代トークが弾んだ。意外にもハーレクインド真ん中世代なのに、半村良が好きで読んでましたとか、ブラッドベリやディックなどのSFが好きで、と聞いて驚く。
まだまだ世の中、男はこうすべき女はこうあるべき的な偏見や抑圧の多かった時代(いやそんな大仰な話じゃないっすね、すいません)なのに、自由な感性を育まれたのだなあ、と感心。

そう、俺たちの時代もけっこう、いや、いつだってそういう狭い了見さえとっぱらえば、面白いもの、今面白くなっているものの萌芽に溢れていた。ネットが無いなりに一生懸命工夫して自己主張をしたり、承認欲求を満たそうとしたり、今で言う中二病的な部分をいきなり全世界に発信せず、周囲で試して後で枕抱えて地団駄を踏む…という経験をしてきた。そういうものを「情報」として全て簡単に手に入れる事が出来る今は、熱くなったり冷めたりの振幅が大きくて、概ね冷めているように見える。醒めているというのか覚めているのか。
昔と今を比較して良い悪いの話ではなく、そういう事も経て、体験してからの俺たちの「今」があって、その「今」ってけっこう面白いんですよね、と納得し合う。

本当今の時代って面白いと思う。
だからまだ死にたくないし、もっともっとこの「今」の「先」を見たいと思うわけ。できれば他の人たちの「今」を面白くする手伝いになる仕事がしてえなあ、と。
いやまあかなり厳しい状況に徐々に追い詰められて来ている実感ひしひし。
それでもなお。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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