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2007-09-14(Fri)

東京よさようなら

9月14日(金)
引越当日。朝は7時半ころ二人とも起きて着替えてスタンバイする。まず8時前に予定通り、ペット運送の人が来る。ペット用のカゴを玄関脇の納戸から出し、猫二匹を連れてってもらう。ユキの方は比較的簡単にカゴに入ってくれたのだが、シマがなかなか入らず、何度か入れようとしてはスルリと抜け出ては逃げようとするのをつかまえて戻し、「フー!」とか言われつつも何とか無理やり入れて、「明日までの辛坊だから」「大人しくしてるんだよ」と言い聞かせて預ける。
その後、8時過ぎ、『アリさんマークの引越社』が到着。チーフらしい赤い帽子の人が書類を持ってきて、今日の作業の最終確認を行う。確認は丁寧で、その他の運送係が2人で合計3人と、梱包係の女の子が3人来た。俺等はここ数日でやれた荷造りはけっこう頑張ったものの、全体からすればホンの少しだったので極めて不安であったわけだが、いざ業者が来ると、さすがはプロの作業、である。俺等はほとんど要らないもの=処分品を2トンショート(トラック)へ運ぶものと、新居へ運ぶもの=2トンロングへ運ぶものを指示するだけだった。てきぱきと3人娘が仕事部屋、台所、奥の衣裳部屋と別れて梱包をはじめ、時々「すみませんお客様」と言われて捨てるのか運ぶのか、あるいはどこの部屋行きか、などを指示するのに対応するだけで、あとはこちらはそれぞれの梱包隊の元へあっちへ行きこっちへ行き、作業を見ているだけなのも申し訳ないので、ちょこちょこと手伝ったりはしたが、ほとんどは「うろうろするだけ」という感じであった。
コンビニで彼らへの休憩の飲み物を買っておいたので、10時過ぎに一度休憩に入るというので飲み物を渡して、俺等も一息。さすがにここ数日の梱包や今日の立ちぱなしでへとへとになっていたので、ベランダ側の窓の段差に座り込んでぐったりする。連れ合いがまた下血したりしないかと心配したが、大丈夫そうなので安心。
その後もひたすら作業は続き、一時は夕方までに終わるのかと思ったが、何とか3時過ぎには終了した。凄い。今日来てくれた運送屋さんのうち、チーフとその下の一人がこのまま京都に向かい、向こうで搬入もやってくれると言う。しかし余りに廃棄処分品が多すぎて、2トンショートの荷台は一杯になってしまったという。なので、部屋の一隅に大きいゴミ袋で5〜6袋、むき出しのゴミ類が一山、さらにベランダに取り付けてある猫トイレ用の箱などは積めなかった。しかし俺らは残ってこれらのゴミを処分する時間はない、これから京都へ移動し、新居で明日の朝から今度は搬入の受け入れをせねばならない。なのでゴミはあとで改めて何とかしよう、というアバウトな感じでとりあえずモラトリアム状態。
入居した時は新築で、ピカピカに見えたこの部屋。いざ入居してみたら、近隣は粉塵と騒音と悪臭でさんざんだった我が家。それでも中は快適にしておけば良かったのに、連れの相次ぐ入退院、自分の病気…いろいろなことがあって、今は見る影もなくうす汚れて廃墟のようになった、がらんどうの空間。外の環境は仕方のないことだが、中を荒廃させたのは俺たちだ、そう思うとこの部屋にも申し訳ないような気持ちになる。今までありがとう、ごめんね、と思いつつデジカメであちこちを撮影した。
最後に電気のブレーカを落として、二人で鍵をかけて部屋を出た。隣のタクシー会社に声をかけ、空車がいたので乗り込む。道中、17号を都心へ向かいつつ坂上あたりの風景を車窓から見ながら「もうここらを通ることもないんだねえ」とか感慨深く話していたが、西巣鴨あたりで引越関連の書類を入れたファイルを忘れたことに気付いた。しまった、全部見たはずなのに、わざわざ間違って捨てたりせぬように俺が仕事部屋の納戸の中に置いていたまま忘れてきたのだ。それらの書類は新居に移ってから書手続きや各種連絡に必要不可欠なものなので、連れ合いに話すと「すぐ戻ろうよ」というので、運転手さんに戻ってもらうよう声をかけて、引き返してもらう。
しかし運ちゃん、気を使ったのか確信犯か解らぬが、環七を経由して十条方面から舟渡へ戻り、偉い時間がかかって1時間ほどロスした。西巣鴨からなら17号へ戻って逆に下った方がはるかに速かったと思うが、連れ合いとは車中、最後の最後まで「すんなり行かせないぞ」という感じだねと話す。マンション前にタクシーを止めてもらい、すぐに部屋へ上り、引越関連のスケジュール表やら書類、小銭入れた小箱、その他一式をカバンに突っ込んで戻る。そうして白山通りを経由して東京駅に着くと料金は12000円ほどになった。途中水道橋から神保町方面へ向かい、おやおや最後の最後に昔勤めていた青林堂の近くを通ってくれるのかと思ったら、その前で本郷通りへ左折してしまった。それにしても引き返したせいで痛い出費になったが、最後の東京ドライブだなあと思い、東京駅構内へ入り、新幹線で京都へ向かう。
京都へは7時過ぎに到着、これから暮らすマンションへ着くと8時近くであった。夕飯はとにかく近くで済まそうということにするが、まだどこに何があるかよく解らず、探し歩く体力もない。結局すぐ近くの居酒屋へ入り、カウンタで生ビール、連れは冷酒でお疲れ様の乾杯をした。普通ならへとへとでボロボロになったはずだが、プロに任せたお蔭で疲労感はそれほどなくて済んだ。居酒屋は途中から学生のコンパで11人の男女がワーッと入ってきたりして、俺たちは早々に退散。夜は11時過ぎにとっとと寝る。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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