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2006-12-22(Fri)

ホリエモンに懲役4年の求刑

最近よくメールでやりとりをしている龍騎さんから「以前からブログでも触れておられた、ホリエモンについてどう思います?」というメール。
さっきニュースで証券取引法違反の罪に問われているライブドア前社長・堀江貴文被告の論告求刑公判が行われた…とやっていた。
検察側は「多数の投資家を欺き、証券市場に混乱を引き起こした責任は重大。刑事責任を逃れるため、虚偽の弁解に終始し、全く反省していない」とホリエモンを厳しく断罪、求刑は「懲役4年」。
罰則はこの法律だと「10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金」、なので求刑がことさら厳しいものなのかどうかは解らないけれども、検察側の「堀江憎し」的な雰囲気は公判のたびにメディアによって伝えられてくる。もちろん個人的に憎いわけはなかろうが、どうもホリエモンの公判中の「態度の悪さ」が心象を害している…それは裁判官のも…ような気がする。
前にホリエモンのことをここに書いたけど、
2005年2月に「抵抗勢力」による「堀江叩き」の構図
では新しいかたちの経営者として突出してきた堀江という人間を、大人たちが快く思っていない、最初に堀江憎し・堀江叩きがあって袋叩きにしようとしていることに対して、おかしいと言った。別に堀江個人をことさらに持ち上げた覚えもないし、実際そんなことも言っていないはず。つづいて
2005年4月の「平成ホリエモン事件」文芸春秋5月号
で、一連のニッポン放送株・フジテレビ関連の事件の総括について、ようやく冷静な論評が見られるようになったことを報告した。
彼については個人的に好き嫌いはない、やっていることも是々非々で冷静に見るべき、その上で彼が汚いことをしたら叩けばいい、とはっきりと言ったはず。
そうしたら、
2006年2月ホリエモン事件の光と影---ライブドア堀江貴文元社長逮捕関連
で述べたように、彼が「汚いこと」を「どうやらやっていたらしい」ことが判明してこうした逮捕劇となったわけで、それは前に宣言した通りそのことについて叩く=批判することは当然のこと。
こんな子どもでもわかるような流れについて、俺に「一度持ち上げたホリエモンを手のひらを返して叩く」と批判してきた頭の悪い人がいたが、まあちゃんとずっと読んでくれている人たちは失笑していたので俺もサクッとコメント削除して微笑するにとどめました(笑)。
さて一番最初にここで堀江前社長に触れた記事は、実は2005年2月ライブドア社長日記である。そんなんどうでもいいんだけど、ここでは彼がレギュラー出演していたCX「平成教育2005予備校」で彼の出演部分がカットされていたことに対して、オイオイフジさん、それは過剰反応では? と思ったわけです。ホリエモンがタレント気取りでブイブイ言わせていたことの是非とか好き嫌いの感情はともかく、誰であろうと利用できるときは徹底的に利用、尻の毛までむしり取って不要になったり、そいつがちょっと反抗したりでもしようものならアッサリとポイ棄てする…というテレビに代表されるマスメディアの体質が浮き彫りになったという話。
昨日の福澤サンの件でも思ったけど、つくづくテレビって因果を背負った者じゃないとホイホイ出るもんじゃないよ。出ることによって因果を背負い込むことにもなるから、そこら辺の自覚がないまま踊ってると、まあ●●とか●●みたいな末路が待ってるわけで。出る杭は打たれるとよく言うけど、「ほどほどの出具合」をわきまえ、うまくスイスイと泳いでいく賢さと自覚がないと、テレビで長く活躍することは難しい。あ、巨大事務所にガッチリ守られてるから安心と思ってるアホタレ共も同じだ、ジャニーズ事務所のタレントの末路見れば解る(笑)。
無罪を主張し続けているホリエモンだが、公判は来年1月26日の最終弁論で結審するそうだ。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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