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2006-05-19(Fri)

京都六日目

5月19日(金) 京都六日目〜帰京
朝目が覚めると何と8時半。慌てて連れに声をかけ、二人で支度をして9時過ぎに下で朝食。9時を少しまわっても、俺たちのような客がいるせいか、朝食バイキングの時間はアバウトに延長されているようだったのはもう知っていた。例によって俺はお粥をしっかりと食べる。その後部屋に戻って荷造り。洗濯物、パジャマ、買ったおみやげ類は俺のカートにギッチリと詰め込んで、送ってもらうようにし、もうひとつの連れのデカバッグにもコマゴマしたものやおみやげを入れて、発送用。11時ギリギリまで部屋でごろごろテレビを見たりして、チェックアウトに降りる。
二つの荷物を自宅へ送ってもらうよう宛名を書き、代金を払って、俺のノートPCを入れた連れ合いのキャリーバッグだけを俺が引きつつ、出る。雨が降っており、荷物が少なくなって良かった。結局晴れたのは月曜だけだったか。駅前までまず歩き、北口の地下にあるコインロッカーにキャリーを入れる。今日は2時から連れが出席予定の入学説明会が南口のアヴァンティ8Fである。それまでに戻れるところでどこか行こうということで話し合うと、連れが今度は銀閣寺へ行きたいという。なので駅前のバス停を探して並んだが、20分ほど立っててもバスが来ず、俺らの後ろには長蛇の列。バスが来たところでギュウギュウに詰め込まれるだろうし、もういいやというので列を離れて、並んでいる時に正面に見えた「仁和寺・妙心寺方面」のバス停へ行く。4、5人しか並んでなく、そこへ並ぶと10分ほどでバスが来て、乗り込む。食事会の時に院生の子が「妙心寺の竜雲図はいいですよお」と言っていたので、見に行こうというわけ。
烏丸通は渋滞で手間取ったが、妙心寺北門前というバス停に40分ほどかかって、12時15分くらいに受付に到着。料金を払ってパンフレットを貰うと、係の女の人が12時半から案内があるので、それまで座敷にあがって庭を見るとかしておれというので、そのようにする。その時、座敷に上がって賽銭箱に100円を入れて、正座をして拝もうと思ったら、ヒザが痛くて正座が出来ないことに気付く。しょうがなく、おばちゃんみたいに横座りをしながら手を合わせた。それにしても退院後半年以上ほとんど長時間歩いたことはなく、足が萎えていたところに、ここ数日で物凄い距離を歩いたことになるわけだ。とうとう膝に水が溜まったのかと思い、心配になる。そうこうしていると12時半になり、係の女性が皆に声をかけ、隣の法堂を開けてくれた。
そこの天井一面が1656年狩野探幽作による雲龍図である。物凄い迫力で、見上げる首が痛くなる。他の客は一般客が俺らを入れて7〜8人で、あとは5、6人の中学生グループが総勢で30人ほど。中学生はそれらが一つの団体ではなかったので、比較的静かにちゃんと見ていた。法堂を支える柱は富士山麓から切り出し船で運び、淀川から陸揚げして洛中は陸路、牛で運んだという。その際京の町の角を曲がる際、家々を破壊せぬよう一度立ち退きさせて丸太を通した後に再建させたというから豪快だ。そのためにその道が丸太町となった…とか。ほお、と感心。
それから今は現役引退をした鐘を見てCD再生で迫力の音を聞かせてもらい、外に出て明智風呂を見せてもらう。こちらは昔のサウナ式の蒸し風呂で、今見ても明智光秀の逸話に特に思いいれが無ければふーん、という程度のもの。一人で見に来ていたおばちゃんんが誰に言うとはなしに、「小さいお風呂釜なのねえ」と、五右衛門風呂のような釜を見て言っていたが、それは湯を沸かして蒸気を送るためのものです。
係の人にいろいろ説明を受けているうちに1時になってしまったので、途中で慌てて外に出る。南門前にはタクシーがいたので乗り込み、駅まで行ってもらう。アヴァンティは南口だからダイレクトに行ってもらえば良かったのだが、連れが北でいいとなぜか言い張るのでそうする。降りてご飯を食べようとするが、伊勢丹の地下に入ってしまい、何もなく、出たところにある喫茶店みたいなところへ入る。俺はオムライスのスープセットで、連れはパンケーキとアイスティ。食べ終わると2時。早足で駅の反対側へ行く道を探すが解らず、駅の案内係に聞くと、エスカレータを登ってすぐ左へ折れて、反対側へ降りろというのでそうする。全くスムースに行き来できない不便な駅にしたものだ。だいたい新幹線からの導線も悪すぎる。
何とか息切れしつつアバンティの1階へたどり着き、10分遅れくらいで連れをエレベータに乗せて、ホッと一息つくが、俺もさすがにフラフラ、足もガクガクだ。もう歩くのもキツかったが、とりあえずこれから6時まで時間を潰さねばならない。連れは早く帰れるようなら切り上げて出てくるというが、それじゃあ余計にいつ終わるのかが解らない分、遠くへは行けないわけだ。行くつもりもないが。それにこの雨だし、足も痛いのでどうしようかとしばし思案。最初は東寺でも見ようと思っていたが、この足ではもう無理だ。とりあえずシャツでも見ようと、アヴァンティの案内板を見て、2階のユニクロや服屋を見て時間を潰す。ユニクロでTシャツ別な店で、和テイストのアロハ何枚か買う。ていうか、旅先でこんなもん買うなよとセルフ突っ込み。荷物が重くなるだけだ。
とりあえず地下まで降りて、アバンティからそのまま地下道をゆっくり歩いて駅の反対側の地下へ出て、コインロッカーからキャリーを出す。よく考えたら、アバンティは南口だし、帰りの新幹線の改札も南側。何も遠い北口のコインロッカーに入れとくバカはいるまいと思い、移動させることにしたのだ。その場で黄色のジージャンをアロハの袋に畳んで入れて、買ったアロハに着替える。ジージャンではもう蒸し暑かったのだ。そして出したキャリーと傘と服の袋を持って、ゴロゴロと押しながら駅の南口へもう一度向かう。
駅の反対側へ出るために係に聞いた、西側にあるエスカレータと対称部分、つまり東側に延びるエスカレータが近くにあったので、それに乗る。正面から見ると左右対称方向へエスカレータが伸びており、片方が反対側へ出られたのだから、もう片方も出られるだろうという当然の思い込みである。ところが途中で降りて予想では南口へ向かうべき部分には何もなく、あるのはさらに上へ延びるエスカレータ。こちら側は造りが違ってるのかと思い、エスカレータをさらに上へ上がる。するとまた上へ行くだけ、さらに上へ…と、途中屋根がなく雨が降るので傘をさしたりしつつ、かなり高いところまでエスカレータで登る。こんな高さまでエスカレータで来たのは初めてだ。もういい加減駅の反対側へ通じる箇所があるだろうと思ったら、屋上広間があったり、高い位置を線路と平行に走る通路「天空の通路」があったりで、面白いけど結局反対側へは出られないようになっていた。何だよ京都駅、この構造。
天空の道から京都タワーをパチリ。
通路はビルでいうと11階とか、かなり高いところをガラス張りで走っており、高所恐怖症の人は足がすくむだろう。ていうか、ここへ来るまでのエスカレータで金玉が縮み上がると思う。俺は平気だったので、疲れたのもあり、京都タワーの向かいから携帯で写真をパチリ。通路には面白がって入ってくる観光客はほとんどおらず、子供を連れた母親がただ単に「通る」という目的のためだけに黙々と歩いているのと、途中途中にタワー側へ少し張り出している展望スペースに外人と日本人女性がイチャつこうと思ったら俺が来たのでシラケたり、という情景に出くわしつつ、伊勢丹の上に入る。そこは全国のラーメン店街みたいになっていて、賑わっていた。どちらかというと寂しい風情だったこれまでの道から異空間に来た感じ…と思ったが、よく考えたらこれまでの驚異的な高さへのエスカレータ、天空の道が異空間なのであり、普通のデパートの中つまり日常へ戻ったのである。このあたりでもう膝や足首が痛いし、カートを引いたり持ち上げたり、傘と服の袋も持っているので、両手も痛い。汗だくでもある。どっかで休みたいなあと思い、エレベータで下まで降りて、今度は地上より上ではその一箇所しか駅をまたいで南側へは行けない、伊勢丹でいうと3階の部分から駅に出て、無事に南口へ出た。
キャリーがあるので階段ではなく、下へはエレベータを使ったが、1階で扉が開くと目の前は修学旅行の中坊の団体がひしめいている。俺に気付いた引率の教師が「ほらほら、ここエレベータの出口だから場所ふさがない!」と中坊どもを手でよける動作をしてくれたが、邪魔なものは邪魔。妙心寺でも中坊たちは明らかに妙心寺をピンポイントで見に来たのではなく、相乗りしたタクシーの運転手に任せたら連れて来られたという風情で、説明待ちの間は口々に「眠い」とか「だるい」とか「腹減った」とかブツブツ言っていた。もうこういう修学旅行なんかやめたらよろしい。俺も中坊時代の修学旅行で強制的に「見せられたもの」はほとんど印象に残ってないし、高校時代の京都も駆け足で周らされた慌しさくらいしか印象にない。自分の意思で神社仏閣、日本古来の文化に触れたい、見たいと思ったとき、自分の金で来たらよろしい。無理やり見せても心には何も残らないだろうに。妙心寺の見所は雲竜の図だけではなく、その広大な敷地の伽藍でもあり、静謐なそれらに囲まれた通路、つまり空間そのものなのだが、中坊たちは男3女3のグループで明らかに好きな子同士が意識しつつ、全く見事に周りに何の興味も示さず、お互いに軽口を言い合い、照れたり「やだぁ○○クンたらぁ」とか言いながら歩いていた。そういうものだよ、中坊時代ってもんは。神社仏閣や日本の歴史や文化に興味を持つ方が珍しい。

さてへとへとになり、連れのキャリーと買った服の袋を持って、「祭り時計」とかいう時計と待ち合わせスペースのあるところに来ると、コインロッカーがあったのでそこへキャリーを入れ直す。アバンティのちょうど真正面になる位置だ。そうしてとにかく座ろう、もう足がいけないと思って見回すとジョナサンがあったので、そこへフラフラと歩いて入る。ソフトクリームソーダを頼み、席に座ってぐったり。ここで服をコンビニで発送してしまおうと携帯でコンビニを探すが、駅周辺には一軒の表示もない。ということはまた反対側へ戻って、泊まってたホテル隣のセブンイレブン行かないと送れないのかよと思い、ガックリ。そこで小一時間ほど時間を潰し、多少足の疲れも取れたので外へ出ると、なんとバケツをひっくり返したような豪雨で、しばし呆然。しかし呆然と立ってるわけにも行かないので、傘をさして竹田街道を渡り、アヴァンティの地下へ。そこから駅の下のみやげ物店街へ、服を入れたビニール袋は持つところが伸びてきて細くなり、手指に食い込んで痛い、なのでデカい紙袋を買って服の袋を入れる。どこか宅急便出すところはないかと歩き回るがそれらしいところはなく、結局袋を下げたまま、また反対口へ地下を通って出て、地上へエレベータで上がり、駅前の京都タワー前の交差点まで来るともうまた汗だくで足はふらふら。近鉄の地下で取引先の人あての漬物を買い、おばちゃんに服の袋と一緒に送ってもらえないかというとあっさり快諾されたので、最初からどっかのみやげ物屋でそうしてもらえば良かったとつくづくガックリくるわ、安心したわでへなへな。代金と送料を払って宛名を自宅宛に書いて渡し、ようやく荷物はショルダーバッグと傘だけになった。
だが遅すぎたか、もう下半身全ての関節が痛い痛い。そうしてまた駅の反対側へ出ようと、西側のエスカレータを上がって途中で降りて通路を通り、エレベータで1階へ。エレベータを出るとまた中坊の山。今度はさっきの中坊の団体とは違う団体で、教師もいないので無法地帯。どけどけ! という感じで掻き分けて進み、コインロッカー前の祭り時計の腰掛に腰を下ろす。すると連れから「4時には帰れるって」とメールがあり、時間を見ると4時半、5時の間違いかと思い、しかしどうすることも出来ず、思案する。しかしそこは椅子というよりはずっと座ってるには痛い金属の筒状のものなので、すぐに腰を上げて、アヴァンティへ戻る。
2階のユニクロのところにベンチがあったなと思い、そこまで行ってどっかりと座る。もうへとへとだ。20分ほどボーッと座っていたがすることもないので、とりあえず下に降りると、5時ころに電話で「もう帰ってもいいみたい」というので、コインロッカーの前で待ち合わせることにして、無事合流。
新幹線は5時半のがあったので切符を買い、弁当を買って、ホームへ。新幹線は名古屋までは快適だったが、3人掛けの通路側1つ空いていたところに結婚式帰りと思しき男の団体の一人がドカッと来て、こいつがデカいデカい。窮屈だったがしょうがないので我慢する。東京からは京浜東北線で赤羽まで、この電車の中立っていたのが辛かった。赤羽で降りてタクシーで9時前に帰宅。それにしても疲れてへとへと。ここまで意地になって京都歩き回らなくても、というくらい歩いた。別にこれが「最後」じゃないだろうに…。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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