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2006-12-20(Wed)

カンニング竹山の相方・中島が死去

 急性リンパ球性白血病のため闘病を続けていたお笑いコンビ「カンニング」の中島忠幸さんが20日午前11時46分、死去した。35歳だった。中島さんは、04年末に体調を崩して入院。06年夏ごろは骨髄移植の手術を行い、その後、一時は退院して自宅からの通院で治療を続けていた。中島とのコンビ復活を心底臨んでいた相方・竹山隆範(35)の懸命なサポートも実らず、ついに帰らぬ人となった。(スポーツ報知)
…今日は自分が親しんでいた人の訃報が相次ぎ、京都に出勤中の連れにも「青島幸男が死んだって!」とか「岸田今日子も死んでたんだって!」とメールしたりしてたのだが、夜になってまた訃報を目にしてしまった。
カンニングというコンビは確か日テレの『エンタの神様』で初めて見たのかな、中島の方は竹山のキレ芸に対する抑制役と思ってたら、ステージ上で逆切れして見せたこともあって、いいコンビだと思ってたらすぐに入院してしまった。その後の竹山はピンで売れていくわけだが、彼自身はすぐに「キレ芸は芸風で本当は腰が低くイイ人」とかバラされたりして、肝心の「お笑い」という部分でブレイクしたわけでは決してない。実際テレ朝の『笑いの金メダル』で時折見せる竹山の本業であるべき「お笑い」は悲しいほど芸に乏しく、寒い。
それだけに相方が復帰しての、コンビとしての「カンニング」がどうお笑いをこれから構築していくか、自分と似たような血液の病気だっただけにひそかに応援していたのだが。まだ35歳とはさぞかし無念だったろう。骨髄移植をし、一時は寛解して通院で経過観察までいったのに、再発したのか予後がよほど悪かったのだろう。骨髄移植はその前の抗癌剤投与も骨髄抑制期間中も、その予後も、本当に大変な治療だ。自分はその寸前まで行っただけだけど、映画『セカチュウ』(無菌室というものを理解してないのでは?)みたいな呑気な世界ではないだろう。ご冥福をお祈りします。
血液の癌というと、青島前都知事…というかこの人が前の都知事だったことを久しぶりに思い出したくらい忘れていたが、死因は骨髄異形成症候群、だったそうだ。これはよく前白血病段階とかいわれる、やはり血液の癌の広い定義の中に入るようなものだろうが、とにかく目に見える悪性腫瘍とちがって血液、血球の腫瘍というものはまだまだ解らないことだらけだという。それだけに先端医療の研究対象にもなっていて、日々発症のメカニズムなり治療法なりの研究が進んでいる。だが今、この瞬間に命の危機にあるような患者さんたちの場合はその成果を待つわけにはいかず、こうして亡くなっていくわけだ。タイミング、というと軽いような気もするけど、そういうものも確かにあると思う。俺はどうだろう。俺の病気は果たして俺の命あるうちに、治療法なり新薬なりの開発ができるのだろうか。

そういえばこのブログのコメントを遮断してから、以前よくコメントやメールをくれた人たちとは文通(笑)のようなものが続いている人もいるのだけど、北海道のマリさんのおじさんは、ずいぶん前に再生不良性貧血で亡くなられたそうだ。もし発病が10年、いや5年遅かったら、きっと今も病気と付き合いながらでも生きていたと思う、ということだ。
タイミング、というものは「運」という言葉に置き換えてもいいと思う。
先日自分の母親のことを書いたけど、書いていてさだまさしの歌のフレーズを思い出した。
「運がいいとか 悪いとか 人はときどき口にするけど そういうことって 確かにあると あなたを見てて そう思う」(無縁坂)
俺の場合は健康診断で病気が見つかり、トントン拍子で癌が確定し、抗癌剤投与寸前まで行き、虫歯がきっかけで治療が延期になっている間に癌のタイプが当初想定していたものと違うことが判明し、治療が中断した。そしてもう1年ちょっと経つ。今のところ、タイミングというか運はあるようだ、なぜなら俺は今生きているから。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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