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2006-08-23(Wed)

「ガロ的編集道」って

自分は長井勝一「ガロ」編集長に叩き上げられ、ガロ的な「編集道」で鍛えられた「ガロ者」ではある。んでガロ的な編集道というのは何かというと、

無から作品を生み出す作家の才能というものを尊敬し第一と考えること
編集はあくまでその作品を世の中に送り出すサポーターであり良きアドバイザであること
作品は商業的成功=売れることが望ましいのは言うまでもないが、それを最優先にして作家に強制したり、混乱・疲弊させるのは以ての外であること


従って先にある作品と絵柄や作風が似たようなもの(成功の安易な踏襲)よりは、多少の冒険があっても独創性を評価すること
などなどが、そうであると自分は理解している。

中でも難しいのは、ここで言う出版というあくまで商業出版であるから、どうしても商業的成功つまり売れて欲しいということは作家・編集側共通の願いであるということだ。現実に、多少の稚拙さや冒険みたいなものを容認しつつオリジナリティを最大限に評価していく…ということと、商業的成功が両立していくことは極めて少ない。なぜなら多くの一般読者は「ナニナニのようなもの」を求めがちだし、「売れるパターン」という大手マス・コミック業界が作ったパターンに慣らされている。なので、それまで「見たこともないような」独創性のある作品・画風をすぐに受け入れ、ましてや評価するということは難しいからだ。要するに評価されるまで時間がかかってしまうわけである。

では「ガロ」デビューの異才というのはいつまでも認められないかというと、そうではない。誰にまず評価されるかというと、目の肥えた読者や批評家、そして大手非大手を問わず「漫画読みのプロ」である編集者などからだ。
「漫画読みのプロ」である(べき)編集者は、常に全方位に目を光らせて漫画を漁っている(はず)。どこかに新しい才能はないか、今自分の部署では受け入れられないかも知れないが、いずれきっと世に出すべき原石はないか、鵜の目鷹の目で常に探していると思う。俺は現役時代そうだった。エロ漫画から少女漫画まで、暇さえあれば貪るように読んでいた。余談になるが、読者投稿コーナー『4コマガロ』を始めたのも、半分はここからとんでもない才能が出てこないか、という編集者根性からであった。(もう半分は、読者諸兄からのお便りやハガキに時折沿えられてくるイラストや漫画に、素晴らしいものが多かったので気軽に公開させたいという意識であった=こちらを参照=WEB4コマGARO 歴史と殿堂

けれど、もうずいぶん前にある大手編集者と話していて、自分にとっては当り前だと思うこうした「漫画読みのプロ」として当然のことが、全く思い違いであったことがわかった。彼が言うには、多くの大手版元の編集は、サラリーマン化して分業体制になっており、自分の担当部署の競合誌程度しか読まないし、あとその他で読むのはせいぜい趣味の範囲くらいなのだという。つまり一般の漫画ファン、マニアと呼ばれる人たちよりも、実は漫画を狭い範囲でしか読めていないというのだ。なるほど、それではいつまで経っても似たような作品しか生み出せないし、発掘も出来ないだろう。
サラリーマン化というのは、そういったプロ意識の欠如もあるが、職人的編集者というものも減少させていく。
自分は職人型だと断言する(笑)が、それは貧乏な版元で、原稿発注と催促・入稿、写植指定と張り込みなどといった当り前の実務だけでなく、それこそ紙の発注から版下制作から製版オペーク(解る人は驚くだろう)から、果ては注文受注や品出しや返本整理・断裁、さらには書店周りの営業、取次営業まで、ありとあらゆることを経験した。単に貧乏で一人で何でも出来ないと仕事にならなかったからだけど、お蔭さまで「何でも知ってる、何でもできる」編集者になれたと思う。今でも出版編集のどの部署に放り込まれても、全く混乱せずに仕事が出来る自負はある、だから学校でも教えることが出来た。言ってみれば「編集の職人」であり、叩き上げの誇りを持っている。
サラリーマン編集者の中には、青焼きや刷り出しが半裁で上がってきた場合、張り合わせたり折って校正したりすることが出来ないのがいるそうだ。大手の場合は製版・印刷・製本までがセットとなっていて、大手印刷会社がグロスで全てやってくれる。写植貼りも、アルバイトたちがテキパキとやってくれる専門の部署がある版元も多いから、出来なくても大丈夫という。じゃあ何をやって給料貰ってるのかと疑問に思うほどだが、その分作家と密接に付き合い、指導したりしているんだろう。
別に大手編集者批判をしているのではない、そういった意識までサラリーマン化してしまった「サラリーマン編集者」にそれでいいのかよ、と問うているだけだ。何より、俺にこういった現状を嘆き、憂いている人が大手雑誌編集者なのだから、大手編集者が全てやっつけサラリーマンではないわけだ。ただ、漫画が巨大産業化してしまった今、資本・経済の論理で大きな金とたくさんの人が動くようになって久しいわけで、そんな中で「職人編集者」なんて言ったら鼻で笑われ「いつまでも貧乏やってんじゃねえよ」と言われるだけだろう。まあ俺の場合は正真正銘の「ガロ者」なので、それで結構だけど。
(アニメなんで関係ないかも知れないが、巨額の金が動きたくさんの人が動くようになって堕落した最も解りやすい例が、スタジオジブリだとよく言われる。ただ近年でも「千と千尋…」という質の高い作品を作るために、やはり何かを犠牲にしなければいけないのかも知れない、と思い直した。プロジェクトが巨大になれば、当然巨額のカネが動くし、解りやすい利害関係で動く連中がわんさかたかってくる。「作品」だなんて思わない、漫画もアニメも映画も単なる「商品」としてしか見ることの出来ない人が多く関われば関わるほど、万人が好むつまらぬものになるのだろうし、その状況下で敢えて「作品」を質の高いエンターテインメントに仕上げるのは並大抵のことではない。たいていはつまらないアイドルや旬の芸人やタレントを起用しては失敗に終わる。もっともそれが「マス」ってものだが。)


さて「編集って何だ」って問われることも多い。
「何だ」って聞かれて、「読んで字の如く集めて編むことだ」とジジィみたいなことを言っても説明にはならない。
一定の方針のもとに、いろいろな材料を集めて新聞・雑誌・書物などを作ること。また、その仕事。映画フィルム・録音テープなどを一つの作品にまとめることにもいう。
「―部」「雑誌を―する」「テープを―する」

三省堂提供「大辞林 第二版」より

つまり漫画や出版に限らず、メディアには何にでも「編集」という概念が存在する。ドキュメンタリー映画にも、撮影したフィルムを一つに「編集」したものを見せられているわけで、編集の手=意図や方針、あるいは思想や哲学が入っている。ニュース番組にだってもちろん編集が入っている。「一定の方針のもとに」というのが、それを送り出す側の組織なり個人なりの意図や方針、思想や哲学によるものだろう。
いきなりアレだけど、男子なら誰でも昔あるいは今、自分のエロ本だのエロビデオ(今はDVD)だのを見るだろう。それらの「素材」(笑)を、ある時自分の思い通りに並べ替えたり、色んな素材をくっつけたりしたりする人間が現れる。それが「編集」であり、それをしたことがある人なら編集者になれると思う。いや、本当の話。編集という作業は最初からオタク的なものだ。その対称が好きで好きで仕方がなく、愛すればこそ、自分好みに纏めあげたい。その愛の発露が編集という形で自分を動かすのだ…と、俺はそう思っている。

「ガロ者」の場合は、漫画が好きで、愛しているから、編集したい。そしてその愛すべき作品を生み出す作家は、最高の尊敬の対象だ。全く何もないところから、自分を感動させてくれたり、教えてくれたり、笑わせてくれたり愉しませてくれる作品を、世の中に生み出す人って素晴らしいではないか。
だから、作品を単なる「商品」などとはとても思えない。それは愛のない人間ができることだ。
冒頭に掲げた「ガロ的編集道」というのは勝手に俺がついさっき思っただけのことだけど、根底にあるものは一読者として漫画を愛した時から全く変わっていない。その自分がすうっと自然に「ガロ」の編集に入っていけたのは、そこに漫画への愛を認める「編集道」があったからに他ならない。



前項ご心配は有難いけど。に、一晩でたくさんのコメントをいただいたので、御礼と共に返答します。

■「ガロ」の嫌な死に方 (やまだ 紫)
やまだ紫先生ありがとうございます。私的には自分の連れ合いだけど、公的には自分の尊敬する漫画家であり、業界でも「ガロ」でも大先輩にあたるひとです。97年の事件の際には作家としていち早く、クーデター組が同義的に間違っていることをはっきり実名で指摘したひとでもあります。
彼女とは「性善説」について議論したことがあります。彼女はずっと人は生れ落ちた瞬間に悪であるはずがない、という「性善説」をとっていました。対して俺は「性悪説」で、そんな甘いことを言ってると寝首をかかれると言っていましたね。もう20年も前の話です。
あれから十数年経って、彼女が「性善説」を信じたいのに、裏切られる事件が起きたのです。
つい最近、彼女は対人関係が広がったことによって、年齢はほぼ同じながら、同じ漫画家の一人にひどく無礼な振る舞いを受け、その後はさんざんな嫌がらせや言われのない中傷までされて傷つけられた経験があります。ますます「性善説」がぐらついたのです。
連れ合いだから言うのではなく、以前声のデカい奴ほどよく喋るでも書いたように、やまだ先生は誰もが「真面目」で「穏やか」な人だと評する人物です。だからたびたび人に騙されたり、裏切られたりもします。そんな「善人」を騙す「悪人」がいる、つまり人間には二つのタイプがあると考えれば、人間は「性悪」な奴も「性善」な人もいるのかな、と考えてしまいますね。
それにしても、本当に『ガロ』は嫌な「死に方」をしたものです。

■なんといっていいか・・・ (龍騎)
いつもどうもです。
当時、たくさんの人が真相を知って「ただちに告訴すべき」と言ってくれました。もちろん俺は当事者ではないので、青林堂社長であったYさん、後継者になったFさんの判断に任せるしかなかったわけですが、この経過も「ガロ編集部総辞職(クーデター)事件」(白取特急★編集長日記/ガロ編集部総辞職事件顛末日誌に詳細公開しているように、確かに「裁判で争えた状況じゃなかったよなあ」でしたね(笑)。
よろしければ日本のサブカルチャーを考えるもご覧ください。

■なんだかつらいです (たまこ)
コメントありがとうございます。
Y社長、と書きましたがもちろん山中社長、ですね(笑)。この山中さんに全てを押し付けて、山中ガロを全否定する向きもあるんですが、それは全く的外れで容認できないことですよね。俺しかいないので何度でも繰り返しますが、山中体制の功績は倒産寸前のガロ・青林堂を経済的に救っただけではなく、間違いなく「ガロ」の部数を「特集導入・名作劇場導入・サブカルチャー情報誌化路線」によって3倍にまで回復させたこともあります。こうした部分と、皆の反対を押し切って映画を撮ったことや、『デジタルガロ』の部数を大幅に増やしたことなどで相殺させるというのは乱暴な論理でしょう。つまりは是々非々で評価せねばならないというのが俺の一貫した姿勢なんですけど、世の中にはそれさえ気に入らないという勢力があるんですよね。
いずれにしても、「山中ガロ」が好きだった、あそこから「ガロ」を知り遡った…という人もたくさん、いるわけです。その意味でも90年代ガロはキチッと評価されるべきだと思います。

■私は (しげ)
コメントありがとうございます。
>現実に「ガロ」亡き後は「アックス」がその世界を継承しているわけですし、あそこ以外には確かにできませんからね
その通りだと思います。自分は是々非々の立場ですから(笑)、これも何度も表明している通り、「アックス」青林工藝舎は、「ガロ」の作家を使い、以前の「ガロ」的なことを続けていますから、「ガロ」的世界の継承と言えるでしょうね。それに、実際いい作家を発掘してるし、いい本もちゃんと出してると思いますよ。読者の方々は、結果はともかくいい漫画が読める、作家さんたちは作品の発表の場がある、それでいいんだと思います。
ただ同義的に、被害を受けた人間は、決してその出発点を忘れるわけにはいきませんが。

■Unknown (Unknown)
>いまの若い人はそもそもガロなんて知らないし、ましてや何でなくなったかにも興味なんかないとおもうが。いつまでもグジグジ言わない方がいいとおもうよ。
えーと、こういう無礼なコメントはサクッと削除してるんですが、脈絡が合わなくなるので掲載。下の方のUnknown氏の回答が全くその通りと思うので、そういうことで。


■ていうか (YY)
コメントありがとうございます。
「いつまでも言う人間」がいないと、あの事件が「どっちもどっち」だの、果ては美談であったかのような総括をされてしまいます。俺が生き証人として存在している限りは、嘘は嘘だと言い続けないとならないのです。それに彼らの同義的な責任は謝罪や保障がない限りは消えないのです。

■Unknown (Unknown)
>いまの若い人はそもそもガロなんて知らないし、ましてや何でなくなったかにも興味なんかないとおもう
その通り。

>いつまでもグジグジ言わない方がいいとおもうよ
そんなこというと犯罪者の自己弁護や自己保身のための嘘が「事実」として「歴史」になってしまうよ。この件に限らずいつまでもグジグジと拘泥する人間が必要なんだ、たとえ一人でもさ。

お見事、その通り(笑)。何ら付け足すことも訂正することもありません。



…というわけですが、メールなんかもけっこういただきました。おそらくクーデター組シンパでしょう、「とっとと氏ね」もありましたが、残念ながら俺はまだ生きてますね。
「あたしはアックス大好き。どんなにあなたが非難しても、あたしは読み続けると思う」
というメールをくれたAさん。
俺は「あんな雑誌読むな」なんて一度も言ってませんよ。俺はそんな偏狭な人間じゃないつもりです、だいたい是々非々だし。よく芸能人にもスポーツ選手にも「●●が好きだ、だから全てを肯定し赦す」という盲目的なファンがいますが、そいつの勝手だと思う反面、自分にはそういうのは無理だなあと思いますね。あ、水木しげる原理主義者なので水木先生は何をなさっても言われても、児玉清のように元気良く「その通〜り!!」と答えてしまう反射神経はありますが。

「長井未亡人である香田さんがアックスにはいるではないか。白取側には誰がいるんですか?」
というメールをくれたR/Kさん。
こりゃまた直裁な物言いですね。香田さんがなぜ向こうへ行ったのか? クーデター組と行動を共にしたのか? それは確かによく問われることです。
一度、事件の後電話でお話したことがあります。香田さんとは入社以来ずっと同じ部屋で机を並べて仕事をさせていただいていたわけなので、お人柄もよく存じ上げております。香田さんはその際「あたしは何だかワケ解らないうちに、周りでTさんとかがバタバタし始めて、ただ言うとおりにしていただけ」と話しておられました。
それが本当か嘘かは、どうでもいいことでしょう。その答えと、行動という結果で充分ではありませんか。



いずれにせよ、俺が愛した「ガロ」はもうありません。跡形もありません。
自分としては、せめて生きているうちに「ガロ的編集道」をどうにかして漫画や編集を愛する多くの人に伝えたいな、という希望はあります。ただ「多くの人」だと、曲解する者、悪意あるバカなどが入ってくるので、あくまでも「漫画や編集を愛する多くの人」としました。でもそういう場に立つことは難しい状況ですね。
俺がいなくなれと願う連中に対して「死んでたまるか」をモチベーションに、それを目指そう。
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皆さんありがとうございます

たくさんコメントと、メールもいただきました。2割くらいは嫌がらせというか、アックスのファンかあるいは当事者からか(笑)、非常に不愉快なものでした。ここにも多数、そういう連中からの誹謗中傷がありましたが、削除しています。
個別の返答は置いておきますが、皆さんの思いはキチッと読ませていただきました。ありがとうございます。

一つだけ。
ローリングクレイドルさん、北海道のまりさん(今回ということではなく、常々)他の皆さんのように、送り手の側であった自分とは違う、受け手としての『ガロ』への思い、よぉおぉく解ります。
末期『ガロ』で情報欄や読者欄をずっと担当していた者として、受け手の側にいた自分ですが、読者の側に極めて近いところにいたと自負しています。
何より自分も『ガロ』の大ファンでしたからね。
それゆえに、大好きな『ガロ』を惨殺した連中を赦せないと思う、つまり身内や愛する者を奪われた犯罪被害者の気持ちは、一生消えないと思います。

荒らしがひどいので、これでコメントは締め切りとさせていただきます。

一読者として

私も一読者としての意見で書かせていただきます。そして一読者だからこそ、どうでもいいとは言えない部分が残ります。無礼を承知で言ってしまえば、工藝舎の方たちが社会的とか道徳的にどうというのは、さほど興味がないです。それは業界の中の方たちの問題で、読者はそこまで立ち入って考えるべきでないし、その必要もないと思います。

ただ、誰一人納得できない形で、突然「ガロ」という聖域を奪れたことは、「ガロ」を病的に愛した読者にとって、どんなに悲しかったかということです。既にただの雑誌ではなかったのです。こんな勝手な思い込みは、「ガロ」を知らない世代には理解できないかも知れないし、知っている世代にとっても少数かも知れませんが、「ガロ」を精神病院のようにして、心を救ってもらった人間がそれなりにいたんです。そして、末期「ガロ」はそれがある程度の価値を占めていたはずです。
こっちに作りましたからって言われても、そこは「ガロ」じゃないんです。ちょっと嫌な言い方ですが、「ガロ」を作っていた編集者だからといって、代わりが作れる存在ではないのです。
それほどの唯一無二の存在を、やまだ先生の言葉を借りれば無残に殺したことが、許せないと思っている一読者もいるのです。

うーん

個人的には、もう事件のことは、どうでもいいと思う。
どうでもよくない人がいても、いいとも思う。
ただし、事件を起こした人たちはどうでもいいと言ってはいけないだろう。
白取氏が常々述べているように、それでは元ヤン、元族が
「俺も昔は悪かったけどなァ」
といって過去のあやまちを自分でゆるして、曖昧に済ませている連中と変わりないと思う。
そんな連中がいても、まあ別にどうでもいいとも思うけど。

ぼくらは読者でしかない。
いい本が読めれば、それを誰がつくってどこから出るということは、あんまり意識しないものだし。

ガロ

読んだことない世代でーす
でも熱いキモチは伝わってますよぉ!
それよりお体健康に気よつけてくだサイ★

すいません

なんか丁寧にレスをいただくことで、お手間をおかけしてるようで。。。
それにしても。。。白取さんの「生き様」は多くの人の心に残りますね、きっと。僕もその証人のひとりですし。。。

「アックス」、というか工藝舎は確かにいい本をたくさん出していますね。読者としてはそれを楽しむ。それでいいんじゃないかとは思います。
「ガロ」的な世界の継承も、今後は人の道に外れること二度となく、やっていってもらいたい。真摯に漫画と、人間とも向き合ってもらいたいです。
事件直後に出された、あの醜い「言い訳」と「嘘を隠すための嘘」はもう見たくない。

Unknown

熱い内容、拝見しました。誹謗中傷される事も多いと思います。病気の事を知っているのか酷い書き込み、信じられませんし言葉の暴力ってホントつらいものですから。サクッと削除できるあたり大人だなと感服いたします。
白取さんの熱い「ガロ的編集道」をもっと多くの人に知ってほしいですね。
4コマガロほんと懐かしいな。白取さんの描いた?谷田部編集長の絵とかかわいらしくて好きでしたよ。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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