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2007-08-23(Thu)

新居の準備5

8月23日(木)
朝は6時ころ一度起きて排便を試みるが、相変わらず少量の濃い尿のみ。しかも気のせいか「どろり」とまではいかずとも普通の水より濃い印象である。トイレの照明のせいもあるのかも知れないが、茶色いものが出てきているぞ。そしてそれが便器に貯まっている水に混ざると、濃い黄色になる…ということは混ざる前は何色なんだよ、という濃さ。血尿なら赤のはずだが、だいじょうぶだろうか。トイレから布団に戻ってもう一度寝て、次に目が覚めると8時過ぎ。連れも起きて、しばらくテレビ見たりしていたが、買い物に行ってくるという。外はちょっと雨が降っていたようだがやんでいて、今のうちに傘買うのと電気屋に払う分を下ろす用事もあるからとコンビニへ出かけていく。
ジャムパン、牛乳を買ってきてもらったのだが、冷えた牛乳がおいしいのでコップ1杯イッキのみしてしまい、連れ合いに心配される。ジャムパンをゆっくりと噛んで、やはり買ってきてもらった京都新聞や文春を読みつつ食べるが、最後の4分の1ほどがどうしても食べられず断念。パン1個食うのに偉い勇気と気力体力が必要とは情けない。…それからしばらく横になっていると便意が来たのでトイレに行ってみると、少量だが出たので安心。ていうかここ数日ロクに食べてないので便もそんなに出るはずもないわけで、これが正常だ。フム小腸や大腸に異常はないな、と冷静に考えてみる。あとはひょっとすると胆石があると言われている胆嚢か…。連れ合いは血尿ではなく胆汁の色ではないかと言うのだが、胆石ならば痛みは激烈で、転げまわると聞く。とはいえ血尿と言うには色が黄色い。どっちにしても旅先ではどうしようもないから、日大病院の診察日の週明けまで待とうと話す。
その後11時前になって電器屋の社長さんからこれから出ますと電話があり、11時20分ころに息子さんとおぼしき若者二人で来てくれた。まず照明4つを二階、居間、仕事部屋、寝室と取り付けてもらい、最後に冷蔵庫の搬入。居間のドアを外さないと入らないというので、蝶番を全部外してドアを外してみると、何と外さなくてもドア自体を上に引っこ抜く形で簡単に外れるタイプで、皆で苦笑。冷蔵庫は巨大で大変だったが、二人で何とか設置してくれ、取扱説明なども聞き、40分ほどで汗だくの二人は帰って行った。けっこうな出費になったが、価格的にはネット通販などを利用して安くあげたとしても、結局は我々のような病身には配送から梱包開け、設置、後片付け全部込みということを考えると、お得と考えよう。
それにしても夏場なのでやっぱり冷蔵庫が入るといちいち買い物に出なくてもいいので便利だし、照明がつくと安心するねと二人でニコニコする。この部屋は玄関とベランダを開けるとサーッと風が通り、気持ちがいい。舟渡の部屋もそうなんだけれども、窓を開けると騒音煤煙悪臭だから、そもそも一年中開けられなかった。また今回の部屋は何より一日中明るく、それが気持ち的にもずいぶんとプラスだと思う。舟渡の部屋は朝起きてから夜寝るまで照明がないと薄暗く、つくづくよくもまああんなところで暮らせていたわと自分らで呆れる始末である。
ともかく何とか落ち着いて、その後すぐ連れは学校へ12時45分ころ出かけていった。俺は布団で休んでいたが、2時過ぎに何か胃に入れたくなり、冷蔵庫に入れておいた冷奴を食べてみたら食べられた。


…ここから記入26日午後


…と、上まで書いた後は地獄の苦しみが続いた。
まず食べた豆腐はその後5時過ぎに台所で全部吐いた。未消化というより全く消化されずにそのまま出たという感じだった。豆腐というのは消化にいいものの代名詞のはず…と思うとショックだった。ふらふらと布団に戻るが、固い床の上に薄い敷布団と汗取りマット1枚だけなので、あちこちがギシギシと痛い。それにこれは病気のせいだろうが、両手首の関節に腫脹が出来ており、手をついて体重をかけて体を起き上がらせるのが痛くて辛いから、布団から起き上がるという行為、本来なら休むはずの寝ているという行為がだんだん拷問のような状態に思えてくる。
体調はどんどん悪くなり、起き上がるのもようやっとという感じで、とにかくひたすら横になって今入院するわけにはいかんと祈り続ける。今(8/26)はこうして記録していられるわけが、その時は本当にまたこうしてパソコンに向かって普通にいられることなんか想像できぬほど、最悪の状態であった。きっとこのまま病院行けば良くて即入院、禁食点滴で何日か安静だろう。
たった一人で知らぬ土地の固い床の上の薄い布団で苦悶しているのは辛い。横になって目を閉じ、同じ姿勢をとっていると痛いのでごろごろと姿勢を必死で変えつつ動いているうちに、いつしかその疲れでうとうとする…という最悪の眠り。トイレへ行くと茶色い尿がだばだばと少量出る。あり得ないとはいえ、今死ぬのはイヤだなあ、せめて引越を済ませ、なるべく死んだ後の始末を迷惑かけずに少なくしてから死にたいなあ、などと朦朧と考える。
5時過ぎに連れから「終わったから帰る」とメールが来て、少しホッとする。ヨーグルトやコーヒー、ソバなども買ってきてくれるが、この時俺はもう水も飲めない状態であった。それでも気持ちは飲みたいので鼻先にコップを持っていくが、飲んだら吐くような気がしてどうしても飲めないのである。
昔、我が家で飼っていた猫たちが死ぬ前、水が飲みたいのだろう、水のお皿の前で飲みたそうに香箱を作り、それでも飲めずに鼻先が水についてはハッと顔をあげていたのを思い出す。生き物は水が飲めなくなったら死ぬのだ…そう考えると急に恐ろしくなり、コップの水を半分くらいエイヤと飲み干す。すぐに横になるが、横になっていると胃も横になるために逆流が怖いから、時折半身を起こしてゲップを無理やり出したり。こうして書いているとまあ読んでいる人は滑稽に思えるだろうが、当事者としてはこの時は本気で遺書を書こうと思ったほどの辛さであった。そして、それを傍で見ている連れ合いの心労も。
何とか冷えたヨーグルトが飲めるようになったのは夜8時を過ぎたあたりだったか。このあたりはもうひたすら苦しく、記憶も朦朧としている。連れは明日予定しているカーテン屋の採寸が終わったら東京へ帰ろうと言うが、とても自分ではマンションの下までも行ける気力も体力もない。とにかく今は様子を見ようということにして、この日も12時前に寝る。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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