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2007-04-01(Sun)

花見という名の狼藉

4月1日(日)
今日は連れ合いが大学の入学式やオリエンテーション出席のために京都へ行く日。天気が良く桜も満開だし、行く前に散歩がてら浮間公園でも行こうと話していたので、11時半過ぎに着替えて出る。今日はコートというより上着さえ必要ないくらいの暖かさ。暖かさ、というより冬物のセーターでは暑いくらいだ。浮間公園はJR埼京線浮間舟渡駅のまん前にある、池を中心とした公園だ。余談ながらこの池の真ん中を北区と板橋区の区界が通っている。公園へ行く道々の桜も満開で、枝が重そうにしなっている。昨日の夜雨風が強かったので心配したが、さほど影響は無かったようで、青空に薄桃色の桜の花が良く映えている。
浮間公園へ近づくにつれ、徐々に歩いている人が増えてきた。皆公園へ向かうのかと思うと少し不安になったが、公園に着くと果たせるかな物凄い人だ。いつものラーメンと焼きそばなどを安く出している町会の出店のほかに、テキ屋の屋台もたくさん出ている。なぜか和太鼓をどんどこどんどこ叩いている出し物までやっていて、それを遠巻きにして人だかりが出来ている。とにかく近隣住民はこんなにいたかと思うほどの人手で、出店や屋台も大繁盛だ。我々が着いたのは12時ちょいすぎたくらいだったから、昼飯どきとあってラーメンは大人気。出店の前の立ち食い用のテーブルはほとんど全部埋まっていて、皆ラーメンをすすったり焼きそばを食ったりしている。
俺らもさっそく4、5人の列に並んでラーメンを食べたが、何せ暑いうえに食ってるのも熱いものなので、なかなかにミスマッチである。しかも数年前の花見の時に食ったラーメンはもっとうまかったと記憶していたが、今日のはスープがぼやっとした味だ。ひょっとすると麺のゆで時間が長く、さらに湯きりが充分じゃないのかも知れない。俺は空腹だったので一杯完食したが、連れ合いは半分以上残した。
ラーメンを食っている間も周囲は常に混雑していて、人がもの食ってるのに遠慮会釈もなく大雑把な北関東弁や東北弁のジジィやババアが目の前に割り込んできてべちゃくちゃと大声で話したり、デカい声で笑ったりしている。ここは東京じゃなかったっけ? と思うほどの訛りのオンパレードだ。余りのドラ声と下品な笑い声、無遠慮な態度に辟易してどこかへ腰掛けようにも、ベンチは全く空いておらず、その辺の植え込みのヘリのコンクリートさえも腰掛けた人で埋まっている。それでは桜を見よう…と思っても、桜の周囲は敷物を敷いた花見客で完全に占拠されていて、遊歩道はガキが嬌声をあげて走り回ったり、酔っ払いがうろうろしている。
公園全体が「うわーん」と騒音と嬌声が入り混じった音で支配されており、これでは花見の風情もヘチマもない。酔っ払いの笑い声、ガキの嬌声、どんどこどんどこ太鼓の音、質の悪い音質でどこかから流れてくる演歌の割れるような音声、車のクラクション、バイクの爆裂音、全てが桜を愛でるという俺たちの目的には全く不必要なものばかり。しかもそもそもゆっくりするような場所すら、ない。とにかくこの馬鹿馬鹿しい空間から離れよう…と、我々は公園をほうほうの体で後にした。「花見」とは花を愛でる行事ではなく、花にかこつけて酒を飲み騒ぎわめく日らしい。
公園を後にして、まん前にあるローソンへ向かう。店の前の駐車スペースには唐揚やフランク、飲み物などの出店を出したりして、ここも掻き入れ時だ。俺らは水、お茶のペットボトルを買って出る。それにしても花見どころではない、どうしようかと思案するが、そういえば赤羽へ向かう途中に製薬会社の工場街があって、そこの道が毎年この季節になると見事な桜のアーケードになることを思い出した。今日は日曜で工場は休みだろうし、赤羽行きのバスはあそこを通るから、行ってみようかと話し合う。そう決めて駅前ロータリーのバス停へ行くと、何とお目当てのバスは日曜は1時間に1本(5分発)で、しかも今12時25分あたり、あと40分もある。埼京線があるので赤羽へは電車なら2駅で5分。バスの需要はもともと減っているのはわかるが、あ〜あこれじゃあなあ…と二人でバス停のベンチへ座り、しばらく呆然。
連れ合いの京都行き新幹線は東京駅4時ころの発車なので、ここからは3時頃に電車に乗れば充分。それにしてもまだずいぶんある、10分ほど「どうしようか」「いったん家に帰ってごろりとしてようか」などと話すが、いったん家に戻ってまた出てくるのもアレだしなあというので、結局タクシーで工場街を通ってもらって赤羽へ出ようということにする。赤羽なら喫茶店もあるし時間を潰す場所もたくさんある。とにかく舟渡は何もない春です。
ロータリーのタクシー乗り場からタクシーに乗って、運ちゃんに浮間工場街を通って赤羽へ行ってくれと告げる。運ちゃんは「あそこも綺麗ですけど、その先にももっと綺麗な桜のアーチがありますよ」というので、そこも通ってくれるようお願いした。
浮間5丁目の工場街の道路へ入ると、綺麗な桜のアーケードがずっと環八の方へ続いている。二人で綺麗だねえ、と話しつつ通り過ぎながら見る。いったん環八に出て、小豆沢の水上バス乗り場を左手に見ながら北赤羽へ出て、そこから諏訪神社の坂の方へ右折。なるほど運ちゃんのいう「さらに見事な桜のアーチ」は諏訪神社から北社会保険病院下の都営アパートに続く道のことであった。これもまた綺麗で、しかも北社会保険病院が高台にあって、その裾野の部分に桜があるので、皆ゆったりと腰掛けたり歩いて桜を愛でている。最初からこっちへ来れば良かった、来年はそうしようなどと話しつつ、通過しながら見物。タクシーはトンネルを通って赤羽駅西口へつけてもらった。いやはや何ともそっけない「花見」になってしまったが、浮間公園のあの下品な空間には耐えられなかったので仕方がない。
赤羽に着いてスタバに入って休む。俺はアイスラテ、連れはバニラクリームフラペチーノ。隣にはノートPCでなにやら書き物をしている若者がいる。上品な老夫婦が微笑みながらコーヒーを飲んで話している。何だか舟渡から来たら赤羽ですら(失礼)民度が高く見えるね、と話し合う。そこで時間を潰し、書店を見たりぶらぶらと時間を潰して、2時半ころに少し早いが連れ合いは京都へ向かった。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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