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2006-11-07(Tue)

一足早い大掃除

11月7日(火)
今日は連れ合いも京都だしと一念発起して、仕事机の後ろの棚の片付けを始める。棚といっても奥行きが1mほど、幅は2m・高さ180cmくらいというガッシリした事務用の本格的なスチール棚だ。この棚を背中に、これまたがっちりした両袖の事務用机と片袖分の同じ高さの引き出しだけの棚を仕事机として使っている。背後の大きな棚は引っ越して以来ほぼ手をつけていなかったから、手前はともかく奥の箱などは7年くらい開けてないと思う。一番上の段から本などを整理し、不要なソフトの箱や雑誌類は捨てる。2段目はCDなどがギッシリ入っている段だが、手前のCDを一旦どけてその奥の箱などを見てはいらんものをゴミ袋へ片端から放り込み、CDは3つのダンボール箱に詰め直してから再び棚に収める。3段目と4段目は手こずり、暫定的に軽く片付けただけ。棚の手前の本や書類の奥になっているダンボール箱の中身を見ては不要なものは捨て、どうしようもないコミックは古本屋に売るべく箱に詰め、売れもしない雑誌類は運び出して居は間で「しめしめ」を使って縛る。この繰り返し。なぜ俺は5年も前の日経パソコンや、フォトショップのバージョン4の解説本などを捨てずに保存しておいたのだろう。今になるとほとんど謎である。1年経てばパソコンやIT関連の情報は陳腐化するというのに。あと大量にあったカセット類も、もう聞くこともないものは思い切って大量に捨てる。これらは数にすると数百、中学時代にオーディオセットで慎重にLPを録音したものや、FMから「エアチェック」したものも含まれていて、かなり迷ったのだが、10数年聞いてないということは今後も聞かないのだろう。それに今は聞きたければその曲だけをダウンロードして買ったりも出来る。俺はモノを捨てられない人だったが、これほどとは自分でも呆れ返った次第。
一段落ごとに台車で大量のゴミと一緒に、縛った本をマンション下のゴミ置き場へ出しに行く。軍手とマスク着用、頭はいわゆるタオラー状態。だがなぜか上下はパジャマ。1階に降りると顔見知りの小学生の女の子が不審者を見るような目でこちらを見たので、「こんにちは」と言うと「こ、こんにちは」と怯えたように応えて、部屋へ消えて行った。さすがにクタクタになり、夕方いったん休止して、なくなった野菜スープを作りはじめる。朝はサラダがなければ野菜スープが欠かせない。ここ1年ほどは、これまでの人生で一番野菜を食べていると思う。癌を患って健康の大切さを知る愚かさである。
その後ご飯を炊き、6時過ぎにキャベツとピーマン、豚肉で肉野菜炒めを作りキムチでもりもり食った。この炒めものに関しては完全に習得したと我ながら関心するうまさ(笑)。これよりまずい中華屋って東京にはゴロゴロあるよなー、と思いつつ満腹。連れ合いは6時過ぎに大学での授業が終わったとメールがあったが、夜になって余りの寒さにデパートでコートを買ったそうだ。食後の一服(といってももちろんタバコではなく、本当の一休み)をした後片付けを再開。後ろの棚は半分ほど片付けた感じだが、本当はこの棚の隣の窓際、つまり棚に向かって左脇に無造作に積み放しになり7箱分の高さになったダンボール箱を全部一回開けて確認・整理したいのだが、この箱一つのあまりの重さにびっくり。一番上の箱を椅子の上に載って降ろそうとするが、腕力で支えきれず、腰がくだけそうになる。前はこんなものをよく軽々と持ち上げていたもんだと感心。ていうか俺の体力が落ちているのだな。「ガロ」時代は120冊のコミックを背負って神保町から飯田町にあった日販の店売まで行ったこともあったのになあ。とにかく必死で降ろした上の2つを開けてみて、ちょっと不要なものを捨てたりしたが、そこから下はもう手をつけられなかった。もう夜中になっていたし、一旦ソファに転がって休むともう続ける体力がなく、そのままうとうと。気がつくと3時過ぎだった。それにしても疲れてへとへと。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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