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2007-05-30(Wed)

厭世感・破滅願望としての右傾化

かねがね面白い「思想家」だと思っていた雨宮処凛(あまみや かりん)さんがNHK「クローズアップ現代」に出演したそうだ。そうだ、というのは残念ながら放送を見逃したので、人づてにその様子や発言の要旨を聞いたに過ぎない。彼女はよく知られているように元右翼であり、現在は脱右翼というか左・右という旧来のイデオロギーのカテゴライズからは脱却した活動をしている。活動とはたとえばフリーターの差別反対運動であったり、ニートやひきこもり・不登校のための「小説アカデミー」顧問などをしている「作家」だ。
件の番組での雨宮さんは、今の日本、とくに若者に蔓延する右傾化について
「こんな社会はいやだというような、破滅願望とないまぜになって右傾化するという異議申し立てだ」
と述べたという(週刊文春・07・5・31号134P)。なるほど、と思った。
近年のワーキングプア問題や「下流」階級の出現、そして広がる一方の格差社会に対して、若い人たちはどう考えているのかと思うときに、いつも思い起こすのはあの学生運動の時代のことだ。もちろん俺はその当時はコドモだったので、当時を知る人たちから聞いたり本や映像で学ぶしかなかったのだけど、少なくとも当時の学生たちには勝手にモノゴトを決める大人たち=政治家どもや、それを許す社会への怒りがあり、自分たちの行動でそれを示すことで、社会を変えようともした。もちろんそれは木っ端微塵に国家権力によってブチ壊され蹂躙されたわけだが、そのことを冷めた眼で笑う向きが多いことには大いに疑問がある。
まさしく学生運動華やかなりしころに彼らと同世代だった連れ合い=やまだ紫とこうした話をすると、彼女もやはり後の世代が簡単に総括をし時には嘲笑したりすることに納得がいかないと言っている。先日何かの番組で団塊の世代のことを何もしなかった、邪魔だ、という人がいたのだが、何を言っているのかと怒りさえ覚えた。少なくとも彼らは自分たちの怒りを行動で示したではないか、と。
学生運動が粉砕されるのを見せられたその後の世代=シラケ世代は、今俺と連れ合いの間の、50代前半の人たちだろう。世代で一まとめにしてああだこうだと決めつけることは嫌なのでしたくはないけれども、そいつらこそ政治や社会に無関心になりファッションだ車だセックスだとうつつを抜かし、バブル時代には中心になって踊り狂った、そうして今では「チョイ悪」だの「アデージョ」「アデオス」だとホンットーーーに、知能の低い、吐き気がするほどどうしようもなくカッコ悪い「大人」像を、下の世代に嫌というほど見せ付けてくれるではないか。
そういえばニッサンはあのジローラモとかいう頭の中は女と一発ヤることしか考えてない色ボケ外人を使って、この世代に媚を売るかのような車のCM(TIIDA)をやっている。「ニキータ・レオンとコラボレート」ってお前らバカか? 一見低脳で車クルマ〜、女オンナ〜みたいなバカ野郎にドンピシャで効果的なようにも見えるが、逆にニッサンがなぜ今「一人負け」状態なのかが如実にわかるような気がする。

話が逸れた。今ネットにも巷にも蔓延する右翼的なモノの源泉は、もちろん近隣諸国の露骨な反日政策・工作の結果もある。たとえば江沢民時代からの徹底的な反日政策の皮肉な効果(国内外での露骨な反日政策とプロパガンダは、結果的に親中派の日本国民の多くを嫌中派に転向させた)や、歴史的事実や論理的思考無視の「ウリナリズム」の半島にある隣国、さらには反日どころか敵国として挑発行為を軍事的にも政治的にも経済的にも行い続ける独裁国家であったりするわけだ。そういった「困ったご近所」に対して日本はかつて行った行為から卑屈にまで何も言えずに接してきた、だがいい加減にしろよてめえら、こっちがおとなしくしてりゃいい気になりやがって…みたいな感情があるのを否定はできない。だが果たしてそれだけなんだろうか、と。そう考えたときに、先の雨宮さんの発言に、なるほどと膝を打ったわけなのだ。
あの「赤木智弘発言」=<どうしようもない不平等感が鬱積した結果、ポストバブル世代の弱者、若者たちが向かう先のひとつが、「右傾化」であると見ている。>
(朝日新聞社・「論座」4月号掲載)もやはり、そういう意味なのだと思う。
若者が怒らなくなったというが、そういう若者たちにした、そういう風に教育してきたのは大人たちだ。よく言うのだけど、かつて外国の友人や留学生の教え子たちと話したりすると、「日本の若者が一番自国の近代史も含めた歴史や社会、政治に関心がない」と口をそろえていう。別にムキになって「抗日戦争」を教える近隣諸国の人たちだけがそういうのはなく、欧米の人たちに聞いてもそう言うのだから、やはりそうなのかも知らん。いや、現実はともかくそのように見られていることは事実だ。現実に俺が若い人たちと話すと、驚くほど歴史や政治、社会問題に無知・無関心なのが多いことに気づく。もちろんごく少数、そうではない子もいることはいるが、それはあくまでも例外。例外はどこまで行っても例外、である。
そういう現代ニッポンの若者たちは歴史や社会、国際情勢といった「外」へ関心を向けるのではなく、徹底的に「内」「個」つまり自分(とその周辺)に閉じこもった。ニートやひきこもり、オタクはそういうことの現れである…というと短絡的ではあるが、遠からじではあろう。怒るべき相手や事象のことがよく、わからないのだ。
それでも一方で、若者はキレやすくなったし、忍耐弱くなったともよく言われる。社会や政治には関心がなく知識もないので怒りようがない。その代わり、自分の部屋へ無断で入った親にブチ切れたり、狭い人間関係の外に対しては極めて凶暴になれたりもする。自分の領域を犯されたり個人のプライドを傷つけられたりすることには過剰とも言える怒りの反応を見せる場合も多い。

こういったことを考えていると、世の中の右傾化というのは、二重の意味で国内の体制にとってはオイシイと言えるのかも知れない。本来ニートやひきこもり…いやワーキング・プアやフリーター、「下流」の人びとは、世の中に怒りを持つはずだ。そう、雨宮さんの著書である「生きさせろ!」(太田出版・1300円)のように。しかし日々働けど苦しい我が身の状況を、怒りを向けるべき相手のことがよくわからない。拳の振り上げどころが解らない。その抑圧された気分は、たとえば些細なことでぶつかったご近所へ向けられたりもするだろうし、たまたまテレビで見た近隣諸国の反日デモの映像だったりもするんだろうな、と思う。ここで先の雨宮さんのクローズアップ現代の発言、である。
「こんな社会はいやだというような、破滅願望とないまぜになって右傾化するという異議申し立て」
としての若者の右傾化の道筋が何となく見えてくると、確かに薄気味悪いものを感じる。清野徹氏が文春でこのことを紹介し「ファシズム到来の前段階は決まってこのようなプロセスから始まる」と述べているが、杞憂ではないのかも知れない。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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