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2007-10-02(Tue)

赤山禅院で方位よけ

10月2日(火)

赤山禅院引越してまず方位よけをしといた方がいいよ、と先日義母に言われていたので、修学院離宮の北にある赤山禅院へ行くことにする。
赤山禅院(せきざんぜんいん)というのは888年(仁和4)、天台座主安慧が創建したと言われる古寺。本尊には陰陽道の祖といわれる泰山府君(赤山明神)をおまつりしており、京都の表鬼門(丑寅の方角)にあり、王城鎮守、方除けの神として信仰が厚いという。
我が家からはタクシーで800円ちょいの距離で、白川通りを修学院の先から山の方へ少し入っていったところにある。住宅街を抜けるとすぐに参道になり、奥まで入るともう木々に囲まれた静かな山寺という風情だ。京都はこういうところがいいよなあ、と思う。あちこちに普通に神社仏閣があり、それらは当り前だがいわれがあり古く、信仰を集め、そして守られている。タクシーの運ちゃんによると、叡山で修行をする人=修験者もここを通る際に必ず挨拶をしていくという。有名な千日回峰(峯)行の修行中、行者は山々を駆け巡り過酷な行を続け、満行すると高僧の称号である大阿闍梨の尊称が与えられるが、この行を終えた行者は延暦寺の記録ではたった47人しかいないそうだ。
境内に入ると観光客はおらず、檀家とおぼしき老人が2,3人いただけだった。すぐに方位よけの護符、清めの塩、あと方位よけと俺の病気平癒の護摩木を2本お願いして、お布施を支払う。護符と塩をいただいて護摩木にそれぞれ書き込んでお供えし、本堂へ向かうとちょうど住職がお勤めの最中だった。檀家の老人が2人、椅子に座って読経を聞いている。俺たちもベンチに座ってお経の間じっと聞いていた。後ろでは女の人の声で住職の読経に合わせてお経を詠む声が聞こえ、後で振り返ると先ほど社務所で方位よけについて説明してくれた人で、たぶん住職の奥さんであろう初老の女性だった。
瓦彫の神猿
お勤めを終えた住職に一礼して、それから奥のお堂などにもお参りする。季節はもう秋のはずだが、山は緑が気持ちよいまだまだ夏の風情。拝殿を見上げると、屋根の上に瓦彫の神猿が京都御所を見守っているのが見える。それから境内を出て参道を歩いて出て、住宅街へ出るが、陽が当たると暑い。なのでしばらく歩いて日陰に入って待ってると空車が来たので乗り込む。
カナート洛北まで行ってもらい、連れの歩きやすい靴をABCマートで買い、外のパン屋で明日の朝パンを買ってイズミヤへ。4階で押入れ整理ボックスを6つ寝室用、プラの整理ダンス2つを仕事部屋の押入れ用に届けてもらうよう頼み、リビング用の電波時計を買い、食品売り場で食品類を買って帰宅2時ちょい。
さっそく家の鬼門の壁に、言われた通りお札を貼り、盛り塩をした。

方位除けのお守り
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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