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2006-05-14(Sun)

京都一日目

5月14日(日) 京都到着
今京都駅前の某ビジネスホテルで、ノートPCを有線LAN接続。
連れのやまだが今春から教えている京都精華大学で、研究室をいただいたのだが、まだ机とテーブルがあるくらいで、全く未整備でがらんとしているという。それに大学は東京から通っている先生もたくさんいるので、各種連絡などにパソコンが必須。教授室にもノートPCを設置したものの、プリンタも未接続だし、その他の環境も手付かずのままだった。しかしこれを他人にやってもらうというのには抵抗があり(例えばスカイプやAmazonのアカウントなどのパスワードなどもあるわけで)、今回は俺も同行してそれらを行うことにしたわけ。言わば「出張」であり、「観光」ではない。よって宿泊もビジネスホテルのツインである。ちなみにこのホテルは東洞院(ひがしのとういん)通りに面した駅から徒歩2,3分のところにある。1階はシアトルNo.1カフェとかいうスタバぽい店があり、朝食はそこでバイキングになるということ。

今日の朝は自宅を12時前に出て、荷物を入れたキャリーを二人でゴロゴロと引っ張りつつJR浮間舟渡まで行き、電車で赤羽、乗り換えで降りる際に構内の書店で週刊誌を買い、京浜東北のホームへ。すぐに来た電車に乗ると二人とも座れたので良かった。こういう格好だと病人にはとても見えまい、なので座りたくても我慢するしかないと思っていたが、運が良かった。東京駅で降りて新幹線の改札をくぐり、昼食に連れはサンドイッチ、俺は中華弁当を買う。ホームの待合ボックスに落ち着くが、30分以上時間があり、週刊誌を読んで暇を潰す。連れが「何かおかしいよ」というので確認すると、乗車の15分ほど前なのにホームの列車の表示に俺らが乗るべき列車の番号が出ない。アレと思ったら隣の19番線で、ホームを間違えていたのだ。慌ててホームを一旦降りてえっちら隣の19番に登ると、7分前。ちょっと待つとすぐに乗車になった。危ない危ない。
二人掛けの席に座ってすぐに二人とも昼食。食べ終わると連れはうとうと、こちらは週刊誌を読む。長時間椅子に座っているのは辛いが、京都までは2時間半、これくらいなら大丈夫だ。それよりも最近の新幹線に限らず、公共の場所でのクソバカガキやそのバカ親どもの騒音公害の方が精神的に良くない。幸い行きの列車にはバカ親子はいなかったので良かったが、電車は品川、横浜停車の間にほぼ満席になる。自由席は混んでいるので詰めろというアナウンスがあったが、そんなに混んでるのか、指定取っといて良かったと思った。
東京は午前中雨が降り、俺らが駅へエッチラ歩く頃には上がっていたが曇天、途中静岡の手前からは晴れ、富士山頂は雲隠れ。こうしてまた二人で新幹線に乗ることがあるとは、生きていて良かったなあと思う。去年の夏に癌宣告を受け、放置すれば来年の夏は迎えられないだろうと言われた。幸いそれから状況が変わり、こうしてまだ死なずに済んでいる。京都は去年の秋、退院してしばらくして、連れが大学に呼ばれた際に一緒に出かけた。はっきり言って旅行なんてあれが最後かもしれないと思っていた。つくづく、生きているということはいいことだ。
4時11分に定刻通り京都駅に到着。京都は晴れていた。一番西の出口から出たので、ホテルに近い東側=名古屋寄りに引き返すが、そちらから京都駅の北側に出るにはエスカレータのない階段を降りねばならない。そんなはずないよなあと見回すがそんなはずだった。なんと導線の悪い駅かと憤慨しつつ、キャリーバッグを連れの分と両方持って、階段を降りる。駅の反対側へ出た後は地下道を歩き、エレベータから地上に出て、ホテルにチェックイン。
部屋に落ち着いた後、こうしてンボートPCを起動させると無事。ネットもLANにつながるので快適だ。メールをチェックすると、案の定容赦なく仕事の更新データが大量に届いており、メインのノートをエッチラ持ってきて良かった。いや、良かったんだか悪かったんだか解らないが。
一服したあと二人でホテル横のコンビニへ行き、水や茶、おやつなどを買い物して戻る。ビジネスホテルは宿泊費は安いものの、その他のサーヴィスはほとんど期待できない。下のカフェから持ち帰りでアイスコーヒーなど買った後、部屋で相撲を見た後、俺は仕事にかかる。その後7時半過ぎに二人で外へ出た。まず近鉄の一階で連れ合いの研究室のコップやら備品類を買い、明日の昼飯用のパンも買い、駅周辺で夕飯を摂るところを物色。近鉄デパートの近くをうろうろするが決め手がなく、デパートの上のレストラン街まで行くが、この近鉄デパートは来年閉店だとかで、そのせいなのか無関係なのかレストラン街も異様に寂しい感じ。150万都市の駅前のデパートのレストラン街が、平日とはいえ夜の8時前後にあれほど寂しいということがあるんだろうか…。
結局歩き疲れたので、いったんホテルに戻って荷物を部屋に置き、とって返してタクシーを捕まえ、川原町御池へ行ってもらう。歩き回った挙句決めてがなく、ここでいいや的に入った店で失敗し挫折感と虚しさを味わう…というパターンは避けたかったので、半分意地。
連れは去年大学教授就任が決まってから、入試の面接や教授会、入学式も含め、4月からは講義がスタートして何度も上洛しているのだが、これまで一人で外食を一度もしていなかったという。何を食ったと聞くと、その度にデパートでパンを買って研究室で食べたとか、夜はいつも遅くなるのでさっさとホテルに戻ってコンビニで買ったものを食べたとか。遊びに行っているのではないとはいえ、京都でそれはなかろうにと、呆れたものだ。だが連れは「京都はそりゃあ美味しいものはたくさんあるだろうけど、一人でそんなところ行って食べたっておいしくないし楽しくもないよ」と言う。なるほど、それはそうだ。じゃあ今回は贅沢はできないけれど、普通に外でご飯を食べよう…というわけなのだ。
さて川原町御池から四条方面へ下りつつ物色するが、川原町通りの夜は学生が物凄い数で、さらに観光客がそれに混じり、凄い人。それに大通りは他の大都市同様、チェーン店やら飲み屋が多くガチャガチャしている。じゃあせっかくだからと先斗町方面へ入る。小道をつらつら歩き、結局鴨川に面した一軒の川床(ゆか)料理屋へ入る。コース料理二人前を頼み、二階へ上がる。女将さんが川床でもいいですよ言われたが、外は夜になり少し気温が下がっていたのでやめにした。風邪なんかひいたら洒落にもならない。二階の広間には窓際に三つテーブルが置いてあり、真ん中に通される。隣の若いカップルはもう食後ですぐに帰り、もう片方には50がらみの京都弁の男と、同伴出勤らしい若いキャバ嬢みたいな女がきゃあきゃあわあわあとずーっと話していたが、気にせずに順番に運ばれてくる料理を食う。料理は普通に美味かったが、品数が多く、ゆっくり少しずつ運んできてもらわなければとても入らない量。それでも俺は最後のデザートまで完食、普段小食な連れもほとんど食べられた。ゆったり過ごして、10時前にホテルに戻る。
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コメント

河原町

ですた。お詫びして訂正しますですハイ。
ていうかimeの辞書がね、第一候補に出すから…(言い訳)

ていうか

上の人、心配しながらアゲアシ取らなくてもいいじゃないか、と(w)
あ、心配したいんじゃなくてアゲアシ取りたい人なのか。

ひとつだけ

お加減いかがですか?
京都もすっかり変わってしまったようですね。


川原町は、京都では河原町です。

ガンは熱に弱い!

はじめまして。
あなたは冷え性ではないですか?
「ガンは熱に弱い!」下記、私の体験を参考にして下さい。

10数年前、父が脳腫瘍になり、病院で手術・放射線治療後、髪の毛が抜け体力激減。抗がん剤大量投与・点滴ミスの医療ミスで急死。
薬という名の毒素を体内に入れて、低体温にし、免疫力・自然治癒力を低下させる現代西洋医学・病院の治療方法に疑問を感じました。
その後、調査・研究して、ガンの治し方をみつけました。
全身遠赤外線温浴方法です。(ガンは熱に弱い!)
父の無念の死を皆様に生かすため、「冷えは万病のもと」、「冷え取り・毒素排泄(デトックス)!!全身遠赤外線温浴方法」を10数年、日本全国・アメリカ合衆国に普及中です。
 全身遠赤外線温浴を家庭で継続、体を芯まで温め、免疫力・自然治癒力を回復して、ガン細胞消滅体験多数報告があります。

「がんに効く遠赤外線療法への確信」医学博士 横山正義著(かんき出版)
「新・遠赤外線と医療革命」医学博士 東 善彦著(冬青社)
「アトピーは完治する」医学博士 藤田 浩監修(冬青社)
ホームページを作り、ご紹介し、 皆様のお役に立てればと願っております。
 http://sagano.cc" target=_blank>http://sagano.cc
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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