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2007-01-14(Sun)

「いじめ問題」を考えた

テレ朝系「スマ・ステーション」、毎回香取慎吾がジャニタレ中でも稀に見る小学生知能ぶりをいかんなく見せてくれるナイスな番組である。背後にはいつも外人タレントがぞろりと配置されているが、その存在を活かしきっていた記憶は、ない。(TBS系「アイチテル!」はやり過ぎかとも思うが)…今回(1/13)は、教育再生会議に参加するヤンキー先生こと義家弘介先生が出演。現実にいじめに苦しむ子たちとの対話の様子、義家“ヤンキー”先生の半生などが紹介され、スタジオでは今のいじめ問題についても熱く語られたが、まあここでもホスト役の慎吾ちゃんの小学生脳による幼稚反応が炸裂、しばしば微笑を誘われた。
彼がはっきり言うと『お馬鹿さん』なのになぜ好感が持てるかというと、それは本人が大人ぶったりインテリぶったりせずに、知能に見合った言動をしているからだろう。子どものようなピュアな感じで笑ったりモノを食ったり、そして「ニュースバラエティの司会」をやったりしているから、世間の子どもたちに共感を得ているのだ。…だが、いくら何でもあんだけ図体がデカく年齢的にも立派な大人が「子どものような」って(笑)、まあ普通の世界ならかなりイタ〜い扱いを周囲から受けるはずだが、ゲイノー界って素敵なところです。「スマ・ステ」というと番組が始まったころに指摘したことがあるが、当初番組のロゴ「SS」マークが、ワッフェンSS(ナチス武装親衛隊)のソレに酷似していた(ルーン文字でSSとなってる、アレです。ちなみにルーン文字は古代ゲルマン人の表意文字で、厳密にはSがあのSになるわけではないが、恐らくその意味が「太陽」を指したので象徴的な意味も含めて使われたのではないだろうか?:違ってたらすいません)。オイオイちょっとユダヤ団体とかから抗議とか来たらどうすんの、と思ってたらいつの間にかこっそりと変更されていた。ゲイノー界ってやっぱり素敵なところです。

義家先生については、以前教え子から「シラトリ先生はヤンキー先生のことをどう思います?」と聞かれたことがある。前に俺は、元ヤンキーだの元暴走族だの、反社会的行為や犯罪行為を犯し、それを贖罪もせず謝罪もせず、つまり責任を何ひとつ取らずに売り物にするような連中は大嫌いだと言った、それでだったと思う。俺は義家先生は大いにアリだと思った。彼は手がつけられない不良だったそうだが、不良同士のケンカはカタギに迷惑はかけていない。野良犬同士の噛みあいのようなものだ。シンナーを吸おうがそれは自分を傷つけるだけだ。その結果他人に迷惑をかけたのなら別だが、親には勘当され、その後預けられた家ではリストカットをしたという。それから北星余市高校へ行き教職を得て戻るというあたりは有名な下りであるが、ともかく、自分が周囲の大人から全く何もしてもらえなかった。唯一ついて行きたいと思ったのが、北星余市の担任であった女性教諭だった。だから、その人の実子になれないのなら、教育という場で後をついて行こうと思った…という。論理が一貫していると思う。
自分が大人たちから受けた不遇を恨み、その大人たち(が構成する社会)へ復讐するという意味で、そのまま反社会集団=暴走族だのヤクザだのの世界へ身をやつす…という例が多い中、彼の場合はついて行きたいと思われる大人に自分がなろう、なって子どもたちの前へ出て行こう、と思ったのだから、立派なことだと思うのだ。

…ところで番組でも義家先生が訴えていたが、いじめは圧倒的に加害者の側に非がある。こんな当り前のことが全く顧みられず、いつも被害者側を隔離したりして終わっている印象がある。義家先生は加害者側に何らかの処分(例えば登校禁止など)をすべきであるとはっきりと指摘した、恐らく初めての教育者ではなかったか。まあそんなまっとうなことを発言したために、全国の「教育者」から大変な反発を受けたそうだが、その事実そのものが、今の教育現場がいかに腐っているかを現している。義家先生が実際に今、現在、いじめに苦しんでいる子どもからラジオ番組で直接相談を受けるシーンがあった。その子が言うには、「自分は男の子数人の集団にいじめを受けているが、前は別の子がいじめられていた。それが学年が変わりクラス替えがあって対象の子から離れ、代わりにターゲットになっているのが自分だと思う」と話していた。つまり相手のいじめ側のガキ共は相手は気の弱そうな、反撃してこないような、それも仮に反撃されても撃退できる=女子であり、もっと言えば自分らは複数なので、ここに絶対的な安全と優位が確立された上で、単に日々のカタルシスを得るために彼女を集団でいじめているのである。
義家先生はこの構図に率直に怒り、相手に非があり、その子には全く何の責任も非もないことを、はっきりと諭した。その子の悩みと悲しみに共感し、怒り、励まし、そして最後は離れているゆえに現実には出来ないが、はっきりと言葉で抱きしめてやっていた。こういう大人がその子の周囲にいてあげられたら、恐らくほとんどの現場でのいじめやその他の問題は解決されていくのだろう。このことは逆に、いかに教育の現場で子どもたちに関わる大人たちが堕落しているか、を浮き彫りにしていると言える。
ある現場では、いじめ被害と対処を訴える子に対して、「学校側が加害児童側を罰すれば、その子たちが今度は登校できなくなる」と言ったそうだ。いじめている側に何もせず、いじめられる側を取り除いてどうする。そのガキ共はまた代わりを探して同じことをするに決まっている。教師の側がビクついているという構図が、よく解る。確かに、番組中でも宮崎哲弥が憤っていたように、今では学校は事なかれの官僚主義的な対応が横行し、特に、公立の学校では学級崩壊が問題となっている。何せ少し叱れば体罰となり、子どもたちはそのことをよく知っているから、ある学校では子どもが教師を脅迫したり、女性教諭にセクハラまがいの行為をしたり(小学生が、である)と、我々が子どもの頃とは比較にならない崩壊ぶりを見せている。全ての学校がそうなわけはない、もちろん頑張っている教師やまともな学校の方が数多く、熱心に、真剣に子どもたちに対峙している大人たちの方が多いだろう、いや、そう思いたい。だが一方で、特に公立の学校での教育レベルの低下には歯止めがかかっていないのも現実だ。
宮崎哲哉は「私立校では教育理念をはっきりと掲げている。その理念に沿った教育をする、それを望む人だけ入って来なさいというわけだから、はじめから相互に了解が出来ている」と言っていた。なので少々の厳しい「教育」「指導」があっても、生徒も親の側も了解するだろう。だが、公立校の場合は入ってくる子らもその親も、千差万別だ。公教育というのはそういうものだが、だからこそ本当は難しいのに、実は機械的・官僚的な対応しか出来ていない。
公立の学校で働く教員たちはもちろん公務員で、その親方は教育委員会や自治体、そして文科省と連なるヒエラルキーが見える。結局現場の教員たちに「ああしろこうしろ」と現場も知らずに指図をする高級官僚どもが、ここ数十年で公教育をメッチャクチャにしたとしか思えない。教員の管理システム強化しかり、ゆとり教育導入しかりだ。そして誰も失敗の責任は取らない。振り回されるのはいつも現場で右往左往する教員たちである。

いじめは我々が子どもの頃もあった。俺も転校生だというだけでいじめを受けた。引っ越してきた、それだけでいじめられるんだからもとよりいじめとは理不尽なのである。理由なんてあってもなくてもどうでもいいのだ。だからこちらが強く「何で引っ越してきたら悪い?」と聞き返すと、理屈がないから相手は黙るしかない。黙らされたことが屈辱と思う相手は、今度は「バーカ」とか非論理的な中傷をしてくる。たいていはそこで我慢すれば、それ以上は進まなかった。「バーカ」にムキになって「何を!?」とやれば、あとは腕力のぶつかり合いだ。ここに至って初めて、「けんか両成敗」が成立する状況になる。バカな教師や親は、最初の明らかな理不尽ないじめの段階から、「けんか両成敗」と引き離すことがある。これでは、子どもたちはルールを守った方がバカを見ると学習させられているようなものだろう。
俺の場合は集団対個という図式が我慢できなくなったので、ある日その中の一人を呼び出してボコボコにした。そいつには兄がいたのを知っていたので、兄が出てくる場合を想定して、「お前の兄ちゃんが出てくるなら、こっちも空手やってる兄貴を呼ぶからな」とフタをした。事実だったし、全然卑怯な方法じゃないです(笑)。
高校の頃は、一年になってすぐ、クラスにお調子者が出てきた。やけにハイで目立とうとするが、最初は人間関係を測りかねていた子たちの間でそれなりに地位を上げていけたが、クラスがある程度なごんでくると、そいつは一気に一番下の地位に落とされた。つまり他のほぼ全員が彼との会話や接触を極力避けるようになった。これは彼は今でもいじめだと思っているかも知れないが、違う。彼がその傲慢不遜で空気を読めぬ言動を改めてくれれば、いつでも戻れたのだから。
高校の頃というと、クラスにN君という(ちょっと千代の富士に似た)小柄ながら物凄くケンカの強い奴がいた。彼はたった一人で他校の不良を数人叩きのめしたとか、本物の「武勇伝」の持ち主であったが、我々に番長ヅラするとか、その腕力で横暴をふるうというようなことはただの一度も無かった。もっと言えば、成績も悪くなかった。だからモテたし、男から見てもカッコ良かった。横山光輝の漫画「あばれ天童」的な、男気ある本物の「番長」はあの頃で最後だったのかも知れない。そういえば中学の頃のツッパリたちも、試験前になると勉強を教えてくれと頼みに来たり、ちゃんと役割分担(笑)が出来ていたっけ。弱いものイジメももちろんあったが、そういう奴は必ず自分より強い奴にやられていた。そして一番強い奴は、その力を知らしめた後は、弱いものを理由なくイジメたりはしなかった。
記憶を遡ると、腕力で圧倒的に勝っていた奴が理不尽に暴れていたという構図を思い出せるのは、小学校5年くらいだ。O君という、今の亀田一家みたいな家に育ち(親は今でいうヤンキーあがりの土建業、兄弟全員不良、本人は百貫デブの角刈り)が学校の門の前にどっかり腰掛けており、朝登校してくる子を睨み続け、目が合ったか、あるいは単なる気分・思いつきでターゲットを決めると呼び止めてボコボコにしていた。理由なんて何も無かったと思う。自分は幸いターゲットにはならなかったが、その家は被害児童が先生に訴えても、親が逆ギレしてつっかかってくるような家(そう、あの一家と同じ)だったから、皆泣き寝入りしていたっけ。結局、今普通に見られるような陰湿な「いじめ」の構図は、俺の世代では経験がない。

…とにかく、集団で理由もなく個人を執拗に、それこそ死に追いやるまでいじめを繰り返すというようなことは、聞いたことがなかった。あの「このままじゃ生きジゴクになっちゃうよ」という遺書を残して自殺した中学生男子のニュースを聞いたのは、社会人になってから(1986年)だった。いじめによる自殺がマスコミのニュースになり始めたのは1985年あたりからで、それ以前はあったとしても報道されなかったか、あるいは原因が別か不明と見られたのだろうが、それにしても、社会問題化されてからもう20年が経っている。
いじめは被害側にも原因がある場合もある(例えばその容貌だったり、周囲の和を乱すなり)としても、だからいじめていいという免罪符にはならないだろう。札束を持って公道を歩いている人がいても盗んではいけないのと同じ、だがその人にも犯罪を誘発するような原因がある、といった程度のものだ。もっと言えば、いじめられる側に理由があると言う奴は、その理由を本人も納得できる理由として、論理的に説明してみろ、と言いたい。「顔がムカつくから」「ウザいから」「キモい」など、これらは論理的な「いじめていい理由」ではない。単なる「感情」だ。つまりその子に対して感情をぶつけているだけ、である。そんなフザけた行為を「いじめられる側にも理由がある」と言われたのではたまったものではない。ふざけるな、としか言えないだろう。今のいじめは番組でも浮き彫りになったように、そうした理不尽な、理由なき理由で「集団」が「個」をいじめる。学者は閉塞した社会の中で、ガス抜き的・息抜き的にスケープゴートを求め、そこへ感情をぶつけることではけ口にしている…などとカンタンに言うが、そんなことはバカでも解っている。今苦しんで学校へ行けなくなったり、死にたいと悩んでいる子らをどうすんの、ということだ。

さて番組だが、最後のCMが入り、明けてエンディングまでの間の10秒くらい(?)で短いやりとりがある。ここでコメントを締めて、番組はビシッと終了する段取りだ。そこでのやり取りはこういうものだった。

慎吾(力強く)「いじめは、無くなりますか!?」

義家(力強く)「無くさなければ、なりませんね!!」

慎吾「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…」(曖昧な笑みでアサッテの方を見て)

義家(それでも気丈に)「無くすために…」

ブツッ(番組終了〜CM)

…グダグダになってしまった(笑)。慎吾ちゃんの約3秒ほどの意味不明の「ん〜〜〜〜〜〜」が無ければ、あるいは「そうですね、無くすために、頑張りましょう!」とか力強いレスポンスがあればカッコ良く終われたのに。何だか義家先生のせいで微妙な感じで切れてしまった感じになっちゃったじゃないか。可哀想な義家先生、であった。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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