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2007-03-18(Sun)

「正論」を貫くこと

先日、去年NHKでやった湯川秀樹のドキュメンタリー(ラストメッセージ「核なき世界を 物理学者・湯川秀樹」)の再放送を再び見た。湯川博士は早くから核廃絶を強く訴え、レオ・シラードらの核抑止論に生涯を通して反対し続けた。つまり核兵器のある世界は現実にもうそうなってしまったのだから容認し肯定する…という考え、現在主流となっているいわば核抑止論という「現実主義」も、そもそも核兵器の存在を肯定することに立脚しているゆえに絶対悪なのだ。であるからして核兵器は絶対に廃絶すべきである、という強い信念は亡くなるまで微動だにしなかった。特に、同じ物理学者、科学者であり、かつてはラッセル・アインシュタイン宣言に共に署名までした仲間たちが音頭をとり、あろうことか大国の核競争を肯定する理論的支柱となるような思想をばら撒くことに、強い憤りを感じていたという。
湯川の核兵器廃絶への一つの手段としての「世界連邦」創設論など、しょせん理想論だとか現実を知らぬといった謗りを浴びせる粗暴な者は多い。そういった風潮、つまり核抑止論どころか積極的な核武装推進論は今、唯一の核兵器被害国としての日本の若者世代にも蔓延しているように見える。彼らと実際話したりしてみると、近年の中国や南北朝鮮などのあからさまな反日・嫌日政策や教育にカーッと来て、その結果としての、反動としてのナショナリズムの喚起…みたいな構図が透けてくることも多い。
それでもこういった国々と日本は地政学的にも経済的にもいろんな意味でもっとも近くにいるわけで、仲良くやっていかねば立ち行かないのは事実。ここでやはり、例えば歴史的な事実は事実としてキチンと互いの国と第三国の研究者を加えた客観的な「歴史」認識を構築しそれを各国が共通に教えるとか、もっと広い観点からアジアの友好みたいなものを確立して行こう…という「理想論」がやっぱり重要ではないかと思うのだ。現実に共通の歴史教科書を作ろうという動きはあったし、その成果ももう出てはいるが、問題はそれが互いの国民なり政府なりに受け入れられ、教育を通じ普遍化されていけるかというところだが、残念ながらまだそういった次元にはないようだ。

…湯川博士のドキュメンタリに話を戻す。今現実にあるものはしょうがないじゃないか、あるものはあるんだからそれを今後どうやって増やさぬようにしようか考える、一緒にどう付き合っていくかという方策を考えよう…という核容認の考えを「現実的」として肯定した世界は、今どうなっているか。結局湯川博士が危惧したように「垂直の拡散」が軍事技術の進歩と共に開発競争が行われ、挙句局地戦で「使える核兵器」まで登場した。米ソ2カ国だった核兵器保有国は7となり、開発・保有が疑われる国は3つと、「水平の拡散」もとどまらない。
現状を追認し肯定することを正しいと言い、湯川のような主張を非現実的・理想と切り捨てる、そんな粗暴な考えの人間たちがいかに多いか、今の世界情勢を見ればわかる。絶対的に正しいこと、普遍的な真理を訴え続けること…そのことを滑稽だ、理想だと切り捨てるような無神経こそ、本来糾弾されるべきあさはかな考えではないだろうか。どうも今の世の中、悪い方へ悪い方へ向かっているような気がしてならない。
現実に水平の拡散がまた一つ、それも北朝鮮のような「ならず者国家」によって行われた今、結局核抑止論もまた無力であったということが露呈した。核を持ったと拳を突き上げた「ならず者」を、米露中などの大国が皆でまあまあとご機嫌を取り、なだめ、もみ手をしてみやげ物を渡す。本来ルールを破った者は制裁を受けるはずが、こんな体たらくだということが世界中に知らしめられたわけで、水平の拡散は恐らく今後もとどまることを知らないだろう。
もしあの時、世界が核抑止論ではなく、湯川博士らが訴える方向へと向かっていたら。たられば、をまた「現実主義者」は笑うのだろうけれど。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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