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2007-01-11(Thu)

京都で発熱

1月11日(木)

京都のホテルにいた。
前の晩は風呂に入った後、夫婦二人でテレビを見て、1時半ころには俺だけ先に寝てしまった。ここまでは何の異常もなかったのに、この日の朝方8時ころ目が覚めると、どうも気持ちが悪い。部屋の中が弱くつけていた暖房のせいで乾燥していたので、連れ合いを起こさないようにそっと冷蔵庫からペットボトルを取り出して水をコップ一杯飲むが、たちまち気持ち悪くなる。しばらくムカムカしていたが、便意もあったのでトイレへ行くと下痢ぎみ。出てしばらくするとまたムカムカする。再びトイレへ、今度は水のような下痢だ。さらに始末を終えて立ち上がると激しいムカつきがあり、結局嘔吐してしまった。胃がよじれるかというような嘔吐を終えて、ひいひい言いながらトイレから出て、一旦寝る。10時前くらいになってまた起きるが、やはり水のような下痢が2回、連れ合いも起きて「大丈夫?」というが、そのうちまた激しく嘔吐。最後は緑色ぽい胆汁が出た。これでほぼ胃の中はカラになったが、腹に鈍痛がするし、目眩もする。風邪でも貰ったか、ノロウィルスだったら嫌だなあとかいろいろ考える。普通悪いモノ、消化に悪いモノを食った場合は吐いてしばらくすると落ち着くものだが、目眩がするのがよく解らない。
今日は起きたら東寺へ行き、西本願寺をまわってから帰ろうと相談していたが、どうにも無理だ。連れ合いは俺の様子を見ていて、「じゃあもうすぐ帰ろう」と言ってくれたので、着替えてフラフラと下へ降りて、チェックアウトする。旅行カバンをヤマト便で発送してもらう手配をし、ホテル前のタクシーに乗り込む。タクシーの揺れが左側の腹、脾臓のふくらみ部分にぽよんぽよんと嫌な振動を与える。駅の手前で降ろしてもらい、ゆるゆると歩いて連れ合いが金をおろすのを待ち、地下への階段をゆっくりと降りる。後ろには名古屋弁のとてつもなく下品な風体の一家がおり、「オレタバコ吸いてえがや」「ダメだ、こおゆうとこはみんな禁煙だぁがね」「オレ吸うけどな」「叱られたら走って逃げりゃあいいがや」「あーあ、あっちい。パンツべっとべとだ」などと大音声で話しているが、こっちはしんどくて笑うことも出来ない。
地下街の進々堂(ここのパンは本当に美味い、だがこの時は想像するだけでも嫌だった…)で連れ合いが東京へ戻ってからの分にパン類を買っているのを、外の柱にもたれて待つ。通り過ぎる人が俺の顔を見てギョッとしたような視線を浴びせる。半開きの目でいかにも具合が悪そうに見えたのだろう。はい、具合悪いです。全力で、全身全霊で具合、悪いっす。その後並びのブースで帰りの新幹線の切符を買ってもらう。この時点で11時ちょいだったが、11時25分ころのが一番近いというので、それにしてもらった。
改札を通り、ホーム下で連れ合いが弁当を買ってくれ、ホームで週刊誌などを買ったりしてくれるが、オレはこの頃には朦朧としてだるい。新幹線の車内ではただ目をつむり、ぼーっとするか寝ようと努めていた。3人掛けしか空いておらず、名古屋までは通路側に一人婦人がいたが降りたので、そこから東京までは3人掛けに2人だった。1時45分ころ東京に着いて京浜東北、何とか座れ、快速で赤羽へ。タクシーで自宅に戻る。すぐに熱を測ると、37.6℃。思ったほどではないが、高い。とはいえ微熱レベルだから、一応何もせず様子を見ようと、ソファに転がる。そのままテレビを見るが、どうもだるいので俺だけ先に布団に入る。連れ合いは3時ころまで起きていた様子。
それにしても今こうして生かされていること、普通に暮らしていられるだけで有難いことなのに、いつの間にか日常に流され、いい加減に過ごしてなかったか、その慢心への報いなのではないかと反省。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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