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2006-03-20(Mon)

癌が進行

3月20日(月)
7時に携帯の目覚ましで起きる。連れ合いは京都で学部の教授会があるので、新幹線で上洛せねばならず、先に起きて化粧やら支度をしていた。8時10分ころ二人で出る。JRの駅方面と17号への分かれ道で連れに「気をつけてね」と言って別れる。天気はいいが風が強く、日陰に入るとけっこう寒い。冬物のコートを着てきて良かった。病院へは9時10分前に到着、すぐに内科受付へ行き採血の連絡票を貰って採血受付へ行く。受け取った番号札は15番と若い。しかも採血はおばちゃんが一人受けているだけで、待っている人は0。採血をしていた係員も、その一人しかいなかった。ソファに一旦腰を下ろすと同時に数人続けて採血待ちの患者が来るが、おばちゃんが終わるとすぐ俺が呼ばれて、いつも通り2本採血。それから売店へ上がって週刊誌とスポーツ新聞を買い、いつもの1階のベンチへ行き、紙コップのカフェオレを飲みつつ新聞、週刊誌の順番にじっくり読む。
10時20分になったので内科受付へ移動するが、その時に採血後に連絡票を内科に戻すのを忘れていたのに気付く。看護婦にそう言って予約が10時半だけど大丈夫かと聞くと別に何でもなさそうに「お待ちください」と言われてそのまま診察室前の椅子に移動。たまたま一つ席が空いたので座る。今日は外来も若干患者が少なめだ。4番U先生の診察室へは俺と入れ違いに老夫婦が呼ばれて入り、10時29分に出てきた。次は俺かな、と思ってたら10時半きっかりに呼ばれたので診察室の中に入る。

開口一番、U先生は「白取さん、こないだのCTと採血の結果はやっぱりお変わりないみたいですねー」とのこと。「そうですか、良かった」とホッとしてコートと荷物を置いて椅子に座ると「体調は変化ないですか」と言われたので、「ええ、お腹の張りは最近はもう慣れてきちゃって…」と言うと、CTの画像を示して「ええと、これが11月のですね、それでこちらがこないだのですが…」と、同じ部分の輪切り箇所を示してくれる。「脾臓の大きさはむしろちょっと縮んだかな、という風にも見えるんですけど、まあ変化なしということでしょうね」とのこと。骨の形がほぼ同じところの輪切り写真を比べると、確かにこないだの画像の方が1センチほど小さくなっているようには見える。ただ、厳密に全く同じ部分の断面ではないので、その誤差があるから、変化なしと見るということだろう。先生も「2センチが1センチになったというのだったら割合として大きいですけど、これだけ大きいものの1センチなので、まあ誤差もあるでしょうし」とのこと。まあでも変化がないことはいいことだ…、と喜んだのだが。

「でもですねー、やっぱりこないだ骨髄の検査をやって良かったです」と言われる。今日の採血の結果もWBCが1200と減ったように見えるが、これも誤差範囲内。なので横ばいと見るが、骨髄の方ははっきり数値が変わっていた。「前の時はもう4ヶ月も前になるんですよね、その時は異常細胞の割合が半分ちょっとだったのが、今回は6割を越えちゃってるんです」とのこと。「となると、このまま異常な細胞が上昇すると、正常な血球の割合なんかも減っていくんですよね」と聞くと、「そうですね、確かに異常細胞が増えていけば、その分正常な血球が作られる部分が圧迫されますから、数値にもそれが出てくるんですけど。例えばこれ(採血の数値一覧)でいうと、こういった部分(リンパ球)の数値が増えてきて、異常だというコメントがつくんですけど。ただ、まだそういったことは今回の採血の結果には出てませんし、例えば急性リンパ性白血病なんかの場合だと、もう本当にこんなスピードではなくて、凄い速さで異常細胞が増えて行くんで、白取さんの場合はずっと遅いですけどね…。」とのこと。
あとは、細かなマーカーの数値なども見せてくれたのだが、難しい医学的な話はともかく、いくつかの数値の推移の中、一つだけ極端に変化しているものがあり、それが病気の「型=タイプ」の特定に関係があるかどうかを見る必要があるという。そのあたりの数値を見て、例えばT細胞性であるとかB細胞性であるとか、タイプの特定の判断材料になったりするらしいのだが、自分のような素人が見て解るレベルの話ではない。
先生は「なので、今まで採血の結果が変化なかったので、痛い検査だし間を空けてたんですが、ちょっと骨髄の方は一ヶ月に一回くらい見させてください」と言われる。うーん、異常細胞=癌がこのまま増殖していけば、正常な血球を作る機能が阻害され、まあはっきり言えば死ぬわけだ。血液の癌は、固形の腫瘍と違って目視は出来ないので、実感はないものの、得体の知れない怖さがある。血液を凝固させられなければあちこちで出血が起こって死ぬ。白血球が減ればささいな菌が全身に廻って死ぬ。赤血球だって減れば…、といったイヤな末路が頭を過ぎる。
触診もしてもらい、体表部のリンパ節の腫脹は変化なしということを確認、さらに先日のCTで体の内部のリンパ節も腫れていないことが解った。ただ大元である造血部分の細胞が癌に侵されており、そこに進行が見られたことは確かということだ。

触診の際、「こないだ(のMARK)、やっぱりS先生だったみたいですね」と言われたので、「ええ、そうでした」と言いながら横になると、「あ、そういえば奥さんまた大変だったそうですけど」と言われたので「実はまた吐血して入院したんですが、原因不明のままで」と言うと「どちらの病院ですか」というので「救急で搬送だったんですけど、北社会保険病院へ行ったんです、実は日大では内視鏡できる先生がいないということで断られて」というと、「あ、そういう場合はそうなっちゃいますねえ」と眉を顰めて言われる。「でも結局内視鏡でも出血部位がわからないそうで、輸血をして安静にして退院になって。だからどうしたらいいか、注意のしようもないんですよねえ…」と話すと「そうですねえ、内視鏡でも解らないとなると大変ですねえ…。どこかお悪かったんでしたっけ」というので「最初は急性膵炎やって、玉突きで内臓がほとんどダメなんですよ。腎臓も片方取ったし、肝臓も肝硬変というくらい悪いっていうので」と言うと、「ああ、肝臓が悪いんですか…そうすると血を固める機能が落ちていて、毛細血管から染み出していったのが溜まって出たということもありますねえ」というので「でも血小板とかは採血で解るんですよね」と言うと「あ、でも血を固めるのは血小板だけじゃないですからね。血液の凝固因子を調べる項目があるんですけど、普通はそこまで検査項目にないですから。医者の側がこうかもな、そこを調べようと思って項目に加えないと出ませんし」とのこと。なるほど、肝臓がボロボロなせいで血を固められず、胃や腸にストレスなどで前潰瘍状態みたいなものが出来、そこから血がちょっとずつ染み出していて、それは内視鏡では解らないのかも知れない…。

それやこれやで、次回は3週間後に採血をし、診察の後、骨髄穿刺を受けてから帰るということになった。会計は1200円で、地上に出るといい天気。風が若干強く、気温は低めながら、赤羽行きのバス停のベンチに座るとぽかぽかと気持ちがいい。ただ内心は骨髄の結果が悪かったので若干ブルー。
そういえば、診察室で帰り際にU先生から「体調の変化があったらすぐ連絡してくださいね」と言われたっけ、なるほどやっぱり俺は癌患者なんだな、と実感する。隣のベンチには80は軽く越しているだろうと思しき老夫婦が仲良く腰掛けており、バスの時間は何分だとか、これは赤羽のどっち側に着くのかとか、お爺さんがしきりにモゴモゴと妻に問いかけ、お婆さんはその都度これは11時ちょうどでトンネル通って西口に着くんだと諭すように応えている。俺はこんな年まではまず生きられまい、こうして夫婦長生きして仲良く暮らして行けるのは本当に幸せなことだ。人間いずれは死ぬとはいえ、やはり不本意な予定外での打ち切りは辛い。本人も周りも。

赤羽でバスを降り、二人分のパンなど買い物をして、そこからは荷物が多かったのでタクシーで帰宅。運ちゃんは「今日は風がなかったらいい天気だしあったかくて良かったんスけどねえ」「連休もこれじゃあ予定狂っちゃいますよねえ」「自分も土曜は休暇だったんで稲取から大島行く予定だったんだけど、船が止まっちゃって結局一泊で帰って来たんですよ」と立て続けに話す。なるほど世間は今日が休みだと4連休という人もいるのだなあ。
帰宅して昼食のおにぎりを食べ終わったあたりで連れからメールがあり、無事京都駅から大学へ向かうというので安心した。
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コメント

がん細胞の側からすると

何か寄生虫のようですな(笑)。がんは元々自分の細胞ですから、寄生虫と一緒にするのもアレですけど。宿主と共存しようと大人しくしててくれれば一番いいんですが、そこは寄生虫と違って「変異」したヤツですからひねくれてるんですかね…。
人間でも自分で自分を殺してしまうのがいます。それは自分の意思で、なら結構ですが、自分の思うところではないのに自分によって殺されるのはまっぴらですね。癌とはやはり、共存ではなく戦わねばならないのでしょうか。

ところで無意味な延命治療は不必要だと誰もが感じるところでしょうが、「遺される側の感情」というものは無視できませんよね。というか、それだけの問題と極論してもいいくらいかも知れません。

無治療

ずっと以前、がんの研究者の方が「がんは超慢性の病気」と話されていました。一個のがん細胞ができてから、病院で「がん」と診断可能になるまでは数十年のプロセスを経ていると。

白取様も人間には毎日がん細胞が生まれているとご指摘されていましたが、病院で診断されるかどうかの違いで、生き物はある程度の年齢になったらだれでも「がん患者」だとも言えますね。

また、がんは恐竜の化石などからも見つかっていて、大昔からあった病気である事も教えられました。

思うに、がん細胞の側からすると、今日のがんの治療法は考慮に入れてない。(外科手術とか、放射線とか、化学療法とか、果ては遺伝子治療まで)。とすると、がんとしては無治療で生きていく方法を考える、つまり宿主を出来るだけ苦しませないようたえず駆け引きをしながら、宿主と共存できるよう進化して来たのでしょう。がんはかなり進行するまで無症状の事が多いのに対して、人から人にうつることで生きてるインフルエンザなんかは短時間で遠慮無く厳しい症状起こしてくれますしね。

白取様は以前このブログに「病気と喧嘩中」と書かれていたのがいつからか「共存中」になっていますね。病気との共存ということについて、ある冊子に岩井浩一先生という精神科のドクターがコラムを書かれていて、印象深く思ったので引用させて頂きます。

「近代西洋医学の病気観は、病気を特定し固有の原因を見つけ除去すると言う発想に基づいています。病気とは悪なのです。しかし、一昔前の日本では病気を必ずしも悪とは見なしていません。病気と健康は一対の補完関係にある流動的な状況とし、病気を日常生活の一部として認めていました。
こうした病気観からすると、健康と病気とは対立せず、互いに補いあって私たちの人生を形成維持していると言えます。病気は苦痛や不幸の元として排除したいもの、マイナスの価値しかないものと思われがちですが、それだけではありません。日常(ケ)世界から抜け出して非日常(ハレ)の世界を体験することは新たな自己発見と心の成長の契機となるのです」(中略)
「御存知のとおりWHOの健康の定義は「単に疾病をもたないとか身体が弱くないというだけでなく、肉体的精神的そして社会的に完全に良好な状態である」ですが、あまりに現実離れしています。こんな完全健康人などいる訳がありません。「くう、ねる、あそぶ」が程々に達成されている状態を健康とみなしましょう。「くう・ねる」は快眠快食快便、「あそぶ」とは心のゆとりです。こころにゆとりがあるというのは、自分の視点や立場から離れて別の見方が取れる事です。(中略)
健康とは日常と非日常の全体の中に生かされていることに気づき、日常ばかりでなく非日常を大切に生きる中にあると思われるのです。」

はじめぱっと読んだとき、ひねくれものの私は、これは原則狭義の健康な方だから言えることで、やっぱり病気を抜け出したいと思うのが自然なんじゃないかという気持ちも持ったのですが、よく読む毎に病む事の意義=病む人への敬意が深く感じられ、また昨今の健康ブームについて行けない自分としてはかなり救われました。

人工呼吸器は自分はつけたくないです。ひとつ利点があるとすれば、遠方から親族や友人が来ると言う場合、お看取りができるようつなぐ、ということかもしれないけど、祖母が亡くなったとき、人工呼吸器で延命措置を受けさせ時間をかけて看取ったにもかかわらず、父の悲しみがそれで和らいだようには到底見えなかった。

その場になると付けざるを得ない空気が医療サイド含めて皆に生まれると思うので、日頃はっきり「いらん」と言っておかなきゃと思いました。

例によって余計な御喋りで長くなりました。お許し下さい。








いまだ

無治療なんですよね、癌なのに(笑)。
進行が遅いと薬剤の効き目も悪いので、まあ進行が早い人よりは緊急性が薄い分、確実に死が歩み寄ってきているようで不気味ではあります。問題はそれがいつか、ということで。若干進行が見られたということはその歩みが少し速くなったのかも知れません。
治療が効くような速さだと逆にいいんですけどね。

最近末期医療の問題、先日は富山の事件で安楽死・尊厳死問題もクローズアップされてますね。人ごとじゃないなあ、と思います。

進行でも・・・

いまだ無治療です、これから治療に入るようなことになるとしたら、そこから本当に頑張って癌を撲滅してやって下さい。相手が大人しいと戦いようがない、その状態もお辛かったと存じますが、戦いはまた過酷なものだと聞き及んでおります。
くれぐれもご自愛を、武運(?)お祈り申し上げます・・・

どうも>古屋さん

いやー、うさまる君のパワーの方が凄いと思うけど…。
俺なんて10年前に全ての力を出し尽くした感があります(笑)。
漫画家と編集者としての仕事上のお付き合いは無くなってしまいましたが、こうして励ましていただけるのが何よりうれしいですよ。

はっきり言って、こちらが「ガロ」時代はいい顔をして近寄ってきたり、表面上は親しく付き合った人はたくさん居ましたが、利害関係がなくなると、全く無視という人の方が多いです。
いや世の中なんてそんなもんです実際。

うさまる君もメジャーの世界に飛び込んでもう十年以上ですね、体力的にキツいこともあるでしょうけど、健康にはじゅうぶん気をつけてくださいよ!!

白取パワー

白取さんのパワーは
並大抵ではないので
きっと大丈夫。と思ってます。
いつも心から祈っています。
僕の永久担当でいてください。

頑張って

治しますよ。大丈夫っす! 何といってもまだ治療前の段階、多少は暴れ出さないとこちらも手も出せないという様子見の状態だったすからね。
皆さんの励ましが一番、こちらの勇気にもなります、本当にいつもありがとうございます!>まりさん 龍騎さん

進行

それでも遅いということは言えるわけですよね?
それっていいことじゃないかと。大丈夫ですよ、頑張って乗り越えましょう!

ともしらが

しばらくです。

骨髄の方に変化があっても、体を回っている末梢の血液や脾臓、リンパ節に大きな変化が無いということは、末梢での取り締まりが厳しく効いていると言う事なのでしょうか。

長生き、しかも夫婦揃ってというのは本当に幸福ですよね。そんな御年寄りのお話を聞かせて頂くと、それは壮絶な人生を生きぬいて来た方も多く、自分なら絶対途中でへたっていたと思うことしばしばです。

白取様とやまだ先生にも、共白髪で「あのときは、ほんとにたいへんだったね。」と語り合う未来が来る事をファンとして御祈り致しております。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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