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2007-02-28(Wed)

連れ合いに緑内障の疑い?

2月28日(水)
朝は9時前に連れ合いが起きたので一緒に起きる。今日は連れ合いがかかりつけのアイタワークリニックの岡本太郎先生の紹介状を持って、北社会保険病院の眼科に行く予定。度重なる医療ミスやずさんな手術、その後の不誠実な対応から、連れの内臓はボロボロである。何軒もの病院を廻ったのに診断がバラバラで、発見と治療が遅れた結果の慢性膵炎によって糖尿病を発症してからは、何と言っても合併症が心配だ。特に目は普通の人でも何かあったら不便なのはもちろん、連れにとっては商売道具の一つでもある。精密検査装置のある大きな病院で、一年に一度はしっかり検査してもらった方がいいということで向かうというわけだ。
まあ暴言覚悟ではっきり言うが、好き勝手やった挙句の「自業自得型」糖尿ならともかく、明らかに他者による、それも無能な医師たちによってたかって「させられた病気」であることが、いつも我々夫婦の病気へ立ち向かう気持ちを、ともすれば萎えさせがちにはなる。「何でこんな目に…」と自問すれば必ず精神的に悪い影響が出ることは理解しているが、問わずにはいられないのもまた事実だ。
幸い連れ合いはその後板橋区医師会病院の勝呂院長(現在は名誉院長)というとてもいい先生にめぐり合うことが出来、ずいぶんと精神のケアもしていただいた。その後腎臓摘出手術を別な病院で行い、とんでもない手術で地獄の予後を送ったことでいったんはまた医療・医師不信へ傾いた我々だったが、今連れがお世話になっているアイタワーの太郎先生は、このブログでも経過をお伝えしたように、俺の「血液の癌」を健康診断で一発で発見してくださった方だ。医療・医師への不信はもちろん医師や医療現場のさまざまな「不誠実な人間」によって形成されるものだが、それを払拭してくれるのも当然、同じ医療現場の「誠実な方々」である。
連れは毎食前と就寝前に必ず、インスリン自己注射を行うことが義務付けられている。通常は腹部に注射を行うことが多い。また右腎臓手術痕の神経と筋肉寸断のせいで腹部が突出しているから、ベルトのある衣服は着用できない。そんな理由から、連れは近所の縫製が得意な方に、仕立から行ってもらって、オーバーオール型の服を何着か作ってもらって着ている。勤務する大学では、何も知らない学生たちが「先生、可愛い服着てる〜」なんて言って無邪気に反応してくれるそうだが、実は腹を締め付けられないのと、外でもすぐに腹部に注射が出来るための、極めて実用的な意味でこれしか着用できないというのが本当のところなのだ。

…支度をして家を出ると、いい天気で暖かいが風が強い。今日は確か寒くなると予報で行ってたはずだが、とマンション前を歩きかけると、ちょうど空車が通りかかったので手を挙げる。バス通りは渋滞なので裏道からまわってもらい、浮間工場街から環八に出るというルートで病院まで行ってくれた。
病院の受付で眼科への紹介状と、去年入院した際の診察券を渡すと眼科受付へ行くようにとのころで、奥の内科・眼科受付へ進む。ここで一度問診表に記入してから診察受付をしてもらう。さらに奥に進んだ内科診察室の横が眼科で、待合にいる患者はほとんどが老人たちだった。9割、いや9割5分が老人と見受けられる。それでも待合は幸いそれほどまだ混んではいなかったので、長椅子に座って待つ。5分もしないうちに連れの名前が呼ばれて、まず診察前の検査を受けるようすだったので、俺だけ離れたところにある新聞コーナーに移動して新聞を読む。チラと見ると連れは5分くらいで元の場所へ出てきたようだが、その後全く呼ばれる気配がなく、こちらもチラチラ気にしつつ、結局毎日・日経・朝日と隅々までゆっくり読んでしまった。
かなり時間が経ってようやくこちらへ看護婦と一緒に歩いて来たので一緒についていくと、最初に来た病院入口の総合受付まで戻らされる。どうやら眼科受診の際、糖尿の合併症検査もして欲しいので眼科の後消化器内科へもかかりたいと問診表に記入しておいたのに、それを忘れていたらしい。すごろくの「フリダシに戻る」へ止まってしまったみたいだ。結局一から内科の予約はし直さなければならず、しかももう当日の予約受付は終わっていたので、5日にまた来なければならなくなった。まあでもこんなことはよくあることだ。我々はここ十年ほどの修羅場の経験から、こういったことにはかなり寛容になった気がする。
予約をしてもらって会計を待つ間、連れに様子を聞くと、まだ確定したわけではないが緑内障の疑いがあると言われたそうだ。左目に若干の視野狭窄があり、詳しく調べる必要があるので、次の来院時に眼科にももう一度、同じ日の午前中(内科は午後)に来いということになったそうだ。緑内障だと最悪失明まであるから恐ろしいねと話すと、まだ確定したわけじゃないし、仮にそうだったとしても早い段階で見つかれば点眼で進行を止められるし、進行しても手術があるから大丈夫と言われたそうだ。それにしても「そういわれてみれば」と思い当たることはあったようで、例えば大学で入試の審査をしている間たくさんの書類や作品を見てかなり目が疲れたのだが、それはもちろん疲労のせいだと思っていたら、今よく考えたら左目だけが妙に疲れたり、違和感があることがあったという。その頃から目薬も持ち歩くようにはなっていたが、年のせいだとか、職業柄だとほっといたら怖かったなあと話す。
会計で3000円くらい払った後で病院の外に出ると、凄い風。寒くはないが、突風みたいな強い風が時々舞う。せっかく出てきたんだからどっかでお昼食べようということにして病院前からタクシーに乗り、赤羽へ向かう。連れの目が大丈夫ならいいのだが。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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