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2007-08-28(Tue)

入院2日目

8月28日(火)
夕べは9時消灯の後しばらくテレビを見ていたが、眠くなってきたのでウトウト。向かいのおじさんは大人しいな…と思ってたが、消灯時間はとっくに過ぎてるのに、ノートパソコンにテレビのアンテナをずーっとつけて見ている。なので、天井にはその光が反射して常にチカチカしている。また時折ブー!ブー!ブー!と携帯のメール着信バイブが鳴る。ベッドの上に置いてるらしいのでベッド全体に共鳴して響く。その二つ折り携帯をパキャッと開ける音。それを今度はバシャッと閉じる音。遠慮ない咳払い。引き出しのガラガラバタン!という開閉。トイレに立つ際のドアの開け閉めや電気のスイッチのオンオフなど、全てが全く「一人の部屋」でやってる風情だ。こういうのって気になり出すと止まらないし、日中なら些細な音かも知れないこういう音って、ウトウトしているとビクリとするほど大きいし、それで実際必ず目が覚める。
バッグには連れが前の入院の時に買っておいた耳栓があったので突っ込んでみるが、あまり効果なし。それでもようやくウトウトしたと思ったら夜中の点滴交換。さらには向かいのオジサンの方の用事などで、看護婦が常に出入りする。うーむこれはかなりキッツい入院になりそうだな、という感じだ。看護婦さんにも「寝ている患者さんを起こさないように」という配慮が見られない人がいるのが不思議。バッタバッタバッタ、と入ってきて寝ている顔に平気で懐中電灯の光をあて、ドアをバタンと閉める。刑務所じゃねえ、っつうの。俺ってこういう音にイチイチ目くじらをたてるのは嫌な人間なのだが、静かな中だとどうしても気になってしまうし、現実にその都度起こされるわけで、迷惑この上ないのだ。同室者の騒音に悩む場合は個室へ移るしかないのだが、個室に入ったところで結局看護婦さんの出入りはついてくるわけだから同じこと。
そんなこんなで何度も目が覚めつつ、それでも何とか朝まで寝たが、熟睡の最中にオジサンのトイレ、洗顔、歯磨きをガシガシする音で起こされる。時計を見ると5時で、カンベンしてくれよと思う。5時だというのに窓の外ではセミがもうミンミン鳴き始めている。その後も何とかウトウトすると今度は朝の点滴交換。その後は6時に朝イチで採血。もうとても寝てられないので、こちらも起きて洗顔、そして蓄尿。蓄尿は当り前ながら出る尿を全てトイレ内に置かれたボトル(バカでかいビーカーみたいなやつ)に溜めていくのだが、何も飲んでないのに24時間点滴だとけっこう尿が出る。それをその都度カップに取り、ざあとボトルに空けるわけで、ミもフタもないとはこのことだ。
朝飯もなく、かといってなぜか空腹感もさほどなく、朝食の時間が過ぎる。午前中はテレビ見ている間にちょっとだけウトウト。その後9時半過ぎか10時ころだったか、ナースセンターからの音声で「検査に行け」という指示があったので、点滴スタンドを押してまず地下のレントゲン受付へ行く。数分ですぐ呼ばれて、上・下腹部のレントゲン、それから2階の機能検査部へ行き、受付してすぐに心電図。結局全部で30分ほどで終え、また病室に戻る。昼飯もないのでその時間もうとうと。何せ夜中ロクに寝られないので、日中の静かな時を狙って小刻みに寝ておくしかない。そんな小寝を繰り返していると、眠だるくて朦朧としてくる。検査以外は、朝のバイタル(体温や血圧測定)、点滴交換以外は医師も来ず、退屈である。
向かいのオジサン…Oさんはどうやら怪我などではなく、糖尿の合併症による足の壊疽で、片足を切断していたようだ。大変な心痛だろうと察するが、足の切断そのものはこの入院ではなく以前からで、今回は合併症が進んで切断した足の壊疽を食い止めるためと、食事指導なども含めての入院のようだ、と解った。ご本人はけっこうケロリとしており、看護婦に軽口を叩いたりもしていたので、まさかそんな状態とは知らなかったのだが、昼過ぎに医師団が来てそういう話をしているのを聞いてしまった。可哀想にな、と思うがその筋の人だとすると、きっと若い頃からやりたい放題やってきての糖尿で、その結果としての合併症であれば仕方のないことなのかも知らん…などと想像たくましくする。
その後3時前にまたナースセンターから、今度は「内科の外来へ行け」という指示があったので、またコロコロとスタンド押しつつ内科受付へ。声をかけると5番前で待てというので10分ちょっと待ち、中へ入る。入るとこないだマルク(骨髄穿刺検査)をやってくれた、物腰の柔らかい先生であった。これまでのU先生のカルテをざっと見て、今回の経緯を読み、それから昨日の入院時のと今朝の血液のデータを比較検討。やはり白血球数が少ないので、自分のベッド廻りはいいが病棟に出たりする場合はマスクをし、手洗いやうがいはやってくださいという指示だった。
昨日消化器のA先生に連れ合いが血液膠原病内科との連携を聞いてくれた件で、「それは血膠内科に聞け」ということで診察を入れてくれたのだろう。まあ想定通り、今までと同じように気をつけておけということの確認であった。5分くらいで診察室を出て、また病室へ戻る。戻ってくると連れが病室に来ていて、着替えを買ってきてくれた。ちょっと話してから、水と茶だけは飲んでいいと言われてるので、下の売店まで買い物に行く。水、茶、連れのおやつにサブレを買って戻る。
明日のMRIで胆管に石がなければきっと数値も回復してるから、退院が早まるよと話す。途中尿を出しに行くと、黄色いが朝よりは薄い。日に日に、ホンの少しずつだが快方に向かっていると自分で解る。連れは京都からずっとくるくると働いてくれているので疲れてるだろうと思い、今日は5時半ころ帰るように言う。あさっては次女のYちゃんが見舞いに来ると言ってくれたそうだ。Yちゃんにはいつもいつも本当にいろいろ助けてもらって、申し訳ないと思う。ここ何年かは夫婦で入退院を繰り返しているが、こちらに身内のいない自分にとって、Yちゃんと、連れの姉である義姉のお蔭でどれだけ助けられたか解らない。
連れが立ち上がって帰ろうとした時に、萩原聖人似の若い医師が入ってきて、早口で一方的に説明を始める。俺の腹をちょっと触って、痛みも全然ないと報告すると、今日の採血の結果は昨日よりだいぶ良くはなってきているが、それでも肝機能の数値はまだまだ異常レベルなので、今は食事が取れる段階ではないということ。で、恐らく状態を見ていると痛みもないし数値も良くなってきているから、詰まってた石が出たのではないか、という印象だということ。また白血球がかなり少ないので感染症が怖いし、今炎症を起こすと大変だから、もうしばらく安静にして様子を見ましょうということ。もしこのまま順調に数値も良くなっていけば、早い段階でご飯が食べられるでしょうし、退院も早まるかも知れません…という内容であった。怖いのは熱が出たり痛みが強く出たりすると、再発が疑われるから、すぐ言ってくださいとのことで、医師は去っていった。
その後、二人で顔を見合わせてホッとする。「やっぱり石が出たんだよ、胆管に詰まってたらこんなに回復していくわけがないし」「退院早まるといいね」と話し合う。連れはその直後帰って行った。その後しばらくして、今度は向かいのOさんの奥さん=姐さんが来る。いつも晩飯を自分の分を買ってきて、Oさんの夕飯時に一緒に食べるようだ。こわもて(?)なのに微笑ましい夫婦愛(笑)。会話の感じも、奥さんは鼻にかかった甘え声で「…痛くされなかったあ?」「そうなのぉ?」みたいな感じで、あんなコワモテ相手にかと思うとおかしい。その後雷が鳴り始め、やがてザーッと雨になる。今日は皆既月食だったはずだが、見られるはずもなし。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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