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2007-09-12(Wed)

荷造りやっと本腰・清竜丸マスターと「お別れ会」

9月12日(水)
朝は9時ころ電話で起こされた。そのまま起きて、朝はパン、ヨーグルト。連れ合いは1時にご近所のKさんのお宅へ1時前に出かける。引越はあさってに迫っているのだが、実は引越前の荷造りは不要な本などの結束・廃棄以来ほとんど手をつけていない。いくら何でもそろそろ俺らがやるべき梱包などはやらないとなあ、というので俺は自分の仕事机廻りからやり始めることにする。
2時前ころか、テレビは突然安倍首相辞意表明のニュース、以後ずっと夜までもちきり。なぜこのタイミング? 安倍さんは結局近隣諸国への勇ましい(?)発言と若さへの国民の支持はあったが、小泉人気の残滓で総理になったはいいが肝心の本人が「首相の器」ではなかったように思う。閣僚の相次ぐ不祥事や不手際、それらへの対処はいつも後手後手で優柔不断、こういったことは本来評価されるべき政治信条や政策とは無縁の問題なので気の毒ではある。しかしよく考えれば、そういった「政治家としての資質」より以前の、「人としての資質」で首相の器ではなかったわけであるからして、辞意は仕方のないところだったのだろう。
引越作業の方は、元々進めていた荷造りの数箱はあったのだが、両袖の大きな事務机の中はほとんど手付かず。この事務机は捨ててしまうので、中を空っぽにしないとならない。俺の場合「後で何かの役に立つかも」とか「もったいない」とか理由はあってないようなものでとにかくモノが捨てられない。従って何年も触っていないものがたくさん入っている。そういうものはこの際思い切ってガンガン、ゴミにして捨てることにする。そうしてポイポイ思い切ってモノを捨てる決断をすると、逆に取っておくというある種の重荷から解放されるので、心地よいものがある。そうして大量のゴミ袋が次々と生まれ、中でもどうしても必要なものは梱包していく。
そういえば日本各地でゴミを捨てられずに家中ゴミだらけ、いやそれだけではなく各所から集めてきては自宅や周辺に積み上げる「ゴミ屋敷」が社会問題になったりしているのだが、こういう「溜め込む」「捨てられない」人たち=「ご近所の困ったちゃん」って圧倒的に男が多いような気がするなあ。女の「困ったちゃん」というのは、奈良の「騒音おばさん」とか、気に入らない家の塀に尿をひたすら撒き続けた「小便おばさん」とか、男たちの「捨てられない=溜め込む=ゴミ集め=自分の城を形成=守り型」に比して攻撃型が多いような気が。
さてこの作業に没頭、へっとへとになって休憩していると連れ合いが戻ってくる。ついでに郵便局へ俺がプリントしておいた新しい住所を持って転送届けを出しに行ってくれ、帰りは夕飯と風邪薬の買い物をしてきてくれる。その後も作業をするが、引越業者にお任せとはいえ、全体の進行度からいえば10分の1どころか20、いや30分の1も進んでいないと思う。これで本当に大丈夫なんだろうかと不安になってしまう。
その後は台所の食器関連を連れ合いがやったりしていると、清竜丸のマスターから電話があり、店に行く前に顔を見てお別れだけでも、とのこと。4時ころマスターが来て、散らかっている居間に上がってもらう。「いやー寂しくなりますねえ」と言いつつ、冷蔵庫にしまってあったお中元の缶ビールを出して3人で乾杯、しばらく世間話や思い出話をする。思えば俺の場合連れと一緒に暮らすので板橋区内の団地に引っ越したのが20年以上前、そこから蓮根に越したのが15年ほど前。蓮根時代に清竜丸を教えてくれたのは、当時蓮根に古書店を開いていた虔十書林の多田さんだった。それ以来マスターとは公私に渡ってお世話になり、お付き合いをしてきたわけだから、12年くらいになるだろうか…。釣りに行ったり、箱根に旅行へ行ったり、ビリヤードをやったり、遊園地にも行ったししょっちゅうカラオケにも行ったなあ。帰り際、マスターはいいと言うのに餞別を置いて、5時半ころ帰っていった。お互い寂しくなるね、と話しつつ束の間のお別れ会となった。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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