2017-01-21(Sat)

文字通り、必死

2017年01月21日(土)

とりあえずは、まだ生きている。
なんとか。

年が明けて、正月気分も看護師のOさんが餅を焼いてくれて、砂糖醤油で食べられたのが有り難かった。
このことがきっかけで、食への執着も諦めちゃダメだな、と思った。
欲求のうち、色々なものがぽろぽろと抜け落ちていき、今は生存本能的な「生きたい」というものをコアに、それに付帯する「そのために栄養を摂取する」「そのためになるべく動く」「清潔にする」なんて事をするくらいで、あれが食いたいとか飲みたいとか、あれがしたいこれがしたいという事はかなり希薄になってしまった。

執筆中というか推敲加筆中の本も、左目を失った事と、体力がガクッと落ちた事、気力が萎えたこと、さまざまな事から遅々として進まず関係者各位に迷惑をかけ続けている。
何しろキーボードを乱れ打ちするうち、両腕が疲れてくるのだ。
こういう事は今まで…というより、ここまで弱る事は無かった。

体重は52kgと、高校時代よりも落ちた。
こういう中で、おいしい餅を食べられた事で、「やっぱりこれは諦めたらアカン」と思い直した。
「生きるための燃料」とばかりに作業的に口に放り込んできたおかゆさんとペースト食を、看護師さんを呼んで、化学療法後食というものに7日から変えて貰った。

朝は常食にして貰って、トーストを焼いて持って来てくれるようにした。
実は、これには「一悶着」あった。
以前の病棟なら部屋に中型冷蔵庫や電子レンジがあったのに、今はトースターもレンジも食堂で共用になっている。熱湯もいちいち食堂の給湯器から水筒や魔法瓶に給湯になった。(ここまで一年文句も言わずにやってきたけど)
それゆえ、毎朝自分でトーストにしたい人はトースターを使いに食堂へ焼きに行き、部屋に持って帰らねばならない。それには自分は条件の違う(免疫状態含め)患者さんと混じって使わねばならないし、そもそも病棟内で院内感染する恐れもある(ここは混合病棟なので、インフルエンザの患者さんが搬入される事が現実にある)。
何より、ふらつかずに行って帰って来られるかも怪しい。
それと一番しんどいのは、お茶一杯飲む。インスタントコーヒー一杯飲むのさえいちいち給湯に行かねばならない事だった。

ほんの一ヶ月ちょっと前までは何とか、熱が無ければふらふらと自分で行けたのが、徐々に危なくなってきた。
そうなるといちいち看護師さんに頼むことになる。
できるわけ、ないだろう。
忙しい配膳や食事介護の時間帯に「ちょっとお湯」とかでナースコール押せるか。いやばんばん押す爺さんとかいるけど、俺はそんなに無遠慮に振る舞えない。それと、当たり前だが日常のそういうこまごました事を助けてくれる家族や付き添いもいない。
看護師さんは「遠慮しないで何でも言って下さい」と言ってくださるが、なかなか。
そういうわけで、一度「小さいトースターを部屋に置けたらいいのにねえ」「あとせめてお湯くらは部屋で沸かせると…」という話をよく看護師さんと世間話でしていたのが、何となくお湯の方はまあ、トースターはさすがにアカンが毎朝焼いてから配膳しましょうという事にして貰った。
ありがたい。

実はもう、うんっっっざりしていた。
おかゆさんとペースト食。半年だよ半年。
もちろん、当初は放射線治療の副作用で口内炎だらけになってやむなく、途中から再発が見つかり転移するわなんだで手術もあって口が開かなくなって、結局去年の夏からずーーーーーーっとだよ。飽きるよそりゃ。
で、年開けてからしばらくして、もう配膳が来てぱかっとフタを取ったところでもう「ああもうアカンわ」となっていた。
満腹中枢がどうとか空腹感がどうとかじゃない、もう「いらない」と「うんざり」「見たくもない」というのが本音。
それでもこれまで、出されたものをキチンと食う、体力維持に努める、それが患者の仕事でもある、そう言い聞かせてむりやり放り込んできた。いやうまくも何ともないよそりゃ。
もうここ最近は、おかゆにおかず…といってもゲル状のそれをぜんぶぶっかけてかき混ぜ、どろどろの吐瀉物みたいになったのに醤油をまわしかけて、さらに混ぜたのをひたすらスプーンで口に運んで嚥下するだけだった。
こんなの食事じゃない。
でもそれが生きるために必要だと思って我慢してきた。
それが限界にきた、ということ。
諦めていたのだが、Oさんが持って来てくれた砂糖醤油の焼き餅のうまさで、「食事」をせなアカンと思い直したのだった。
Oさんには去年も、ときどき担当で来られるようになって、お父上が90近いご高齢だというのに、下顎の癌を克服され、歯も全て無い状態なのにスキヤキを食べておられるという話を伺った。それで自分も頑張ろうと勇気をいただいた。
また今回もOさんに気づかせていただいた。諦めたら終わり。

口は相変わらず左顔面が麻痺しているため思うように動かず、しかも額関節が痛くて指一本分しか開かず、右側を無理やりあけて、指で拡げて隙間から食い物を放り込むこともある。
世界一醜い食い方をしているという自負があるほど、ぼろぼろ零すし、口の周りはべろべろになるし、とにかく酷いと思う。
それでも生きるために、「普通のもの」を食う。
食い疲れする。
それでも食う。
そうやってきたが、ここにきてまた一つ問題が出て来た。
いやまあ問題は山積で、一番の問題は死ぬかもしれないという事だがそれを置いておけば、処置の際の痛み止めに使うモルヒネ系の薬のせいで便秘ぎみになるとか、5日から「次の薬」エトポシドの服用が開始されたが、その副作用で嘔気が出るとかいろいろある。得体の知れない痛みが全身そこかしこにあるとか、原因不明のあれこれがあちこちに出る。
で、そういう酷い状況の中の一つに、毎朝の左眼球摘出~皮膚移植~前の薬の副作用で被弁に穴~創部を毎日消毒、洗浄、保護=処置というのがある。
この処置にしても、形成の先生がたが試行錯誤しつつ、こちらも「こうしたら」と相談しつつ、徐々にいい形になってきた。

毎朝だいたい暗いうちにトイレに立ち、あとはうとうと7時過ぎのバイタルまで。
8時朝食。
その後日勤さんが9時に俺が痛み止め=オキノームを飲むまでに体拭きや着替えを持って来てくれる…というのは、結局朝はバタバタしてるので午後、とりあえず処置優先という事にした。処置前に綺麗にしておきたいというのは「こっちの問題」だし。
なので食後30分くらいしたらオキノームを飲み、処置のためにベッド周辺を整え、あとは1時間ほどで効いてくるのをじっと待つ。ウトウトしたりもする。

処置担当の先生がだいたいその効いてきた頃合いに合わせて来てくれ(ればいいがそうはいかない事もある)、左顔面と首の前後、あとは転移癌が盛り上がった胸部分を保護しているガーゼをはがす。
そこからは眼窩に突っ込んである吸水性の高いアクアセルAGというシートを短冊状に切ったものを取り出し、生理食塩水で内部を洗う。
この洗浄、最初は圧が強いとダイレクトに鼻腔から鼻孔、多いと喉にまで来る。そうすると「溺れる」のと同じ感覚になり、慌てて合図して吐き出していた。
どうやら眼窩底から副鼻腔顎下腺…とつながっちゃってるらしく、そこらは鼻腔鼻孔、咽喉や眼窩の裏からは耳やこめかみ方面にも流れるらしい。
一応誤嚥するのも怖いので、処置時は左を斜めに向き、水圧をあまりかけずに洗浄して貰うことにした。

しかしその後、顔というか左の頭部から肩にかけて浮腫が増えて来た。
これ、生食じゃないのか…ということになり、痰なんかの吸引につかうチューブの細いので、眼窩内を洗いながらすぐ吸うことになった。
これでだいぶ浮腫は改善されてきた。

…はいいが、それでも全部の水を吸いきれるわけじゃないので、夕方から喉に生食がじわじわと沸いてきて、もうひっきりなしに口から唾を出すか、時折は喉に下がったのを痰を切るように強く出さねばならない。
まあ創部というか眼窩内が見えてるので洗わないと感染症など怖いし仕方ないのだが、これには参る。
そして、気がついた。
最近、補食としてカップ麺やうどん類を食べようとして、何かまずい、いや、食う気が起きない。これの原因は、口や喉に沸いてくる「生理食塩水」にあると気づいた。
口の中にしょっぱい液…汁が沸いてきて、それを常に吐き出している。
それを同じとは言わないが、似たようなうすいダシに塩味の「つゆ」を、

とても飲む気にならない…。

気づいてしまったらもうダメになった。
療法食は一応うどん類やたこやき、やきそば、お好み焼きなどジャンクなものまで、バリエーションはある。だがうどんやだし系が選択肢から外れることになった。
買ってあったミニカップ麺もダメなので人にあげた。
で考えた結果、関東のかつおだしと醤油みりんのあまじょっぱい味ならいけるかも、と関東のカップ麺を取り寄せた。まだ試してないけど。
とにかく食欲も落ちたし食事量も落ちた。
でもなるべく食える時に食えるものを、それこそカロリーになればクッキー一枚でも何でも食うことにしている。
それでも体重が増えない。

あと最近は左耳が浮腫で道がふさがれて、ほぼ聞こえなくなった。
イヤホンを無理矢理痛いのを我慢してねじ込むと、かすかに聞こえるから、聴力を失ったのではなく、たぶん浮腫で「道」が塞がれているんだろう。
左目と左耳が使えず、顔から首、肩もガッチガチだ。引き連れたようになっていて、うがいのために真上を向いたりもできない。
こんな状態で病室の外に出るのすら、実はちょっと怖い。もう下のコンビニに一人で買い物に…というのすら出来なくなった。
ところが、ここで大変な問題が。
以下次号!
じゃなくてまた次回。疲れました。
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ブログが読めて嬉しい

通販生活で『性悪猫』を知り、入手したくても手に入らなくて、あちこち彷徨っていたらこのブログに行き着きました。文字通り息をのむという感じで拝読しました。やまだ紫さんも白取さんも凄い方だと思います。しばらく更新が無かったので、まさかまさかそんなの嫌!と気を揉んでいましたが、読めて嬉しい。私のような新しいファン、新しい読者もいますよ。

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引き受けました

お元気ですか、
性悪猫ジローの額装原画が
本日私の元に届きました。
2009年5月5日からのメッセージ、
拝読いたしました。
これは貴重な原画です。
末長く大切にお預かり致します。
私は真言宗の僧侶を拝命しております、
たくさんの猫とくらしております。
これより、毎年5月5日には原画を掲げて、みつこ様の追善供養を執行いたします。
とりあえず、急ぎお知らせまで。



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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
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