--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2006-12-04(Mon)

今年最後の診察日

12月4日(月)

夕べは2時ころ寝た。今朝はフと気付くと脇に丸くなって一緒に寝ていたシマがおらず、隣を見ると連れが先に起きて支度しているようだった。枕元の携帯を見ると6時半前、携帯のアラームは6時45分にかけておいたから早く目が覚めたのだろう。今日からまた連れは京都へ出勤。俺は8時半に病院の日なので、そのまま携帯のアラームが鳴るまでウトウトしてから起きる。連れ合いはテキパキと支度をすると7時20分ころ、出かけていった。こちらはその後8時ころまでテレビを見てから出る。
今日は予報通り寒いが、まだまだこんなもんじゃ道産子としては寒い寒いとはいえない程度。しかし寒い。よく考えたら東京暮らしの方がとうに北海道時代を追い越していた。幸いタクシーがすぐに通りかかったので乗せてもらい、病院へ向かう。混むのは環八が開通してからは東坂下高島通り〜環八間、それから志村坂上〜環七まで。なので様子を見るが、渋滞は渋滞だがいつもの通りなので17号〜豊島病院前ルートで行くよう頼む。幸いひどい渋滞ではなく、病院へ着くと8時40分ころ。
すぐ内科受付で連絡票受け取り〜採血。本当は今日8時半採血予約だったが間に合わなかった。だが順番は13番、お婆さんが一人待っていたがすぐ呼ばれ、俺もジャケットとマフラーを脱いでいると椅子にかける間もなくすぐに呼ばれた。今日は通常通り2本採血。ブスリと静脈に針が刺さり、ターッと試験管の中に流れ込んでいく一部始終をじーっと見る。終わるとそのまま放射線受付へ、今度は12番で胸部レントゲン。小寒い廊下の長椅子で5分ほど待つ。季節がらゲホゲホと咳き込んでいる人もチラホラ、頼むからマスクをしろと言いたくなる。こちらは完全武装しているが、あちらこちらにウィルスを巻き散らかしているという意識ゼロのご様子、見れば立派な年齢でそれなりの身なりもされている年配の紳士が口を開けたまま右や左を向きつつ当り前のように咳をしている。こういう人に限って若いモンの礼儀がどうとかマナーがどうとか抜かすんだよな。なーんて考えていると2人ほど出入りがあった後に呼ばれて、上半身裸になって胸部正面と側面からの2枚を撮影。縦隔の腫瘍の大きさを見るのだ。終わって受付側へ周り、5分ほど待って即現扱いで上がったフィルムを受け取り、連絡票と一緒に内科のナースに渡して終わり。終わり、ではないか。これから本チャンの診察待ち。10時からなので小一時間あるので、ロビーの椅子で座って待つ。腹が減ってきたので販売機でカップのインスタントコーヒーを買ってしのぐが、これがまたマズいこと(笑)。最近水出しコーヒーを毎日飲んでいるのに慣れてしまい、インスタントをたまに飲むとあまりの落差に驚く。しかしコーヒーとは別の飲み物だと思えば暖かくて甘くてこれはこれでうまい。携帯のアナログTVでワイドショーを見たりしつつ時間を潰し、10時5分前に内科診察室前へ移動。時間ちょうどに名前が呼ばれてU先生の診察室へ入る。

「お変わりないですか?」といういつもの問いに「ええ、全然…」と苦笑しつつ応える。先生も笑いながら「血液の結果を見ると、『でしょうね』としか言えないですよねえ」とのこと。今回は白血球数が1500、好中球数が合計51.8%なので単純計算で777、血小板数も11万3千、貧血の度合いも成人男子としては低いが低い異常値の上限の方。もっとも白血球数などの100やそこらはもちろん誤差の範囲で、この程度の上下は変化なしと見る。レントゲンで見た縦隔の腫瘍も大きさに変化なく、気道の圧迫も水もなし。先生の所見も「変わりなし」とのこと。ホッと一安心。触診もしていただき、その際に「去年の入院のタイミングだと急にガクッと来た印象があったんですけど、ひょっとしたら数年かけてこうなってきた可能性もありますね。無理して治療に入ると副作用で亡くなる場合もあるから、こういう進行がゆっくりな場合は慎重な方がいいと思うんですよ」と言われる。うーん何とかこのまま気力で治せねえかなあと思うが、まあ癌細胞が現実にこれだけ増えていれば今の状態が、進行がないことが奇跡だと思うしかなかろう。
先生は次回を年内だと25日、次は年明け15日になっちゃうけどどうします、と聞くので「どちらでも…」と応える。二人でしばらくモニタとカレンダを見ながら「どうしましょう」「どちらでも」「どちらがいいですか」「先生のご都合は」「わたしもどちらでもいいんですけど」と不毛なやり取りを繰り返し、俺が「じゃあ15日で」と言って決着。何か気分的に12月25日に病院って嫌な感じがしないでもなかったもんで。でも先生はその日も普通に外来を見て病棟も入ってるというから、病院や医師にクリスマスもヘチマもないんだろうなあ。今回はベリチーム(消化剤)も余っているので不要と伝え、「よいお年を」といって診察室を出る。
地下で会計をすると3000円ちょい。連れ合いとお袋に変化なかったとメールで伝え、タクシーで池袋へ行く。東急ハンズの7階で皮の財布をじっくりいろいろ見た後、結局上品なグレーと緑の組み合わせの皮のチェーン付き札入れを買った。今使ってるのは新品だが安物の合皮で、カード入れ部分の透明窓のところがぱっくりと取れてしまった。安物買いの銭失いとはこのことだ。やっぱ財布はそれなりにいいもの使わないとなあと反省。それから西武の地下で明日からの朝用のパン、昼飯と夕飯用に弁当を買い、タクシーで帰宅3時半ころ。早いうちは池袋もそれほど混雑しておらず、とっとと帰ってくるに限る。
それにしても俺が今こうしてほぼ普通に生活をしていること自体が、大げさに言えば生きていることが奇跡だと思えば、奇跡ついでに癌が消えることもあるかも知らん…なんて虫のいいことを考える。そんなことはないのかも知れない、というかないのが普通なんだろうが、ともかく、今現実に「こうしていること」を素直に喜びたい。
スポンサーサイト
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

広告
アフィリエイト・SEO対策
検索フォーム
プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

シンプルアーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。