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2006-08-21(Mon)

マス・コミックの力に驚嘆 2 

マンガ美術館&スポットガイド

技術評論社

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<前項からつづく>
近年、マンガを優れた文化・表現(や産業)と認め、マンガで町興しを図る自治体も多い。本書で紹介されているものにも、そういった側面はもちろんあるだろう。国や官公庁も、マンガの力を正当に評価し、積極的に支援しようという動きもある。私事ながら、連れ合いが教鞭を執っている京都精華大学には、ついに本年度から日本初の「マンガ学部」が誕生した。官、産、学と、もはやマンガは無視できないものとなったわけだ。
自分はかつてマンガ学会が発足する、アカデミックな場でマンガを教える…という動きに、「マンガは安価で気楽な庶民の娯楽でいい、官界やアカデミー界から支援やお墨付きを得なくとも構わない」と述べた。それは、一つに結局は「マス・コミック」の世界しか取り上げられず、評価もされないことが予想されたこと、一つに役所や学者が絡むとロクなことがないこと、にあった。
マス・コミックは何度も述べているように、マンガにおける「文化、表現、コンテンツ・産業」といった側面のうち、売り上げといった経済的なものも含めたコンテンツ・産業部分、物量=数的な部分で優位性を持っている。簡単に言えば多少表現という側面で難があろうと、マスは力で売ることが出来る。
もっとカンタンに言おう。
要するにクソみたいな作品であろうが、テレビ局、代理店と組み、アニメならジャニーズ事務所や旬のお笑いタレントだのを声優にするとかすれば、ヒットする=数的優位に立つことはカンタンである。マス、ならばだ。
だがそうした恵まれた(?)環境にない、数的にはマスの世界の数百分の一というものであっても、表現という側面において非常に優れたものはたくさんある。そっちの方が多いかも知れない。だが、政や官の側がマンガにも理解があるようなそぶりをみせ、媚びた笑顔で手を差し出してくる対象は、結局は「マス」のものだけだ。むしろ積極的な支援(そのほとんどは金銭的なものとプロモート的な部分だ)が必要なのは、経済的に恵まれた「マス」の影に隠れているものたちだろう。
ここで誤解してもらいたくないのは、「マス・コミック」の全否定ではないということだ。『マンガ美術館&スポットガイド』に紹介されているような「マス」の世界の作品たちの素晴らしさについて、何ら疑問の余地もないし、否定するものもない。そう何度も言っている。
だがマスの世界・業界では「売れないものは存在しないのと同じ」ゆえに「非メジャーには優れたマンガなど存在していない」という乱暴な論理がいまだに根強いことも知っている。そのことに、強い違和感を覚えるのだと言っている。自分は『ガロ』者だから仕方がない。

奇麗事を並べようとも、マンガ家だってそれで食っていくためには、読者のニーズといったものにも配慮しなければならない。勢い編集者の言うことや要望をきかねばクビになる=発表の場さえ与えられないことも知っている。優れた作家は、そういった状況においても、高いレベルで「商売」と「作家性」を両立させられるものである、と思っている。先の「文化、表現、コンテンツ・産業」といった側面を「コンテンツ・産業=物量、経済」と「文化・表現=オリジナリティ、作家性」と分けてみるといいかも知れない。
『ガロ』の場合は後者を圧倒的に重視したために、優れた作家をたくさん輩出した。だがあまりに前者において非力だったため、雑誌として彼らを食べさせることは出来なかった。結果的には優れた才能は発掘した、だが彼らを食わせて行くのはメジャー誌…という関係が生まれ固定化されていったことは事実である。原稿料=金を貰う以上、金を払う側=版元の意向が編集者を通じて作家側へ影響するのは必定だ。そしてその編集者の向こう側にはやっぱり、金を払って本を買う読者がいるのも事実だ。自分の表現を貫き、そのことが結果的に読者を喜ばせる…というのは理想だけど、順番としては読者を喜ばせることが第一に来て、そのためには多少自分がやりたい表現は犠牲にする、ということがどうしても生じてしまう。そのことはマンガ産業の中では基本的なことであり当然のことであり、今さら意義を唱えることではないほど、日常である。

ちなみに、俺が『ガロ』で最後に担当し単行本刊行を持って辞めた作家さんが古屋兎丸氏だ。彼は『ガロ』連載時から確信犯であり、極めて意識的に作品を創り発表し、やがて来るであろうメジャーからのオファーに続くデビュー以降にも明確なビジョンを持っていた、稀有な作家である。その彼が「予定通り」メジャーマンガ誌から連載を貰い、続けていく中で会った際に、こう言っていた。
「『ガロ』では表現に対して制約のない中でどう描くか、がテーマでもありました。でも今は、メジャー誌という制約と要望の多い中でどうやって自分を出すか、どう表現していくかを考えていくのが楽しくて仕方がないんです」
古屋兎丸が天才と呼ばれる所以だろう。だが現実に彼ほどの実力と、高い意識を持っている「作家」は少ない。
だからこそ、仮に文化・芸術とまではいかなくても、一つの優れた表現としてマンガを政・官が認めるのならば、せめて金銭・生活の心配なく好きな表現をさせてやるという暖かな援助が出来ないものだろうか、と思ったわけなのだ。マスの世界で揉まれることを愉しむ余裕のある古屋君のような異才は本当に少ない。(白取チカオ デジタルG・INTERVIEW 古屋兎丸・辛酸なめ子

ただ、とにもかくにも政や官、学がマンガを認めた、そのことは当然であり、いいことだとは思うとする。迫害されるよりはずいぶんいい(笑)。理想は「ほっといてくれること」なのだが。つまり先に「役所や学者が絡むとロクなことがない」と述べたのは、そういったところに棲む人間らは、結局「何が我々が認めるべきマンガであり、何がそうでないか」の線引きを求めてくる。答えないでいれば勝手に頓珍漢な線引きをしたがる。というか、それが彼らの仕事だ。やれ補助金を出すにはこのような規定があるとか、やれ奨学金にはこう…という具合だ。そこで必ず「これは優秀」「これは愚劣」という差別が始まり、お上から「これはよし」とお墨付きを得たものが「優れたマンガ」とみなされる…という事態を懸念した、というわけなのだ。
政や官の硬直ぶり、これはもう直しようがないし何にも彼ら方面には期待していないので、どうでもいい。願わくば規制や頓珍漢なカテゴライズや意味不明の評価などを勝手に持ち込まないで、黙っててくれればそれでいい。あとは「学」である。京都精華大学では世界初の「マンガ学部」立ち上げにあたって、芸術学部内にマンガ学科を設置し数年間の準備期間をおいた。漏れ伝わるところによれば、それでもいまだ、試行錯誤であるそうだ。教師陣の間ではネットを駆使して毎日ディスカッションが行われている。傍らで見ていて、その頻度たるや、想像を絶するものがある。
自分はかつて学校でマンガを教えることに疑問がないわけではなかったが、今では僭越な言い方だけれど「それでいい」と思っている。これほどの情熱を持って教える側が対峙するのであれば、それも日々試行錯誤をしつつも常に動き、感じているということが心強いではないか。
絵画や文学、映画、音楽などの表現を教える場は今、大学からカルチャースクールまで、どこにでもたくさんある。マンガだけが大学教育の現場から排斥されていいということはなかろう。(「専門学校でマンガを教えているところはたくさんあるから、大学での教育は不要」という論法はその意味でナンセンスである)…何より、マンガ学部にはマンガという表現を教えるマンガ学科と同時に編集(プロデュース学科)を教える部分が併設されていることが興味深い。試行錯誤ということも、実は大切なことだろう。決められたシラバスに沿った機械的な教育こそ、マンガという自由な表現には一番不似合いではないかと思うからだ。

ところで、この本『マンガ美術館&スポットガイド』に『長井勝一漫画美術館』は紹介されず、やっぱり良かったのかも知れない。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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