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2006-10-17(Tue)

連れと皮膚科へ行く

10月16日(月)
10時過ぎに起床。また解体工事の騒音責め。天気は良く、気温は少し涼しかった昨日と違って夏日になるという予想。朝はトースト、目玉焼き、ベーコン炒め、サラダ菜、唐揚1個、コーンスープ。連れの赤い発疹は相変わらずで、今日は顔にも相当目立って出てきた。何か変な病気じゃなければいいのだが。連れはかかりつけのクリニックへ行くといって2時前に出かけていった。戻ってきて、主治医は今日はおらず、別な医師にとにかく一度皮膚科へ行くようにと紹介状を貰ったから明日行くことにしたという。

10月17日(火)
9時半ころ起きて、ベーコンと目玉焼き、トーストとアイスコーヒー、あとバナナを半分ずつという朝食。連れ合いは昨日主治医とは別の女医さんに赤い発疹を見せるとアレルギーか薬剤のせいか解らないので、板橋中央総合病院の皮膚科へ行けと紹介状を渡された。今日電話すると午後もやっているというので、行くことにする。
2時過ぎに出て17号のバス停でタクシーに乗り、志村坂上まで5分ちょっと。本院の受付へいくと皮膚科なら分院へ行けというので、病院の中を通って「セントラルクリニック」という別棟の分院へ行く。こちらは新しいようで、綺麗なところだ。受付へ連れが紹介状がある旨告げると、用紙に名前など書かされ、皮膚科は4階だから上へ行けというので二人で上がる。そこで受付をして待つのだが、とにかくここからが待てど暮らせど名前が呼ばれない。後から来た患者が次々に呼ばれていく中、1時間以上経ってようやく呼ばれた。精神衛生上極めてよろしくない。
連れ合いは診察室に入ると10分足らずで出てきて、どうやら薬剤アレルギーだということ。なので、今もらってる薬をとにかく一旦はインスリン以外やめて、手紙を書くので薬を変えてもらえということ。とりあえず軟膏薬を出すからそれを塗れ、そしてあさって様子を見せに来いという。んでその手紙を書くから待てということで、またそこから待たされることに。
そのうち仕事の電話の着信が俺に何度も入っているのに気付いたので、一人で外に降りて電話。どうやらデータの表示に問題があるとかで、帰ってから作業をせねばならなくなった。もう降りてくるだろうとそのまま1階で待ってると、10分くらい待たされてようやく連れ合いが降りてきた。会計して、やれやれ腹も減ったからラーメンでも食いに行こう、という段になって、次の予約つまりあさって見せに来いと言われた分の予約をしたかと聞くと「して来なかった」というので、それじゃまた待たされるじゃんといって予約をしに上へ行かせる。それをまた5分以上待ち、降りてきたのでラーメン屋方面へ歩き始めると、そういえば薬を出すからといってたので処方箋はと聞くと、貰ってないという。じゃああさって様子見せにいってもしょうがないじゃんということで、引き返そうという。ていうかうっかりしすぎだろう。しかしここは腹減ったからラーメン食べてからにしようということにな全くやれやれ。
ラーメン屋で醤油ラーメンと餃子を食べてからまた病院へ処方箋を貰いに戻るともう5時ころになっていた。また10分ほど下で待ち、降りてきて処方箋代200いくら取られ、向かいの調剤薬局へ。ここで15分くらい待たされて塗り薬を貰って、買い物をするのでスーパーへ向かう。もう陽が落ちてきていて、午後がほとんどこれで潰れた。スーパーで納豆やら夜食やら野菜などを買い帰宅。すぐに俺は修正仕事。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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