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2016-12-12(Mon)

低空飛行続く

2016年12月12日(月)

月曜の夜。
一日のうち、まともに体を支えPCに向かって考えながら作業をするという事が本当に少ない。だいたいいつも、もし幸運にして熱が出ていなければ7時、8時くらいから消灯前くらいの2~3時間は休み休み、そういう事が出来る。

とにかく、「理屈」が通らないのが一番もどかしい、気に入らない、不満だ。理由はこうで、結果としてこう。それがこうなるまでには恐らくこれくらいの時間が必要…という目安があればまだ我慢や辛抱のしようがあるものが、全く解らない上に毎日毎日一日のうちほとんどが朦朧として使い物にならない。
これは体力もそうとうに萎えたが、気持ちも十二分に萎えた。
いつまで続くぬかるみぞ、いやぬかるみなんて生やさしいものじゃない。一歩歩く度に激痛やありとあらゆる苦痛がふりかかる道を嫌でも進む=それが今、生きる事になっている。
やめたくなるよ、そりゃ。
でも色んな人が「頑張れ」「死ぬな」と言うからさあ。まあときどき「死ね」「まだ生きてんのかしぶといな」という腐れ外道もいる。ま、どこの筋かわかってんだけど出さねえでやるよ。俺にも情けってもんはある。
ただ世の中には「ほんっとうに魂の底から腐っていて治しようの無い人間」というものが居るのだなあと思わせてくれる存在、それら含めて「まだ死ねねえな」と思う。

昨日一昨日と週末の病棟はやかましかった…。
常にどっか遠くで子供の嬌声や廊下を走る騒音、廊下で携帯通話するオッサン&オバハンのでかい声、馬の蹄かと思えるほど糞でかい音を立てるヒールで歩き回る見舞客などなど、ええ、もうほんまにイライラさせていただきました。
何しろこちらは朦朧としており、ともすればうとうと…びくり、という状態。そのびくり! がなぜか部屋のドアに「どすん!」と何かがぶつかる音だったり、嬌声だったり大声だったりするので、心臓にも悪い。
耳栓がわりにとカナル型密閉式のイヤホンを買ってあるのでそれをする。ヘッドフォンはもう、耳周りが放射線の影響で出来た浮腫があってできない。ああ、俺一生ヘッドフォンできないのかあ、と今思った。まあ、もう一生出来なくなった事はいくらでもある。とりあえず今は命さえあればそれでいい。あとは贅沢だ。
ヘッドフォンでとりわけ聴きたくもない音楽や、ネットTVやラジオを長し聴きしているが、そのうち耳と眉間が痛くなってくる。去年の顔面大工事(眼瞼再建の最後の手術あたり)からあと、左耳の高さがちょっとずれ、同時に少し聞こえ辛くなった。
そういうのも関係あるのか、無いのか、よう解らんが、とにかく長時間雑音遮断をしているとそのせいで痛みが出るという本末転倒。外すとまた騒音だ。
ほんまにここ病院か。

午後から夕方は見舞い客らのひどい振る舞いで本当に辟易した。
いちいち書かないし聞かされてもしょうもない話なので書かない。もっともこちらは相変わらず、部屋から基本出るな状態だし、処置もずっと部屋でやっていただいている。
「大人しくしている」。なのに周りが騒がしい。それがイラッとする。

常に微熱または8℃台の高熱があり、じっとしていると眠くなるか、自然に目が閉じる。
閉じた眼の中に鮮明にスクリーンがあり、その中でマシンをブラウジングして、ウィンドウ操作しようとクリックしたりする。そこではっと気づいて目を開けると、見当違いのところをクリックしている。こういう事が一日に何度もある。
もちろん本当にそのまま短時間寝てしまう事もあるし、夢のような鮮明な映像をそのまま意識的に見続ける場合もある。
映像というのはたいていが「ああ、これやっとかなきゃな」「あれせんとアカンな」という卑近な、たいした労力でもない事なのだが、そういった簡単な事すらしんどい今の状況が見せるのだろう。

映像の中で、普通にこの今の病室で、今の状態の自分が立ち歩き、洗わねばならないタオルを洗って、ぎゅっと絞ったらパン!とやってハンガーにかける。ついでに戸棚を開けて、前々から出しとかなきゃと思っていた小物を取り出す。そして食べ終えた後のプラスチックのスプーンを綺麗に洗って、ペーパーで水分を取り、最後にくるくるっと巻いて次の食事用に備える。
ふう、やれやれと思って目を開く。
今までやった事はもちろん何一つ終えていない…という感じ。夢というほど意識レベルは低下していないものの、じゃあ完全に覚醒しているかというとそうではない、そういう狭間みたいなところでよくこういう鮮明な映像を見る。

以前は積極的に動くようにしていたし、歩くようにもしていた、もちろん血球の値が良ければ買い物もほいほい自分で行っていた。
ところが抗がん剤の副作用が出る前、放射線の影響で左顔面から首、鎖骨までにびっしりとリンパ浮腫が出来て、イボ蛙状態になり、軟膏を塗って保護しないと痛いのなんのということになった。
結局今そのあたりは首から上がガッチガチ、首を傾けるのすらゆーっくりしないとひきつったようになっている。
眼球摘出した左の被弁部分は患部だけじゃなく、なぜか後頭部や頭頂部にかけても絶え間なく痛みが走り、昨日は右の鎖骨上にあった粉瘤が破れた。
今はだいぶ良いが、昨日の処置でこの粉瘤から中身を絞り出すのが痛かったこと痛かったこと。
本当は局麻でもして貰って切っちゃえばいい話なのだろうが、今の自分の体にメスを入れるというのは非常に良くない。治りがここまで遅いと、その間の感染リスク箇所が増えるだけだし、そもそも治り=くっつきが遅い創部を新たにまた作ることにもなる。

何せ、右足大腿部の皮膚移植で取った肉や皮膚を塞いで縫合したところ、傷は盛り上がり、途中でMRSAで縫合痕が膿んで、その穴がいまだに塞がっていないのだ。こちらの容態を気にされて読まれてきた方なら「それいつの話だよ!」という感じだろう。
とにかく肉は盛ってきているのに、上皮部分に相変わらず7~8mmの穴が開いていて、そこが剥き出しな以上は消毒して軟膏塗って塞ぐ、しかない。さすがにもう感染リスクは少なかろうというので2日に一遍になったが。

問題の左顔面、移植した被弁は新たな感染や大きな壊死など重篤な状況に陥ってはいないものの、じゃあこちらも縫合するわけにいかず、開いてしまった被弁の中を綺麗に洗浄し、薬を染ませたガーゼを詰めて、その上にがっちりガーゼとテープで保護して貰う…のを繰り返すしかない。
やみくもに閉じてもくっつかないし、中に血液やリンパ液や浸出液やらが溜まりそれが感染により「膿」になれば痛むし、出すしかない。なら開けといた方がよかろう。

この毎朝の「処置」前に鎮痛剤オキノームを朝9時定期で飲むわけだが、だいたい処置の時間あたりでいい感じに感覚が鈍麻してくる。でも結局痛いもんは痛いのだ。粉瘤をぎゅーっと絞り出すところなんか、もう痛み止めが効いてるとか効いてないというレベルじゃない。ただひたすらに激痛。
こうして朝の寝覚めから最悪で、喉に溜まった浸出液を何度も吐き出し、あまりイキむと被弁内側、外側から出血したりするので大変、そしてだいたいすでに起きたら7℃台後半の熱がある。
そういう状態なので朝食はほぼ、食えない。
無理をして「吸えるもの」だけを胃に入れる。味噌汁、すりおろし果物、ジョア。薬も飲んでしまう。
そうしてぐったり、バイタルの後体拭きと着替えをし、オキノームを飲んで処置を待ち、終わってぐったりしてたらもう昼が来る。
これは頑張って半分は食べるようにする。
もう体重も50kg台前半か、切ったくらいだと思う。

その後も一日じゅう微熱が続く、このせいで眠怠いのか、あるいは血球減少などベースがあるために貧血気味なのか、それとも別の原因があるのか…が解らない。

まずは血球減少による貧血は、休薬してから順調に血球が増えており、先日輸血した後も順調に回復しており、これが原因では無いことがわかった。
次に熱のせい…だとしたら、じゃあ何でその熱がずっと出続けているのか、という疑問がある。これだけ大きな「創部」がぱっくり眼窩にあれば、そりゃ微熱くらい出るさ、と思わんでもない。でもそれが原因だと言い切れもしない。
あとは、採血結果を見てちょっと前に仰天した肝臓の数値だ。これまでけっこう肝代謝の薬もばんばん飲んできたが、俺の肝臓は常に優秀で平常値を保っていた。
なのに、ここしばらくALPが4ケタにハネ上がり、γなど肝臓の指標も飲酒もしてないのに(当たり前だ)3ケタに上がった。たいした上昇じゃなくても、これまでこんなことがなかったという「事実」が嫌だ。
まあ肝臓が疲弊すると当然ながら人間の体も疲弊し、どよーんと元気がなくなるのだが、じゃあ熱が出るほどの肝機能異常というレベルかというとそんな数値じゃない。

ちなみに癌の骨転移や肝転移で上がるALPだが、先日のPETではもちろん首から下へは行ってないという結果だった。
こういう「原因がわからんけど結果だけがあってしんどい」状態が一番嫌だ。
編集者というのはとにかく理屈がないとアカン、感性は作家さんが受け持つ。そして何より仕事は日程管理、人材管理、管理管理だ。筋が通って見通しがないと、気持ちが悪いのだ。
悪い結果だろうが何だろうが理屈があって腑に落ちればそれでいい。なんだか解らないまま日中常に眠気と怠さがあって、シャキッとするのはこのもう消灯かというせいぜい1、2時間というのが納得いかない。こんなんじゃ生きて行けないだろう。

日中電話やメールがあっても基本的にこんな状態なので何も出来ない。
何も、だ。

買い物すら行けないので、脱水にならないよう水分だけは助手さんや看護師さんのついでにメモを渡して買って来て貰う。これがまた申し訳ない。
今日も、助手さんが「何か買い物あったら行きますよ~」と言ってくれたので、「じゃ、じゃあすいませんが…」みたいな感じで申し訳なく、メモをお願いする。患者なんだし、動けないんだし、ていうか動けるけど途中で倒れたり転んだりしたら厄介だから止められてるし、助手さんはそれが仕事でやっているのだし…という「理屈」は解る。
でも「感情」が「申し訳ないです」という。
普通にそこらのオッサンが「ねえちゃん、これとこれ買うてきてくれへんか~」みたいに空き缶を指して小銭渡してるのを見た事もある。助手さんはもちろん笑顔で「ちょっと後でもいいですか~?」「おうええで~」みたいな。
そういう生き方出来たら楽だろうな~、簡単でええな~、と思う。

でも俺の人生だしな、俺が好きで選んだ道だし、仕事だし、結果としてきっとこの業病があるんだろう。生きているという事は生かされているという事でもある。その意味を考えた時に、やはりまだもうちょと頑張らねばと歯を食いしばる。

先日、「カタログハウス」の『通販生活』担当をされているKさんから、やまだ紫『性悪猫』再録のもろもろが無事終わり、校了できましたというご報告をいただいた。
地獄にいても、こういう綺麗な蓮の花もぽちゃりと落ちてくるものだ。
いや、まだ地獄に行ってないが。

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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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