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2007-06-30(Sat)

能登へ行く 4

6月30日(土)
7時ころ起床、朝食はさすがにあまり食べられず。俺はどうにも腹が張り、一度朝食前に排便したので大丈夫かと思ったが、腹が痛い。大体空腹時でも腹が腫れてるんだから、食いすぎなんだよ実際…と自分でも思うが、おいしいから…。
食後はいったんテレビを見たり。ゆっくりと帰り支度をして、11時ころ下へ降りてチェックアウト。
その後、旅館のマイクロバスで「食祭市場」という水産物などの市場風ショッピングセンターへ行ってもらうことにする。天気は昨日までの雨風が嘘のようにおだやかな曇り空で、薄日までさしているのが皮肉だ。帰る日になってかい…。

十数分で着いたので運転手さんにお礼を言って降り、市場をそぞろ歩いてみやげ物を物色。しかし海産物はしこたま食べたので今ひとつ買うものもなく、連れ合いが集めているご当地キューピーの人形をまたしてもいくつか買ったくらいか。
市場の中をそぞろ歩いて二往復ほどしたか。途中の店で売っていた手作りコロッケを買って、海が見える室内広場のテーブルに腰掛けて、二人で食べる。これはサクサクほくほくして、実に美味だった。「おいしいね」と笑顔を交わす。
その後どうしようとなるが、俺はどうも腹の調子が悪く、膝も辛い。駅前まで散歩がてら歩こうかという気にもなれず、結局タクシーを電話で呼んで、七尾駅前まで行ってもらうことにした。
駅でいったん帰りの和倉温泉始発の電車が七尾に来る時間を確認し、まだ3時間以上あるなというので、連れが「お金をおろしたい」というのでローソンへ行くがATMがなく、向かいのショッピングビルへ行くと1階にATMがあったのでそこへ行く。
500円玉貯金は、連れ合いの口座にドカンと入金してある。本当に頑張ったもんなあ…二人で並べて数えるのは快感だったなあ…こういうところ来られて良かった…と思う。
ショッピングセンターの裏手に「タクシー乗り場」と案内があるのでいったん出てみた。しかしそこはただの、本当の「イナカの裏通り」で、本当にここにタクシーが待合してるのかと二人で笑ってしまったが、偶然そこにタクシーが客を乗せてきて止まり、下ろしたのでその後に乗り込む。本当に「タクシー乗り場」になった。
運ちゃんに適当にこの辺を案内してもらい、途中時間を潰したりして、再び七尾駅前へ戻った。それでもまだ3時20分発の越後湯沢行き「はくたか19号」まで1時間ほどあるが、二人とも疲れたので駅の待合室で時間を潰すことにした。
俺は携帯の充電器があったので100円入れて充電。駅には地元の女子中学生がローカル電車を待っていたり、やはり地元の老夫婦が待ってたり。その合間合間に俺たちのような観光客も混在している。

ベンチに座って駅舎の外を眺めていると、窓の外に絵に描いたようなヤンキー二人連れ。金髪の短髪で後ろ髪だけ長め、眉毛無し、金の極太ネックチェーン、龍のイラスト入り白のトレーナー、真っ赤なスエットのズボン。うーむ、凄い。70年代後半の臭いがする。顔を見るとほっぺが赤くてまだ幼い顔だが、タバコをひっきりなしにスパスパ、ツバをペッペッとやって、顔を歪ませて終始相棒と話している。時折下卑た笑い声を響かせている。連れがそれを見て珍しそうに「ちかおちかお、ヤンキー、ヤンキー!」と俺の肩を叩いて指を指すので、「シッ、目を合わせると屠られるよ」と注意する。

そんなこんなで時間になり、改札を通ってすぐ、1番線に電車が来たので乗り込む。指定席の車両は俺たち夫婦の他はパラパラと数人しか客がいない。改札に来た若い車掌に前の席は誰か来るんですか?」と聞くと「来る」というので、残念ながら椅子は廻さずにいた。ウソかもと思ったが規則でそう言わざるを得ないんだろう。
途中金沢で列車の進行方向が変わるというので、金沢手前でその車掌が席を順番に廻しに来た。俺らはそれを聞いて自分たちで座席廻し、その時にそれまでの後ろの席、つまり方向が変わると前になる席はワザとそのままにしておいた。これでボックス型になったのだが、車掌はそれを見ても何も言わなかった。黙認か。
なので、誰か来たら下ろそうと言って二人で足を乗せる。座ってるか足を乗せるかで全然快適さが違うので、ゆったりと乗る。ルールを破ったり人に迷惑かけてまで楽をしたいとは思わないから、誰か来たら除けようと人が通るたびに構えるが、これでいい。これが俺たち夫婦のスタイルだ。
金沢、高岡、富山…と客が入っては来るがパラパラとで、俺らの周辺にはほとんど乗ってこないので安心して足を乗せ続けていられた。行儀悪くてすいません。
結論から言うと、結局終点まで誰も来なかったが。
小腹が空いたので車内販売で「鱒のすし」を買って二人で食べる。これが実にうまかった。それにしてもこの路線の「景色」は今一つである。
何ということもない田園風景…と言えばいいが普通の田畑が続き、その後はトンネルばかり。途中左手に日本海が見えたりはしたが、ゆっくり眺めてるとすぐトンネル、その後もとにかくトンネルトンネル…で、何だか意地悪をされているような路線であった。
18時52分の越後湯沢到着から上越新幹線への乗り換えは何と8分しかなく、二人で慌しくバタバタと乗り換える。駅弁でも買おうと思ったがその時間もなかった。乗り換えた上越新幹線「Maxとき」は二階席だったが、三人掛けの通路側に二人で、しかも車両は超満員。そのほとんどが旅行客というよりはスーツ姿のサラリーマンのおっさんたちで、ちょっとビックリ。
アナウンスを聞くと大宮までたった45分、東京駅まででも1時間ほどだというのでまたビックリ。そうか、越後湯沢って通勤圏なのだなあと話す。予定通りアッという間に見慣れた大宮駅に到着。駅で夕飯に弁当を買い、京浜東北線に乗り換える。ここから赤羽までがけっこう長い。それでも始発なので俺たちは座って移動で良かった。
ようやく赤羽駅に着き、コンビニで買い物、さらにいつものパン屋でパンを買ってタクシーで帰宅9時半ころだったか。疲れたが、命の洗濯が出来た旅であった。

自力で行くこんな贅沢な旅行は、これまでの人生で一度も無かった。
二人で500円玉が出来る…釣りで貰ったりすると、顔を見合わせて笑った。持ち帰った500円玉を二人で貯金箱(透明なプラスチック製)へ「ガトンガトン」と落とすのが楽しみであった。目に見えて貯まっていく様子も励みになった。

また二人で行こう、それまで生きていようと強く思った。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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