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2007-08-24(Fri)

決死の帰京

8月24日(金)
夜中に何度も目が覚めつつ朝8時過ぎに起きる。起きる…といってもトイレへ行き、茶色い尿を出し、洗面所へふらふらと行っては吐き気をこらえて歯を磨き、うがいをして洗顔を終えるとそのまままた布団へ倒れこむ…というルーチンである。当然何も食えず、連れがコンビニへ行って買ってきてくれたドリンクヨーグルトだけが何とか飲める唯一のものだった。冷えたオハヨー乳業のドリンクヨーグルトがうまい。というか頭では氷の入ったコップ一杯の水をぐびぐびと飲みたい、暖かいうどんをすすりたい、お茶漬けなら…などと考えるが、実際に前に持ってきたところを想像するととても無理だと思う。かろうじてなせだかヨーグルトだけは飲め、吐かないのが不思議だ。
連れ合いが「今日帰れそう?」というので解らないと応えて、改善される気配も保証もないまま横になっているだけ。午後1時ころ、京都へ行く前に頼んでおいたカーテン屋が来て、連れが対応する。各部屋の窓の採寸をし、カーテンの柄や色、材質などを連れ合いと相談して、次に京都へ来た際に取り付けをしてくれるように頼む。
カーテンなんか何でも良さそうなものだと思われるだろうが、こちらにはこちらの事情がある。連れ合いはもともと眠りが浅く、ちょっとしたことですぐに目が覚め、結果不眠に陥ることが多い。不眠は精神にも免疫にも体力回復の面などからも、とにかくあらゆることに良くない。この安眠を妨害する最大の要因が、「朝日」なのだそうだ。俺なんかは朝、窓から射す日の光で心地よく目覚めるのが好きだったりするのだけど、連れは朝まぶしいのを何よりも嫌う。従って遮光カーテンが必須というわけなのだ。で、今回の部屋は窓が変則な形のものが多く、市販品では合わない。従ってここは最初にちゃんとしておこうと相談の上、オーダーカーテンにしたというわけ…って何必死に説明してるんだか。
その後2時過ぎになって、一応昼前に重たい荷物は送ってしまおうと、旅行カバンに荷物を整理し始める。荷造りを終え、出すだけになった段で、俺の携帯に布団を運んでくれた宅急便の運転手の着信が残っていることを思い出す。電話して聞いて見ると、集荷に来てくれるのは6時くらいになってしまうというので諦め、結局連れが旅行カバン二つをゴロゴロ向かいのセブンイレブンまで持ってって発送してくれた。俺はその間にこのチャンスを逃したら帰れないかもと思い、最後の気力と体力をふり絞り、起き上がって脂汗を垂らしながらジーンズとシャツに着替える。そうして戻ってきた連れに「今なら駅まで行けそうだから、行っちゃおう」と告げ、電気やら戸締りやらをしてもらい、そろそろと歩いて道を渡り、空車を拾って京都駅八条口まで行ってもらう。連れは「病人がいるので、後部座席に横にならせてください」と前に乗ってくれたが、後部座席に斜めに横になるとかえってクッションが響いて気持ち悪くなりそう。なので、結局座席に深く座るカッコウで車の振動に耐えていた。
八条口へ着き、連れがみどりの窓口で4時ちょいののぞみの切符を買ってくれる。もう6分ほどしかないというので、そのままホームへエレベータで上る。もう何だかこちらは必死の形相で鬼気迫っていたようだ、すれ違う一般の客がギョッとしたような顔で俺を見ては慌てて目を逸らしたりするのがわかる。ホームに着いてすぐ新幹線が来たので、乗り込む。関係ないがホームではグルジア出身の関取・黒海がいるのを見た。ピンクの浴衣であった。大きくリクライニングをしたかったので一番後ろの席を、と指定したが空いてないと言われ、その一つ前になったが、後ろの席は誰もおらず。遠慮なくかなり座席を倒し、窓側に俺が座った。その後は持ってきてくれたドリンクヨーグルトを1つ飲んだだけで、ずっとひたすら横になって耐えていた。
東京には6時20分ころ到着。電車の乗り継ぎはとても無理なので、背に腹は換えられぬと東京駅の八重洲口からタクシーで帰ろうと出たら、タクシー乗り場は長蛇の列。それでもまだこの時は痛みや吐き気は弱く、ちょっと貧血気味なのかフラつく程度だったので粛々と順番を待つ。15分ほど待ってようやく乗り込み、タクシーは本郷通から御茶ノ水駒込経由で環七から赤羽経由で浮間舟渡へ向かったのだが、運ちゃんが気をきかせてくれたのか裏道を通ってくれたらしく、これが道中曲り道ばかりだわ逆に時間はかかるわで、俺は後部座席で脂汗を垂らしながらひたすら苦痛に耐えていた。舟渡のローソンでいったん停めてもらって連れ合いが買い物をしてきてくれ、家に着いたら8時ころだったか。
さすがにホッとしたが、この帰りのタクシーが一番苦痛だった。滝のように汗が出て、熱があるのかと思って測ったほどだった。実際は37度ちょいと微熱でもなかったが、とにかく辛い帰京であった。それでも連れがいてくれたおかげで無事家まで着くことが出来て一安心。猫たちは甘えてきたが、俺は猫をなでる気力もなし。着替えてソファに仰向けになるのが精一杯。その後吐き気も落ち着いたので、おかゆを炊いてもらい、ご飯ですよ、梅干で茶碗一杯どうにか食べられた。これももう安心だな、とトイレに入るが、尿は相変わらず濃いオレンジ色。夜は疲れたので俺だけ11時過ぎに先に寝る。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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