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2007-04-12(Thu)

松坂大輔、酔っ払い投球?で敗戦投手に

松坂大輔の本拠地フェンウェイ・パークのデビュー戦。朝8時前に起きてNHK/BSの生中継を見る。ボストンのファンの熱狂ぶりは異常とも言える雰囲気で、試合開始前に選手がフィールドに出てくるまでは総立ちで松坂の登場を待っていた。その松坂だが、本拠地初登板で緊張…はしていなかっただろう、何せ先日のメジャーデビュー戦となるアウェイでのカンザスシティ戦でもあの落ち着きぶりだったから。ただ、イチローとの「ニホンジン対決」に関しては、かなり神経を集中させていたな、という印象。注目の対決はもちろんアウェイの一番打者がイチローなので、試合開始直後すぐにまわってきた。結果はフルカウントからの6球目・外角ストレートを打ったやや当たり損ねの打球がピッチャー前にバウンドし、それを松坂がバシッ! という感じでグラブに収め、ピッチャーゴロに仕留めた。
この日のイチロー対松坂は結局4打数ノーヒット(3回・第2打席=センターフライ、5回・第3打席=空振り三振、7回・第4打席=セカンドゴロ併殺崩れ一塁残り)と完全に松坂に軍配が上がった格好ではあったが、逆にその他の打者には余り集中できていない印象だった。
先日のデビュー戦も未明まで生中継で見ていたが、その時の投球の印象も、実はよく報道されていたりするような「素晴らしい」「見事な」というものではなかった。というより、松坂大輔の本当に凄い時のピッチングはそれこそノーヒットノーランでもやりそうなくらいのものだから、終盤崩れかかったのを相手の拙攻に助けられたという印象だった。もちろん、はじめてづくしのメジャーデビュー1戦目、それも敵地でのピッチングで勝ち星を挙げたのだからそれをして「素晴らしい」「見事」というのに吝かではないが、どうも物足りない印象ではあった。
それでもかの地のファンは大喜びで、何よりボストンのファンは本拠地でのデビュー戦を待ち望んでいたのだろう。しかし、試合が進むにつれ、異常なまでのフラッシュの光とストライクが入るたびに起こる歓声は大人しくなっていった。松坂のピッチングが今ひとつだったのもあるが、何より、相手シアトルのピッチャー・ヘルナンデスのそれこそ「素晴らしい」ピッチングにかすんでしまった、という感じであった。
ヘルナンデスは日本人初の捕手として昨年メジャー入りした城島健司と何かとソリが合わず、ぎくしゃくした印象があったのだが、今年はオープン戦から息が合ってきたな、という感じはあった。というのは日本的な「キャッチャーがリードする」という考えをある程度城島が棄てたからではないかと思う。メジャーでは投球はピッチャーが主導権を握るのが常識だからだ。ただヘルナンデスは普通ならじっくりマイナーで育てるメジャーリーグでは、デビューは今年か来年あたり、というはず(元シアトルの長谷川談)の若いクセ球のピッチャー。気も強く、去年あたりは中継を見ていても「俺の好きに投げさせろ」という我が儘ぶりがたびたび城島と衝突していた感じだったが、この「暴れ馬」の操縦法を城島も身につけつつあるのかも知れない。
ともかく、ヘルナンデスのピッチングは力のある150キロ代中〜後半の速球が適度にバラけ、落差のあるカーブが面白いようにコースに決まるという、まるで松坂の本領みたいなピッチングだった。本来我々は今日のヘルナンデスのようなピッチングを松坂に期待していたわけだが、完全にそれは逆転していた。ボストンの打線は面白いように凡打・三振を重ね、何と松坂の投球の間はノーヒットピッチングを続けたのだから、松坂にとっては不幸なことだったかも知れない。試合は8回を終わって0−3でアウェイのシアトルがリード。松坂は7回を終えた時点でマウンドをロメロに譲ったので、このまま行けば負け投手となる。
自分としては今日の印象はずばり、集中力不足。イチローとの対戦に集中しすぎたのかも知れない。あれだけの投手となると、以前何かのインタビューでも、全ての選手に全ての球を全力で投げているわけではない、その代わり絶対に気を抜けない打者、抑えないといけない打者というのには全力で抑えにかかる…というようなことを言っていたと思う。その「全力で集中して向かう打者」がこの場合イチローだったのだろう。自分の対戦したい相手、自分が好敵手とみとめる相手と、敢えて言えば「試合は二の次でも」真剣勝負がしたい。その強い気持ちがやっと、しかもメジャーの舞台で実現したのだから、夢見心地か、あるいは酩酊状態にあったことは想像に難くない。
松坂大輔という野球選手は、小学生時に「甲子園で優勝して100億円プレイヤーになる」という「予言」をしそれを実現させた男だ。甲子園優勝、プロ野球で日本一、オリンピックでは銅メダル、そしてWBCで世界一(MVP獲得)…と、大舞台でいつも結果を出してきた。だから今回も「怪物」らしく平然と…と思ったら大間違い。これまでと違うのは「チーム」や「日本」だのを背負っていないところだ。かつては野茂がそれを求めて海を渡ったように、メジャーリーグはそういう純粋な「勝負」ができる場である。日本がそうではないとかどっちがいい悪いではなく、それは勝負する人間たち自身が決めることだし、決める舞台だ。だから、きっとその場に酔いしれていたはずだ。
同じ日本人でも、城島には簡単にストレートを甘いコースへ投げて、二本の二塁打を許している。城島をナメていたわけではあるまい、だが明らかにイチローへの丁寧な、真剣な投球に比べると甘いな、不用意だな、という印象だった。その他の打者への投球も、試合の序盤はメジャーなら普通は取ってもらえるはずの外角をボールと何度も言われたりした不幸はあるものの(ヘルナンデスの同じコースはストライクコールされていた)、変化球に初登板の時のようなキレがなく、ストレートの球威もないように感じた。
結果論として言ってるように聞こえるかも知れないが、実際リアルタイムで見ていて、「あ、今日は打たれるな」と思っていた。7年ぶりとなる憧れのイチローとの対決、それもフェンウェイ・パークという場所で、お互いメジャーリーガーとしての「勝負」に酔っていたのだ。そりゃあべろんべろんに酩酊していたと思う。そんな酔いがまわった状態で投げりゃあ、打たれるってもんか(笑)。
松坂がイチローとの「勝負」を平常心で戦えるようになる、つまりボストンがチームとして優勝争いをしていく展開になれば、「怪物」たる本領を発揮し、それこそ淡々とポーカーフェイスでノーヒッターになったりするかも知れない。

<日本時間10:32試合終了>
この日の松坂は結局、
●投球回数 7 ●被安打 8 ●失点 3 ●奪三振 4 ●被本塁打 0 ●与四死球 2 ●自責点 3 ●敗戦投手(1勝1敗)
となった。
イチローは5の0、城島は3−2・1四球。試合は0−3でシアトルが勝った。勝ち投手はもちろんヘルナンデスで、何と1安打完封勝ち。
スポーツナビ|野球|MLB| レッドソックス vs マリナーズ 2007年4月12日

・試合後の解説・長谷川の印象も「今日の松坂は悪くなかったが、やはりイチローに集中しすぎたのではないか」というもので、こちらが見ていた感じと同じであった。

●試合後の松坂へのインタビュー(長谷川による)
いきなりのスタンディング・オベーションの印象は
「武者震いした、メジャー初登板の時よりもやっとここに来た、という印象」「久しぶりにここに来れたなあという実感がこみあげた」
イチローとの初対戦について
「(初球ストレートでいかなかったのは)バリテックと話してストレートを狙っているんじゃないかと、初球はストライクを取れた方がいいのではないかというので(カーブを)投げた」
イチローへの意識は
「気持ち的には意識しないつもりではあったし、試合に入ってしまえば集中するつもりだったが、やはり打ち取りたいという気持ちは強くあった」
城島には
「日本にいた時と同じような打たれ方をしましたね(笑)。日本とあまり変わっていないという印象だ」
次回に向けて
「結果的に相手ピッチャーにあれだけのピッチングをされたので抑えないとという気持ちはあったけど。…悪いなりにこういうゲームを続けていけば結果はついてくると思うので自分のピッチングをしたい」
というような内容。(リアルタイム聞き書き、です)
松坂は時折笑顔を見せ、ごくごく普通に応えており、悔しさはあるだろうがホッとしたような印象もあった。次回に期待、である。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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