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2006-07-31(Mon)

MARK(骨髄穿刺)に行ってきた

7月31日(月)
今日はMARK(=骨髄穿刺検査)の日なので、夕べは携帯の目覚ましをかけて休む。今朝は7時過ぎから猫のユキが出入りするので起こされ、目覚ましが鳴る前に起きた。11時までに行けばいいので目覚ましは不要かと思ったが、このところ眠りが浅く、タイミングを逃すと昼近くまで寝てしまうことがあるので用心のため。連れ合いがスープを飲んでいけと暖めてくれたので、野菜スープとアイスコーヒーだけ飲んでから9時45分ころに出た。17号はタクシーがなかなか来ず、10分以上待ってようやく来たのに乗り込む。運ちゃんがこちらが言わずとも裏道を通ってくれたので大きな渋滞にははまらず、2500円足らずで10時35分に到着した。
すぐ内科受付へ行くが、新患受付も内科受付前も物凄い人だ。座れずに立っている人もあちらこちらに見受けられるほど。内科でバタバタと忙しくしている看護婦に「今日骨髄の検査があるんですが」というと「何先生?」と聞くので「U先生ですが診察はなくて検査だけです」というと「じゃあ受付の検査のところへ診察券入れて待っててください」というのでそうする。事務の人がすぐに俺が入れた診察券を取り出して手続きをしているので「処置室前で待ってればいいですか」と聞くと「そうですね」というので処置室横のベンチに座る。
とにかくそこかしこ患者だらけで、目の前には顔見知りとおぼしき60代後半くらいのオバハンたちがぺちゃくちゃとのべつ幕無しにしゃべり合っており、処置室から出てきたジジイがこれまた顔見知りか、「よお」とか挨拶して隣に座って会話に加わる。3人連なって話している隣に中年の女性が一人来て座ったが、その横へ太ったババアが先の3人連れと知り合いのようで「あら!しばらく」とか言いながら座り、間に他人を一人挟んで会話を始めている。挟まれた女性は困惑していたが、席を替わるでもなく我慢している様子。こういう元気な人たちが何で病院へ? というのが疑問。
そんなのを聞きつつ、元々1時間くらいは待つだろうともう諦めていたので、目を閉じてとにかく待つ。案の定、1時間ほどすると呼ばれたので処置室の中に入り、ベッドに寝ててと看護婦さんに言われたので、そのまま仰向けに寝て目を閉じている。一度白衣を着た医師らしい男性が覗いて「すみませんね、一人じゃ出来ない検査なんですが、もう一人が今手が空かないもので」と言うので「あ、いいですよ」と言ってそのまま待つ。30分くらいしてようやくさっきの医師と、もう一人の医師が来て、「じゃあ始めますね」と言い、「今回は生検といって骨髄を取るのともう一つ、細胞検査のための検査がありますから、二回針が入ります」とのこと。「生検は初めてですか?」と聞かれたので「1年ぶりくらいです」と答える。うつぶせになれと言われたが脾臓が腫れており、うつぶせはキツいので、横臥位でいいかというといいというので、左側を下にして横になる。左は脾臓側だが、うつぶせよりなぜかこの方が楽なのが自分でも不思議。
ズボンを下ろしてパンツも下げられ、半ケツ状態で腸骨の辺りを入念に消毒され、麻酔を打たれる。この麻酔が最初効くまでがチと痛い。効きを確認してから、いよいよ骨髄穿刺の太い針がブツリと貫通してグリグリと入っていくのがわかる。「じゃあ最初に細胞の方、取ります」と同時に何ともいえない激痛が腰全体に走る。「イテテテテ」と思わず声が出るが、「はい、痛いですね、我慢してください…もうちょっとです」と続き、「はい、よく取れました」と言って終了。その後今度は通常の骨髄吸引の針が入る。こちらは生検の後、3,4回受けている通常のMARKなので、吸引される「イヤ〜な感じ」はあるが、最初の方の激痛に比べればなんてことはない。とはいえ経験してない人には大変な苦痛だろうと思うが、慣れているのと、最初が痛かったのでかなり軽減されていると思う。そうして後は一旦止血のために塞いでもらい、自分の体重で止血をするために仰向けになり、しばらく寝ていてくださいと言われる。そうして採取した細胞を試験管やプレパラートなどにテキパキと二人は仕分けをし、去って行った。
やれやれ終わったと思い、仰向けになったまま天井を見ていると、隣のベッドの会話が聞こえてくる。どうやら透析か何かを受けている老婦人のようで、そこへ娘(といっても中年)が訪ねてきているという風情。「…終わったの?」「もうちょい」「ご飯どこで食べる?」「うーんここの食堂でいいよ」「あっそ」みたいな会話をしていて、10分くらいして看護婦さんが来て、帰っていった。入れ違いにすぐ、今度はバタバタと別な人が運ばれてきた様子。今日はとにかく混雑しており、処置室もベッドの空きがない、空きがないと医師や看護婦さんたちが右往左往して慌しい。隣には初老のおじさんらしい人が寝かされたようだが、間もなく担当の先生が来たらしく「どうした?」と乱暴に声をかけられている。「腹痛くて…」「いつから?」「二、三日前…」というやり取りが聞こえるが、先生らしき人はかなりぞんざいで、怒ったような詰問口調。おっさん可哀想になと思って聞き耳をたてていると、「酒飲んだろ!?」と医師。「……うん」と小さな声でおっさん。腹を触診しているようで、「肝臓が固いなあ。全くダメって言ってんのにさあ」と医師はかなりご立腹。どうやらアルコールのせいで肝硬変になっちゃったおじさん、医師から酒は厳禁されているのにやっちゃった、というのが真相のようで、それで先生は怒っているらしい。
そんなのを聞いてニヤニヤしていると30分くらい経ち、検査を担当してくれた男性が戻ってきて、「そろそろですね、じゃあまたズボン下ろしてください」と言われて半ケツ。「じゃあはがしますね」と止めてあったガーゼをはがし、「大きい絆創膏みたいなのを貼っておきますが、今日はお風呂に入らず、はがさないようにしてください」と言い、「特に血が止まりにくいとか言われたことあります?」というので「血小板が10万ということですけど…」と言うと「ああ、どうしてもこういう病気ですと正常な血球が足りなくなったりするんですが、10万あれば十分ですよ」と言われる。「じゃあ終わりです、お疲れ様でした」と言われたので、お礼を言って処置室を出る。この段階で12時40分くらいだったが、病院の中はまだまだ人で溢れている。先生がたも大変だろうなあと思いつつ会計へ行き、検査料12000円ちょいを支払って病院を出る。

今日の細胞の結果は来月14日の診察日には判明しているはず。癌の進行がどれくらいか、そこで判るはずだ。
現在70%くらい癌に侵されているはずだが、抹消血への影響がさほど重篤でない状態なのが、自分も不思議に思うところ。進行がないといいのだが…。来年の夏もまたこうして外を自由に歩けているだろうか。今日は気温は30度近いそうだが、湿度がなくて風が吹くと心地よい感じで過ごしやすい。暑いことは暑いが、梅雨があけた気持ちのいい暑さだ。猛暑になるのはもう少し後だろう。こうして季節を自分の肌で感じられるということが、素直に嬉しい。薄着の若い女性が嬌声をあげながら男の腕に自分の腕を絡めて歩いている。玉のように汗をかいた子供たちが数人バラバラと追い越して行く。日よけの傘をかざしながら、お年寄りが二人笑顔で会話している。何気ない光景だが、自分もこういう普通の、当り前の風景の一部かと思うと何となく気持ちもなごむ。

タクシー乗り場からタクシーで買い物がてらお昼を食べようかと思い、志村坂上へいったん向かってもらう。しかし17号が物凄い渋滞。何せ今日は月末晦日の月曜日だ。何とか渋滞を越えたが、マルクの後であんまり歩くのも良くないかと思い、途中で舟渡まで向かってもらうよう変更。交差点で降りて、近くの蕎麦屋が開いてたので入り、冷やしたぬきそばを頼んで食べてから帰宅2時すぎ。
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コメント

つられる方

いやー、自分も…(笑)。蕎麦屋に入ってカレーうどんの匂いがすると「カレーうどん」と頼んでしまう方です。ラーメン特集とかテレビで見るともうダメです。おいしいマグロとか寿司ネタ特集なんかも発狂しそうになります。ってそういう話ではないか。
骨髄穿刺を体験した看護婦さんのページは見たことはありませんが、凄い勇気ですね! 自分がやらなきゃいけなくてもかなり嫌なもんで、出来ればやらずに一生を終えた方がいいものだと思う一つではあります。それなのに自ら必要もないのに進んでとは…。「人の痛み」がわかる人になれとよく言いますが、実体験するというのは出来そうで出来ないことですね。

冷やしたぬきそば

今日の昼食は会社の近くの蕎麦屋で冷やしたぬきそばでした。つられる方です・・・
骨髄穿刺検査、何度見ても痛そうで、辛そうで・・・健康なことのありがたみを感じます・・・が、ある看護婦さんが患者さんの苦痛の具合を「身をもって体験するため」、健康ながらマルクを受けたという体験談のページを見ました。凄いですね・・・健康なのに敢えてというのはプロ意識ここに極まれりというか。自分にはとても出来ないことです・・・・・
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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