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2006-10-26(Thu)

新庄涙の日本一

10月26日(木)
夕べは11時過ぎに連れ合いが京都から戻り、地デジやハイビジョン映像を見せると、アナログとの画質の違いにビックリ。もちろんハイビジョン対応のモニタではないから凄さを完全に体感は出来ないのだが、今のブラウン管モニタであっても、じゅうぶんに違いが解る凄さだ。その後京都は紅葉観光でこれから凄いことになるので、再来週は公募入試があり一週間行き詰めになるから宿を手配しないと…というので探してみる。だがネットでいくら探しても、ぶっ通しでは見つからず、結局中日の9日で分けて前半のホテルは取れたが、後半の入試と合否判定の日の分が週末にかかるために取れず、あとは大学の入試課に頼もうということで、2時半ころ寝た。
布団に入るとすぐに腹痛がしたので、トイレで大を出すが、その後一向に苦しさがおさまらず、動悸がかなり強くして往生。胃の辺りがズキンズキンとするもので、久々の胃痛だ。といっても寝られないほどではないので、とにかく寝よう、寝て起きれば治っていると思い、目を瞑る。うとうとしては目が覚めを繰り返し、朝8時に騒音が始まるころには痛みが消えていたので安心、その後は何度も夢を見ては起きたりを繰り返し、11時過ぎに起きた。
連れもちょっと前に起きていた様子で、すぐに朝食の支度。目玉焼き、ベーコン、ピーマン炒め、レタス、あと昨日買ってもらったウインナドックとアイスコーヒー。その後テレビを見て転がるが、連れ合いが毛布かぶってソファでうとうとしかけた頃、こちらは便意でトイレへ。大量に便が出るが、やはり肉ばかり食べてたせいで腹痛がしたのだろうか。ベリチームを肉食後には必ず飲むようにしているが、それでも胃痛がしたのだから、もし飲んでなかったらまた前のような強い胃痛で吐いたりしたかも知れない。
今日はうす曇。昼は食べず、録画しておいたお笑い番組や古寺巡礼などを夕方まで見て、夕飯はご飯炊いて納豆、ざる豆腐、もずく味噌汁、キムチ、白菜漬けなどで食べた。

その後は日ハム対中日の日本シリーズ5戦目、日ハムが4−1で見事に4連勝で日本一、地元北海道で決めた。新庄は試合中から泣いていた。最後の打席はフルスイングで三振、その表、9回の守備でも泣いていた。最後の飛球がレフトの森本ひちょりのグラブに飛び込むと、ひちょりはそのまま新庄の元へ駆け寄り、しっかりと抱き合った。マウンドまでなかなか行けない新庄を、選手一同が外野まで歩いて迎え、そして胴上げは新庄からだった。今年は小笠原が「日本一になってツーさん(新庄)を胴上げする」と公約していたが、チームはそれほど目ざましい強さを見せていたわけではなかった。それが、夏に新庄が突然の引退宣言をして以降、信じられないような快進撃が始まった。今期の日本一は、間違いなく新庄のおかげだと言っていい。日ハムファンは今期限りで引退をしてしまう新庄に感謝するべきだし、今後も彼の功績を忘れてはいけないと思う。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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