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2007-09-22(Sat)

久しぶりの母娘再会

9月22日(土)
白川通り「茶又」のお刺身。絶品!
朝は連れが先に起きており、俺は朝方何度も目が覚めていたせいか朦朧として、9時過ぎにようやく起きる。洗顔などして、居間でコンビニで買っておいたサンドイッチをチルドカップのコーヒーで食べる。その後支度をして、自転車を押しつつカナート洛北へ二人で行くことにする。今日は連れ合いの母親と姉が「様子を見に」京都へ来る日だ。まだ居間にはソファは届いていないので、カーペットに直座りのまま。義母は俺たち以上に足腰が辛いだろうから、とりあえず何か椅子をつなぎに買おうということにした。
駐輪場へ自転車を停め、いつも行く2Fのインテリアショップへ。そこでおあつらえ向きに折りたたみ式の椅子があったので買うことにする。それを係が倉庫から持ってくるという間にクッションカバーを2枚、ダイニングテーブルの下に敷くラグを買う。会計は23000円ほどになったが、いただきもの商品券2万円分があったのでそれを使い切った。商品を持って下へ降り、連れはパン屋で昼のパンを買うというので別れて、俺は駐輪場へ。そこで前カゴにカーペットとクッションカバーを入れたが、荷台に椅子を縛るにあたって、こないだ区役所へ行った帰りに買ったゴムひもをほどくのがなかなかの難儀。なかなかほどけず、滝のように汗を流して5分ほど格闘。途中俺はいったい何をしているのだと発狂しそうになったが、ようやくほどけ、それをさらに汗だくになって荷台に縛りつけ、自転車を漕いでマンションへ先に帰る。
寝室で枕の下に敷いていた、舟渡のマンションでずっと使ってたくたびれたクッションのカバーをはがし、中身を新しいカバーへ入れ替える。んで椅子もビニルなどをはがして座れるようにして、ホッと一息ついてると連れが戻る。連れがお姉さんの携帯へ電話したところ、こちらへは漬物屋に寄ったりするから結局3時過ぎになるということ。連れは美容室へ出かけ、俺は汗かいたのでシャワーをしたりする。
3時過ぎ、二人がマンション下へ到着し、連れが迎えに降りて上がってくる。義母、義姉二人とも「明るくていいところだね」と感心してたので、こちらもなぜか安心。安心させられて安心、だ。二階のベランダから妙・法、下のベランダから大文字も見せた。それからはテレビで相撲を見たりしつつ、夕飯はお昼に何度か行って美味しかった和食割烹「茶又」へ行くことにする。しかし今日に限って北大路を東へ行く空車が全然通らず、連れの携帯からタクシーの配車を頼み、6時過ぎになってようやくタクシーに乗れた。
茶又は奥の掘りごたつの和室を予約しといたので、そこへ入る。お造りは鯛、かんぱち、もんごういか、あおりいか。オニオンスライス、出汁巻き卵、揚げ出し茄子、生麩の揚げ出し、馬刺しなどを頼み、わいわい飲んで食べた。後半は山田家の昔からの親子関係、姉妹関係の「今だから話すけど」みたいな話や、連れが京都へ来てしまったのでお姉さんが寂しくなったと涙ぐんだり。久々の親子3人の再会で、楽しく過ごした。
それにしてもこの茶又の料理はなかなかのもの、そして安い。魚介類も実に新鮮だが野菜は京丹後にある自家農園から直送されてくるという新鮮さで、もし東京あたりならいったいいくら取られるのか、いやここは京都だ、いったいどうなってるんだ、と何故か頭の中でぐるぐる考えてしまうほどのうまさ。あと、こちらでは「出汁巻き卵」がどこでも実にうまい。東京の甘い玉子焼きとは違って、出汁の美味さがほくほくふんわりの卵からじわぁ〜と出てくる、病み付きの美味さである。そんなこんなで宴席にも料理にも大満足。
タクシーで俺等だけマンション前で降り、ホテルに帰る二人を見送る。コンビニで買い物して帰宅9時過ぎ。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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