--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2007-07-26(Thu)

大山で丸川珠代に遭遇

7月26日(木)
大山ハッピーロードへ散歩がてら買い物に行った。商店街を何かが練り歩いてくるので何だろう、と夫婦で立って待っていると、自民党の参議院議員候補・丸川珠代様御一行、であった。丸川さんの運動員は赤いジャンパーを着て、汗だくで走り回って露払いをしつつ厚紙で出来た丸いうちわ型のチラシ(?)を配っていた。連れ合いは立ち尽くしているとそれを受け取ってしまったので、ちょうどポツポツと雨も落ちてきて蒸し暑かったため、ちょうどいいという感じで扇いでいる。

丸川候補は海外勤務期間中に住民票を米国に移動したまま3年ばかりほったらかしてあったことが発覚した。つまりはその間の地方も国政に関しても全く投票行動を取っていなかった、いや今回事前に投票しようとメディアを引き連れて行った区役所ではじめて知ったということは、選挙や政治に関心が無かったと言われても仕方あるまい。「でもそんなの関係ねえ!」(by小島よしお)とばかりに相変わらず精力的に駆け回っているのはある意味立派かも知らん。
実はだいぶ前、テレ朝でやってた何かのバラエティ番組で、丸川候補が焼酎を飲んで酔っ払って「アッハッハ」とやっていたのを俺たち夫婦は鮮明に記憶している。その後何年間も、丸川さんがテレビに出るたびに「タマヨだ」「相変わらず飲んでんのかな」という会話をしていたものである。何かバラエティ向きだという印象がずっとあったので、参議院議員に立候補というのは意外であった。

丸川さんは通りにいる人たちに頭を下げ、握手をしてまわっていた。近寄ってきて、連れ合いの手を両手で握り、「よろしくお願いしますね」と言って去って行った。連れ合いによれば思ったより小さく、思ったより色が黒かったのは選挙運動で日焼けしたせいだろう、あと思ったより強く手を握られたので、ああして何日も色々な人と握手をしていたのでは、腱鞘炎になりはしまいかと言っていた。そういえば以前新潟の選挙区で遊説をしていた田中真紀子議員が、「握手のしすぎで手が痛い」と言って包帯を巻いて廻っていたのを思い出した。あれは本当だったんだなぁ、と思った。

帰りがけになって、携帯にメールが入っているのに気付く。高校時代からの親友で札幌に住むUからで、このブログで俺たちが京都へ移住すると知ってのことだった。彼は今、あの社会保険庁に勤めている。連日残業残業で休日も返上で、もっぱら苦情や問い合わせへの対応を監督する立場にあるという。言ってみれば一番辛いところにいるわけだ。彼はダラ勤したわけでもないし、もちろん悪意を持って対応したわけでもなく、真面目にずっと勤め上げてきた「叩き上げ」である。
「6月から土日も通して毎日22時まで営業、先週土日は2日連続で同じ人と夜中の2時過ぎまで。せめて休日は休みたいもんだ。残業しても給料変わんないし、ボーナスも没収されるし、自殺や心の病で辞める人でどんどん人がいなくなってきたよ。45分仕事して15分休みだっけ?そんなの実際にやってる人見たことないよ」という。
本当に悪いヤツってのは、だいたい人から見えないところにいて、見えないようにやってるものだ。いつだってうまい汁を吸い、今いるところは腰掛けぐらいにしか思わず、こんな事態になっても下の者をコキ使ってふんぞり返ってるのはキャリア連中と決まっている。もちろん窓口の対応で不快な思いをしたという話もたくさん聞くし、俺も役所の対応でブチ切れそうになったことは一度や二度ではない。でもUはそんな人間ではない。お互い元気なうちに好きな音楽を聴いて、アレコレと言いたいことを言い合いたいものだなあ、昔のように。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

広告
アフィリエイト・SEO対策
検索フォーム
プロフィール

シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

シンプルアーカイブ
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。