--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2007-06-27(Wed)

能登へ行く 1

6月27日(水)
一念発起し何年ぶりかの温泉旅行へ出かけることにした。
病気だからとひきこもってばかりいてはいけないし、ここ数年連れ合いと一緒に500円玉貯金を続けていたら、見事一杯になったので、連れが「旅行行こうよ、旅行!!」と言ってくれたのだ。彼女にも連れ=夫の病気や大学勤務というストレスがある。よし、心と体を癒しに行こう。そう、俺たちは一念発起したのだ。
今月半ばにもう旅館を予約してあったので、5時過ぎの新幹線でまず京都へ向かう。連れ合いは京都に出勤していたので、合流して明日能登半島の和倉温泉へ向かう予定なのだ。

東京駅には4時ころには着いてしまい、新幹線の時間を早めようかと考えたが、窓口には列が出来ている。しょうがないのでゆるゆると書店をひやかしたりしつつ、4時半ころにはホームへ上がって、待合ボックスの中でひたすら週刊誌を読んでいた。何せうろつきまわると膝がおかしくなるので、最小限にしないといけない。だがこうして久しぶりに旅行で出かけるということになると、ついつい自分の体が病気に侵されていることを忘れがちで、注意しなければならない。

乗り込んだ新幹線のぞみは2人掛けの窓際を指定で取っておいたのだが、隣の席が腹の出たおじさんで、座るなり東京を発車するより早くすぐに缶ビールを開けてプハァとかやっている。エビスビールの350ml缶、フンパツしたのねお父さん。そして買ってあったらしいうなぎ弁当のようなものを食べ出した。腹が減ってたらしく、凄い速さで食べ終わると残っていたビールをちびちび飲み、そしてぐっすりとお眠りあそばした。人畜無害、というコトバが浮かんだ。
俺はその間携帯のミュージックプレイヤで音楽を聴きつつ外の景色を見ていたが、富士山はガスっていて全く影も形も見えなかった。ちょうど進行方向右側が二人掛けで、窓側の席はいつも晴れていれば富士山が良くみえる…はずだったのだけど。もう何度も見ているというのに、富士山が見えるというとテンションが上がるのはやっぱり日本人だから、か。

京都に着くと7時半ころだった。ちょうど日が落ちて薄暗くなるところを八条口からエレベータで駅の上へ上がり、京都タワー側へ出る。通勤客とおぼしき姿の人たちがせかせかと行き交う中を外人が巨大なトランクを引っ張りつつ歩いてたり、観光客らしい数人連れがゆったりと歩いてたりするのは観光地ならではの風景だ。
地下鉄は混んでるかと思い、タクシーで四条大丸前へ行ってもらう。連れ合いには8時ころになると伝えてあったが、もう着いてしまったとメールする。
連れは携帯を忘れて行ったので、宅急便でホテルへ送ったのだが、恐らく大学からホテルへ一旦戻り、携帯を受け取らないとメールも読めないだろうなあと判断。大丸の上へ上がって時計やら革製品などをひやかしで見る。ここはいつも思うが気のせいか客層はかなりいい筋と見受けられる。その後足がつらくなると嫌なのですぐに1階へ降りて、四条通りに面した入り口にある椅子に座って待つ。ところが大丸は8時閉店で、しょうがないので外へ出て立って待つ。

連れ合いからは連絡が全くないので困ったなあと思っていると、ようやく「いったんホテルに戻ったからタクシーでホテルへ来て拾ってもらえないか」とメール。どうやら俺が京都駅あたりにいると思っているらしい。俺はもう着いてるとメールしたはずなので電話してみと、やはりそのメールを見てタクシーで今向かってるとのこと。
大丸前にあるタクシー乗り場へ出ると、ちょうど連れを乗せたタクシーが着いて、下りてくるところ。うまく合流できた。

その後、二人が四条河原町あたりで夜になるとちょくちょく行っていた、柳馬場「鬼灯(ほおずき)」へ行き、夕飯がてらちょこっとビールを飲んだ。
京都はやはり料理がうまい。尿酸値に気をつけないと…と思いつつやっぱりビールもうまい。生きてて良かったなあ、と思う。連れと並んで、こうして一杯やれるのが一番のシアワセだ。

その後タクシーで西洞院まで行ってもらい、コンビニで買い物をしてホテルへ戻り、12時前には寝る。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

広告
アフィリエイト・SEO対策
検索フォーム
プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

シンプルアーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。