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2006-07-24(Mon)

ALWAYS 三丁目の夕日

前から芸能界というところ、テレビというメディア業界の異常さはよぉぉく存じ上げてきたつもりだが、ここ十数年のテレビの荒廃ぶりは本当にひどい。もっとも俺たちより上の世代に言わせれば、もっと前からひどくなったと言うし、その上の世代はもっと前からだと言い、そのまた上はそもそもテレビそのものが下らないと言うんだけど。
そもそもテレビ出現前、大衆の最大の娯楽は映画だった。「銀幕のスター」という言葉がまだ煌きを保っていた頃は、映画俳優は本当に輝いて見えただろうし、尊敬や憧れの対象だったろう。というか、昭和一桁生まれの母親などと話すと実際にそう言っている。テレビが生まれ、爆発的に普及するようになると、テレビに駆逐され映画だけでは食えなくなった役者たちは、テレビドラマという安っぽい作り物に身を置かねばならなくなり、さらにはテレビが爛熟期に入ると、今度はCMやバラエティなどへ出て稼がねばならなくなった。CMならまだいいが、バラエティやクイズ番組の場合はモロに人柄が見えてしまうし、どうしても知識や教養がどの程度あるのかバレてしまう。そもそもクレバーな役者はあまりそういうものへはホイホイ出てこないもので、だいたい喜んで出てくるのは本業がうまくいかない奴や、お調子者だ。そういう連中が無知無教養を平気で晒し、笑われることで新たな存在価値を見出す。
そんな状況で今、日本映画をまともに見る気になるだろうか? だいたいが日常、ワイドショーで頓珍漢な発言をしていたり、バラエティで若手のお笑い芸人に突っ込まれたり、クイズ番組で可哀想なほどに無知や非常識を晒しているような「俳優」が、突然映画の中で真面目な顔して役柄を演じても、だいたいが上滑りしているか、学芸会なみの演技しか出来ていないことがほとんどだ。たまにちゃんと演技をしてくれても、日常のテレビでの個人の「素」をイヤというほど見せられているから、とても映画の中に入り込んでいくことは出来ない。出来る人はよほど器用なのだと感心することしきりである。これは嫌味で言うのではなく、本音で感心している。

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日本映画の賞を総ナメにし、巷の「映画ファン」たちも「感動した」「久々に素晴らしい日本映画を見た」などと最大級の賛辞を惜しまない『ALWAYS 三丁目の夕日』をようやく今頃、DVDで見た。
映画は映画館で見ないとダメだ、と知ったような顔をする人がよくいるが、最近の映画館に行けばマナーの悪いバカが多く、携帯電話は鳴る、それどころか映画中に出て話す、菓子袋で大きな音は立てる、途中で立つ、寝る、まぐわう、わめく、狂う、死ぬ…と最後の方は冗談ながら、とても落ち着いて鑑賞など出来たためしがないから、いつからか俺たち夫婦は映画館へすっかり行かなくなってしまった。それに去年癌になってからは免疫力が低下してああいう大勢の集まる閉鎖空間には行けないから仕方がないのである。
『ALWAYS 三丁目の夕日』はとても真面目に作られた映画だな、と思った。
だがあの脚本って、どうなのだろう。何百回も、小説や漫画なども入れたらいったいどれくらい描かれたかというほどの、全く意外性のない展開とテーマ。ネタバレになるので控えるが、特に後半のヤマ場では「まさかこういう展開じゃないだろうな」と思った通りの、寸分違わぬシーンが続いた時にはソファからずり落ちそうになったものだ。あそこは「さあ泣け! どうだ、泣かんかい!」という箇所なのだが、余りのお決まりの展開に笑ってしまって泣けなかった。

役者たちの演技については、概ね頑張っていた…と思う。自動車修理工場を経営する「頑固親爺」を演じた堤真一はその「江戸っ子ぶり」が余りに誇張されすぎており、違和感の方が勝るくらいだったが、その違和感は演技過剰というよりは、せりふは江戸弁なのに、全くそのニュアンスが出ていないというところから来るものだ。江戸っ子の連れ合いなど常に彼の「江戸弁」に失笑していたが、彼は兵庫県出身だそうだから、無理もない。従ってよくやった方だろう。
主役(?)の三文小説家で駄菓子屋の店主を演じた吉岡秀隆の演技は型にはまりすぎていて、逆にリアリティを失っていたと思うが、体を張った演技が良かった(転び方、寝相、そのたたずまい)から、まあ相殺というところか。堀北真希、小雪、薬師丸ひろ子らの演技も、これだけTVに出まくっていながらうまく役に身を収めており、これが監督の指導だとしたらたいしたものだと思う。さらに子役では須賀健太、『謎を解け!まさかのミステリー』での「な〜んだ、簡単じゃん」というキャラの印象が強かったのだが、なかなかあの年(94年生まれ…)で堂々とした役者ぶりだった。敢えて難癖をつけるとしたら、達者すぎて鼻につく感無きにしも非ず…だろうか。
このように中心になる役者たちに、さほどバラエティに染まっていない俳優がそろったところがまず、成功の一助にはなったと思う。今どきの映画ときたら、すぐにジャニーズのタレントだの見た目や勢いだけのアイドルだのを起用して、安直に観客動員をもくろむ。ジャニーズのタレント全てがいかんとは思わないが、映画出演の多い草薙クンの演技(特に台詞まわし)、酷すぎないか? …と今さら言うことでもないが。
話が逸れた、「ALWAYS」では昭和30年代前半の東京の町並みを再現した見事なCG&特撮がノスタルジックな映像を作り出しており、極めて重要な役割をしている。もしこれが従来のようなセットや従来レベルの「特撮」程度の合成であったら、恐らく一挙にこの映画のクオリティそのものが崩壊したと言えるほど、見事である。空気感、色、それぞれ本当によく出来ており、これでよほどヘボな脚本でなければ、失敗はしないだろうというレベルだ。
その脚本についてだが、西岸良平の原作漫画を持ち出すのはピント外れだ。原作漫画はあくまでこの映画の設定、テーマみたいなものの原点にはなったかも知れないが、全く別のものと考えていい。
よく「お涙頂戴」とか言われるみたいだが、別にお涙頂戴でも全然構わないと思う。だがそれには細心の注意を払い、真面目にやってもらいたいと思うだけだ。
小津の「お早よう」とかみたいに、「庶民の何気ない日常」を描くこと、そのことで何かを伝えようとすることは新しいことでも何でもなく、むしろ古典的な手法だ。ちなみに「お早よう」は昭和34年制作なので、描かれた時代としては「ALWAYS」と同じ頃で、「はじめてのテレビ」というものへの様子や、庶民の暮らしっぷりが共通している。当然「お早よう」を「ALWAYS」のスタッフは観ただろうし大いに参考にしているだろう、色の感じも何だか似ているように思う。
小津の映画は確かに何気ない日常を淡々と描いていくことが多い、だが細かな心理描写や台詞まわし(演技という点でいえば、役者によって棒読みだったりキャラを作ってなかったりすることも多いが)、表情などの積み重ねで見る者を自然自然と物語…といってもそれは日常だが…に引き込んでいく。そして、親子の情愛って何だろう、夫婦って何だろう、家族って、幸せって…と、見終わった後に必ず考えさせられる。見終わった後にいい気分になるものもあれば、暗澹たる気持ちにさせられるものもある、でもそれが受け手によって、受け手の感性や価値観、置かれている境遇などでも変わるものであり、時代によっても変わっていくものなのだろうと思う。
「ALWAYS」はそうではない。貧乏でも心優しくとか、ほんとうの親子じゃなくても愛し合うことはできる…とか、時代や見る者によって大きく変化しない線を狙っている。自分のようなひねくれ者でなければ大概の人はこの映画に共感し感動し落涙することだろう。
いや、それでいいのだと思う。
どんな時代でも変わってはいけないことがあり、それが言い古されて使い古されていたとしても、言い続け描き続けなければいけないことがある。今の時代に「ALWAYS」が作られ、それが多くの人に受け入れられたということは、まだ日本人にそうした感性が残っていることの証明でもあるわけだ。金、金、金! 愛なんか金で大概買えるわい! と、テレビを中心とした「メディア」がずっと垂れ流してきて、まあこういうアレな国になって久しい今日この頃なんだけど、「ALWAYS」は確かに展開・脚本に不満があるものの、その愚直なまでの真面目さはキチンと評価されるべきだ、と思った。
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コメント

今さら…

だよねえ! 今頃見てちゃいかんよなあ。でも去年はそれどころじゃなかったしなあ…。
しかしみんな涙腺ゆるいんすね。あと確かに小雪の演技は過剰でも抑制すぎもせず、的確で良かったっすね。

確かに

今さら。。。という感じですね!(w)
僕はあまりに友人が勧めるんで映画館に見に行きましたが、泣けませんでした。でも大画面で見る、都電が走る東京の街はすごかったですよ。映画館では僕も嫌な思いを何度もしたけど、その日はあちこちでの「すすり泣き」がうるさいくらいで、大丈夫でした。
てか、大丈夫だったと胸をなでおろす方がおかしいんですけど。
個人的には小雪が意外と良かったなあ。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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