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2007-09-03(Mon)

入院8日目・点滴取れる

9月3日(月)
夕べは「行列の出る法律相談所」で思わず爆笑したりして、11時ころ寝た。夜中は耳栓なしでも比較的よく寝られ、朝は5時ころ、さらに6時ちょいの採血で起こされるまで熟睡。その後はテレビを見ようとしたら突然チャンネルが勝手に11に変わり真っ黒、リモコンを何度操作しても変えられなくなった。こないだから突然チャンネルが変わったりすることがあったのでテレビ自体がイカれたご様子。しょうがないので看護婦にその旨言って、あとは携帯のワンセグを見てとろとろ。しかし「うとうと」の「う」くらいで何かしら看護婦の出入りがあって結局寝られず。
朝食は3分粥。オートミール、たまごスープ、ももジュースに茶。粥っていうからのりたまとか用意したのにオートミールでがっかりしたが、当然全部完食…というか完飲(笑)。ヤケクソでドリンクヨーグルトも飲んだ。その後はワンセグ見ながらソリティアで暇つぶししてたが、看護婦がバイタルに来て、その際「退院の方向で、みたいな感じでしたよ」と言うので喜ぶ。そこで思い立ち、紙に白血病の主治医であるU先生宛てに、引越先の京大病院への転院の際に必要な紹介状と資料作りをお願いする旨の手紙を書く。U先生は現在他の病院へ出向中で、月曜だけ外来に来られると聞いていたので、入院中はもう今日しかない。それに資料=カルテや血液のデータ・細胞分析結果のコピーなどを作るには一週間ほど時間がいると聞いてたから、今日依頼しないとこちらにいるうちに受け取れないわけだ。そう思って手紙を持って、U先生に渡してもらおうと病棟の下の外来へ下りる。
しかし外来の看護婦は事情を説明しても「病棟で先生にお願いしてください」という冷たい返事。ちょっとメモ渡してくれりゃそれで済むのになあと思うが、今の主治医は消化器内科のA先生だ。それを飛び越して、患者が勝手に別の先生に連絡を取ったりするのはルール違反なのであろう。なのでしょうがなく病棟に引き返す。その後病棟の看護婦に説明して、U先生に転院資料を作ってもらう依頼をA先生からお願いしてもらうように改めて依頼した。
しばらくして映らなくなったテレビを見に、リース会社の若い社員が来た。すると何と俺のテレビカードの残高が0になっていたことが判明。要するに料金切れで映らなかったわけだ。念のためとカードを確かめに機械まで行ってくれたが、やはりカラだっただけ。どうもすいませんと頭を下げてお引取りいただくが、とんだ赤っ恥であった。すぐにカード補充がてら、売店まで行こうと思ったらA先生が来て、これから教授回診があるとのこと。んで紹介状の方は言っておいてくれたそうで、来週の月曜に外来に取りに来てくれということ。
戻って病室でしばらく待ってると、初日に俺の静注ルートを開けた若い研修医が来て足元に直立不動で待機し、次にいったん出てったA医師が戻ってきて、俺のベッドを「ちょっと失礼しますね」と言いつつグイとズラして教授様が脇に入れるようにして、お成りを待つ。その間に俺が「石はまだあるんですよね」と言うと「あります。一つじゃないです」とのこと。「でも今回は特別な事情(引越)があるのと、白血病というリスクもあるので、通常は手術などの手段は取らないと思います。恐らく転院先の京大の先生も同じだと思いますよ」とのこと。「油こいものとかは気をつけないといけませんね」と言うと「そりゃあそうです、じゅうぶん気をつけてください」と言われる。
その直後、消化器内科の教授が来られる。聴診器が何と金! でびっくり、あんなの初めて見た。研修医が緊張した面持ちで俺の容態を読み上げ、途中緊張の極限か言葉に詰まってしまうとA医師があとを引き取り、流暢に「この患者さんは白血病を持っておられますので、内視鏡等の治療は行わず、あと京都へ転居されるということですから、次のドクターに引き継ぐという形でいいと思います」と述べると、教授は声も出さずに頷き、俺の腹におもむろに聴診器をあて、息を吸ったり吐いたりさせつつ腹をもみ、お大事にも何もなく去って行った。A先生はいつものようににこやかに「じゃあお大事になさってください」と笑顔で去って行った。
やれやれとテレビカードをチャージしようと財布を持って出るが、一万円札しかなかったので、どのみち買い物をしてくずさないとチャージできないから、売店まで下りた。髪が洗ったあとぱさぱさだったのでムースと、あとは水とヨーグルト2本ずつ、スポニチ、チップスターのハーフサイズ。昼食は3分粥

病棟へ上がって2千円チャージして戻り、差し込んでつけてみると当り前だがバッチリテレビは見られた。うう、恥ずかしい。昼飯は本物の3分粥、さつまいもの角切り、白身魚とダイコンと豆腐の薄味煮物、あと意味の解らない無色の汁。最初白湯かと思ったほどだが、かすかな塩味がついており、何だかは不明。あとはヨーグルトと茶だった。だんだん食事ぽくなってきたなあ…。もちろんヨーグルトまで全部完食。その後は音がしないように布団の中でポテトチップをパリパリと食べ、ソリティアやりつつ家から持ってきたイチゴチョコを食べる。
そうしてワイドショー見ながらうとうとして、病院にこのままい続けたらダメ人間になれるなあ…と思ってたら、4時前に突然血液・膠原病内科の主治医・U先生が現れた。私服で帰りがけに様子を見に来てくれたというご様子で、一瞬誰だったか解らなかった。そういえばいつも白衣は当り前とはいえ、マスクをされていたことも多かったから、私服で素顔だと普通の若い女性なのでビックリだった。「どうですか?」というので「もう大丈夫みたいです」と話すと、転院の資料作成の件はわかったけど、来週取りに来れそうかというので、大丈夫ですと応える。それまでに退院してそうかしら、というのでそんな感じですね、というとじゃあ2時ころ外来に来て受付に声をかけてくださいということになる。俺が実は午前中これをお渡ししようと思って外来まで行ったんですが…と、看護婦に受け取ってもらえなかった転居先と京大のI先生の名前などを書いたメモを見せると、「あ、じゃあ新しい住所に送った方がいいかなあ」ということになる。それなら来週わざわざ来ていただかなくてもいいし、ということで、俺もその方が楽ではある。ただ、あとは個人情報なので送るとなるとそれだけがちょっと気がかりだとおっしゃるので、俺が宅急便の着払いで送っていただければ、と話すと「そうですね、それだと受け取りも残るし確実に渡してもらえますもんね」ということで送っていただけることに決定。んでそのメモを渡そうとすると、今貰ってもなくしちゃうから、外来にカルテに挟んでおいて貰うように渡しておいて、とのこと。
実は午前中に看護婦さんにそう頼んだらかたくなに病棟の先生を通せと断られて、というと「ああ、看護婦さんだとそう言いますねえ、じゃあ受付の事務の人に渡しておいてください」とのこと。U先生が帰った後、すぐ下に降りて外来の受付に事情を話し、メモを渡す。これで一安心、安心ついでに売店でクッキーとドリンクヨーグルトを買って戻った。相変わらずの不良患者か。今日は外は暑くなったようで、病院の新患受付カウンタのあたりは冷房が強くかかっていた。
その後ソリティアもいい加減つまらなくなってきたのでテレビを見ていると、4時半過ぎに夕方のバイタル。その際、今の点滴が終わったら点滴終了と聞いた。いやーこれで煩わしい点滴もおしまいだと思うと嬉しい。その後夕飯が来るがやはりまだ3分粥、粥の上にしらすがチョロッと乗っていた。あとは麩の煮物、ダイコンとニンジンの味のない煮物、具のない味噌汁とココアみたいなジュース。それでも完食。いつものように6時前に来たOさんの奥さんは相変わらず。ていうかベタベタでれでれしすぎで、聞いてておかしい。言っちゃ何ですが、ゴツいコワモテのおやっさんに「なになになのぉ?」とか子どもに話すような口調である。
今日は仕事の連絡、SさんとKさんの案件が交互に携帯メールで来て、特にSさんの方は仕事の内容が面倒で往生したが、よく考えたらヤフーのメールはブラウザアクセスなので、携帯からでもOKだ。何とか携帯で各サーバに事務連絡を打つ。やはり長文になると携帯では面倒くさい。
そうこうしていると点滴が終わり、これにて点滴終了。24時間点滴が取れた後の開放感というのはなかなかに筆舌に尽くしがたく、これは体験した人じゃないと解らないだろう。夜も寝相を気にすることなく、ゆっくり寝られると思うと嬉しい。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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