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2007-08-27(Mon)

胆石発作と判明

8月27日(月)
今日は定例の診察日。朝は目覚しで7時ころ起きるが、しばらくは眠くて朦朧としていた。10分ほど経ってから起きて排尿歯磨き洗顔。尿の色は相変わらず濃い黄色だが、最悪の時と比べれば尿の感じが全然違い、一時の茶色くドロリとまではいかないまでもかなり濃かった感じも薄れて、さらっとした普通の尿の感じ。だいぶ良くなったな、と実感する。
間もなく起きて来た連れが支度するのを待ち、朝はドリンクヨーグルトだけにして、7時50分ころ出る。朝なので暑さはまだ感じず。タクシーが5分ほどでつかまり、病院へ向かう。今日はなぜか渋滞がいつもよりひどく、環七まで30分ほどかかった。病院へ着くと8時45分ころ。早足で内科受付へ行き、連絡票を貰って地下の採血受付で受付番号を貰うと18番。採血が終わって内科へ連絡票を渡し、地下のスタバへ二人で行く。俺はラテのトールとソーセージロールみたいなやつ、連れはシナモンケーキとアイスココア。食べた後はソファで俺はごろりとしたりして、10時過ぎに内科の診察室前の待合へ移動。15分の予約だが10時半ころまで待たされてから呼ばれ、二人で入室。
U先生に開口一番「シラトリさん、胆石発作起こしませんでした?」と聞かれてビックリ。京都でのあの苦しみはやはり胆石だったのかと夫婦二人で瞬時に納得、「は…はい! 起こしました」とマヌケな応答をしてしまった。連れが俺の顔や手足が黄色い、と言ってたのも胆汁のビリルビンの色、つまり黄疸であったか。U先生は今回、大元の病気つまり血液腫瘍の方はデータ的には変化なかったので良かったのだが、とにかく肝臓関連の数値がべらぼうなことになっているという。見るとGOTが339、GPTが848、G−GTが135、そしてALPは657! これはもう肝機能障害といっていいレベルだ。
9月半ばには京都に引越が決まっているので、今回はU先生に京都の病院へ転院の引継ぎをお願いしようと思っていたのだが、それどころではなくなってしまったようである。ただ幸い炎症反応(CRP)はなく、T-Bilも1.62と、どうやら胆石発作が起きたが、収まった…という感じが見受けられるそうだ。いずれにしても消化器・肝臓内科の先生に診てもらった方がいいということになる。「このあとすぐ消化器内科へ」ということでいったん診察室を出て、新患受付へ行き、申し込み票を書かされ、番号札を取って15分ほど待ち、さらにカルテが出来るまで20分ほど待たされ、ようやく再び内科受付へ。同じ内科なのに納得いかんな…ということは全然思わず、むしろこのまま入院になったら引越準備もあるのに大変なこといなるなあ、という思い。U先生の所見は付記されて消化器の方へ回ってますからと言われ、とりあえず予診室で経緯や症状などを聞かれる。その後30〜40分待たされて、ようやくS先生という若い医師の診察室へ呼ばれて入る。
まあ簡単に言えば、消化器内科の見解は「これは尋常じゃない数値だ」ということである。そりゃそうだ、いつもは20とかそこらの数値が数十倍になってるわけだから、大変なことは解る。「うーん、確かに今はおさまっているということで、ご様子を見てもこういう場合は普通の患者さんだと二、三日様子を見て採血をもう一回して…となるんでしょうが、あなたの場合はもとのご病気(白血病)があるので…。白血球数がこれだけ低いと、もし今炎症を起こされたり、感染症なんかにかかったらこれは大変なことになってしまいますから…」とのこと。で「仮に胆嚢を取る手術をするということになる場合でも、やはりこれだけ免疫力が落ちていると(手術の)リスクもかなり高くなりますし」と。なるほど、それらのことは凄くよく理解できる。免疫力が落ちていて血小板数も充分ではないと聞けば、普通の外科医なら手術はなるべくしたくはないだろう。
で、ともかくエコーを撮ってきて下さいと言われ、連絡票を持たされて2階の機能検査部へ。ドアのポストに診察券と連絡票を投函して待ってると数分で呼ばれ、女性技師に腹にローションを塗られてエコー検査。「はい息を大きく吸ってー」「はい抜いてー」の繰り返しで、左の脾臓側、中央から右の胆嚢、さらに右の背中側へ肝臓なども全般的に見られる。途中「まだ石はありますか」と聞くと「ありますよ」、「大きいですか」と聞くと「大きいですねえ」と淡々と言われる。10分ほどで終わり、検査結果は消化器内科へ回しておくと言われて検査室を出る。
その後内科へ行き、検査してきた旨告げてしばらく待ってると、先ほどの診察室からまた呼ばれる。S先生は「石は胆嚢の中には確かにありますが、とりあえず今詰まってるとか炎症を起こしている、という感じではないですね。ひょっとすると詰まっていたものが取れて出たのかも知れませんが、よく検査してみないとなんとも言えませんねえ」とのこと。その後いったん席を外し、データを持ってどこかへ行き、数分で戻ってきた。恐らく上の教授とか先生に聞きに行ったのだろう。で、結論から言うと「即入院」。うまくいっても最低2週間程度だろう、と聞いてガックリ。だって9月14日には引越なのに…。よりによってなんでこんな時にと思うが、こればかりはもう仕方がない。
とにかく空き部屋の確認をしますからというので一旦診察室の外に出て待つ。その後部屋があったから下の入院受付で受付をして、病棟へ行けと言われて出る。ちょうどこの後歯医者へ行く予定だった連れが病院で歯磨きを終えて戻ってきたので、二人でいやはや大変なことになっちゃったねえ、と話しつつ入院受付へ向かう。
受付で聞くと空いた部屋は3人部屋だということで、決まった部屋を見ると7A病棟の17号室、つまり「717」…って俺の誕生日じゃねえか(笑)。ラッキーだかなんだかよくわからんが。受付で15分ほど待たされ、入院の説明を受け書類をいろいろ貰い、自分で行けるかというので行けるといい、書類ホルダを受け取って病棟へ行く。7Aのナースステーションに行くと担当の看護婦さんが来て病室まで案内してくれた。部屋は3人部屋だが一つだけが埋まっており、2つのうちどこにしますかと聞かれたので、窓際の方にする。もう一つの窓際のベッドの患者に「お世話になります」と挨拶。60前くらいのコワモテのオッサンで、一瞬その筋の方かなと思ったが、深くは考えぬようにする。
看護婦さんに血圧を測られ、問診票の記入と検温をと言われ、検温し問診票を記入。こと細かにこれまでの経緯や自分の病状などを書く。体温は36.6℃でド平熱。荷物を取りに家にいったん戻りたいと言ってあったが、担当の先生が来るから話してからにしろというので待っていると、しばらくして若い研修医が来た。治療方針の説明というのをしていくが、何だか研修医というよりもまだ学生という感じで、痩せていて幼い顔をした男の子なので下手をすると中学生くらいに見える。連れが「白血病で免疫低下しているゆえ、マスクや手洗いなどの入室者の管理は」と聞くと答えに窮し、「ごもっともな疑問です、先生にうかがってきます」と言って出ていった。そうそう、解らないことはすぐ解る人に聞きに行きましょう。
ここでもう2時5分前、2時に歯医者の予約をしていた連れに「とりあえず行ってきな」と行かせる。その後しばらくしてAという医師が担当医として来る。とりあえず数日は飲食禁止で各種検査をしますから、という説明。実は14日に引越があるので…と言っても「それは検査次第で」とのこと。そりゃまあそうだ。とにかくよろしくお願いします、と頭を下げる。看護婦さんが問診票と一緒に外出許可証をくれたので、それに「3時から6時まで」記入をしたあと、ナースステーションに提出し、3時前にいったん下へ降りた。

タクシーで舟渡のマンションまで行ってもらうが、途中坂上あたりで物凄い渋滞に遭遇。どうしたのかと思ったら、環八手前の下り車線でトラックに突っ込んだ乗用車の前がぐしゃっと壊れた追突事故。まあ今回の俺の胆石も事故みたいなもんだよなあ。
部屋に戻ると、ちょうど連れも歯医者から戻ったところだというので、二人で入院荷物の支度をする。というかまずはパソコンで、連れが次に京都へ出勤する際の宿泊先の予約などの段取りをしてしまう。次はカーテン屋に連れが電話をして、2日の夕方に取り付けしてもらえるかを聞き、俺は先日京都へ出かけた際に冷蔵庫や照明をつけてもらった電器屋に電話して、2日の夕方に液晶テレビの小さいのを持ってきてつなげてくれないかと電話。結果的にはカーテンはOK、テレビは2日が定休日だそうで、3日に連れの学校が終わった後、7時8時でも届けてくれるということになった。まちの電器屋さんは融通がきいて助かるなあ。あとはメールで仕事の取引先各位に入院の旨をあらためて連絡する。
最後にこのブログにこれから入院する旨書き込んで、パソコンを閉じる。こないだ京都へ持ってって、仕事を始めるために元に戻したノートパソコンは、またまた旅行カバンへ逆戻りだ。「禁飲食」なので水物もダメという指示だったのだが、余りにノドが乾いたので思わずアイスコーヒーをぐびぐび飲んだ。しばらく飲めないと思うと実にうまかった。旅行カバンにパソコンや周辺機器など仕事関連のもの、ボストンバッグには着替えやタオル、洗顔道具などを詰めて、5時過ぎにマンションを出た。

旧戸田橋製氷側のバス通りへ出てバス停の凹みで待ってると空車が来たので乗り込む。病院へは6時10分前くらいに着き、ナースステーションに外出許可証を戻し、病室に戻った。戻ると隣のおじさんのところには奥さんと思しき女性が来ていたのだが、これがどう見ても「姐さん」。やはりこの人はその筋か? という風情である。奥さんにも「よろしくお願いします」と挨拶をすると、ちゃんと返してくれたが、どこからどうみてもヤクザとその女房(笑)。だって50代と思しき女性であるが、金髪で前髪が庇になってて化粧バッチシ眉は一直線、服装もビッチ系つんですか?、ヒョウ柄でアクセも金ジャラ系っすよ。こここ怖いよお。自分のスペースへ行き、カーテンをそっと閉めて着替えをし、やれやれと一息つく。連れは売店で夕飯までのつなぎに自分の蒸しパンとココア、週刊誌、テレビカードなどを買ってきてくる。今日から禁飲食、蓄尿、点滴だ。やれやれ。テレビを音声なしで見つつごろごろして話したりしてると、医師団がぞろぞろ3人くらい来る。主治医のA医師とサブとおぼしき医師、もう一人は最初の頼りない学生風の研修医であった。ナースステーション奥のカンファレンスルーム…というよりは仕切っただけの場所のテーブルと椅子に通され、A医師から今後の検査、治療方針などの説明を受ける。
今は確かに黄疸も戻りつつあり、吐き気も痛みも消失、食欲も戻った…とはいえ、胆嚢にまだ石があるのは事実。また、そもそも今回の胆石発作を起こした石が流れたようだとはいえ、可能性として胆嚢につながる肝臓からの管、腸へも伸びちる胆管へ詰まってたりすると、今後重大な影響を起こす可能性もある。つまり痛みの発作だけでなく、詰まった胆汁が逆流したり、激烈な痛みが出たり。それが周辺の臓器へ悪さをするともっと厄介なことにもなる。なのでまず、明日からレントゲンやCTなどで検査をし、さらに明後日はMRIで立体の画像をつくる。それでもし胆管に石があった場合は、腹腔鏡や内視鏡などでそれを取る手術をしなければならなくなるということ。で同意書を見せられて説明を受けたが、口から内視鏡を入れて、胆管の中に入れた器具の先にバルーンをふくらませて、管を広げて中の石や胆汁を出してやるとか、2種類の処置の説明。ただ最悪の場合の説明として、腸を突き破ったり臓器を傷つけたりする場合もある、と言われて二人で顔を見合わせる。もちろん起こりうる最悪の事態も説明しておかねばならないのだろうが、ちょっと嫌な感じだ。でまあもし最悪そうなるとだいたい通常は一ヶ月程度の入院となり、とても2週間程度で退院というわけにはいかなくなるそうだ。なので9月14日の引越なんかとても無理。とにかく検査次第なので、今は安静にしていてくださいということ。でもしMRIの結果、胆管には石がない、つまりこないだの発作で詰まってたのが出ちゃったのだとしたら、そのまま様子を見て数値の回復をみて退院を検討し、あとは京都の病院に引き継いでもらうということもあり得るという。何とかそうなってほしいが…。
その後何かご質問や不安な点はというので、連れが「元の病気(白血病)があるが、血液膠原病内科との連携は」という話をすると、ちょっとムッとしたような感じで、入院自体が今日の今日で外出までされてそんな時間はなかった、というようなことを言われる。そりゃまあそうです。で(2年前)白血病で入院していた時は入室者は手洗いやマスクを励行させられていたが今回は、と聞くと「白血病のことは専門外なので私たちには全く解りません」と事務的に言われる。これまたそりゃそうだろうが、患者の立場にすれば同じ病院内の話なんだから、「科は違いますが、連携を取って不安のないようにいたしますからご安心ください」ぐらい言ったらよかろうに、とも思う。
というわけで俺も連れに「あまり矢継ぎ早に話しても」というサインを送る。話はそんな感じで終わり、二人で部屋に戻る。テレビをつけると安倍改造内閣の組閣のニュースでもちきりだが、正直どうでもいいという感覚。今は引越まで2週間ちょいしかなく、全てのスケジュールを決定してしまった以上動かせないわけで、そこに至る準備などがこの入院でどうなるか、さらには手術で入院が長くなれば準備どころか引越そのものに間に合わない、という焦りが大きい。連れは寂しそうだったが、7時ころ疲れたろうからもう帰って休みな、と言って帰らせた。エレベータのところまで見送って、戻ってきてからベッド上に机を引っ張ってきて、パソコンで日記を記入する。
24時間点滴開始
それにしてもこれから禁食が辛い。今朝病院の下にあるスタバで食ってるんだけどなあ、でもしょうがねえなあ…と思ってたら8時前に最初の研修医クンが来て、これから24時間点滴になりますとのこと。そうか、これを忘れてた。2年前もそうだったが、24時間点滴だと熟睡できないんだよなあ。静注のルート確保だが、右と左どっちがいいですかというので左にしてもらう。もうどっちでもいいんだが。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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