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2007-10-29(Mon)

教え子から「引越祝い」いただく

10月29日(月)

夕べはテレビもろくなものがなく、録画しておいた「タモリ倶楽部」を見終わって12時過ぎに寝室へ。ユキがまた鳴くとうるさいので、いったんベッドの上に来させて「我々はここで寝る、ここに居るから」と納得(?)させて開放。そのせいかたまたまか、夜中は鳴かずにいてくれた。しかし俺の方がどうにも胸焼けがして目が覚め、5時いくらいに起きてしまう。別に気持ち悪いわけでもどこかが痛いわけでもないし、胸焼けといっても吐き気がするわけでもなく、弱いものだ。胃に何か入れればいいかと思い、ドリンクヨーグルトを一気飲み。しかしそれで目が覚めてしまい、ネットで最近ハマっている「大阪民国(だいはんみんこく)」のサイトを見て笑う。この風刺というか諧謔精神というか、このサイトを作っている人の知性と教養はかなりのものだと感心。
6時半過ぎ、明るくなってきて一度布団へ戻り、その後朝は10時過ぎに起きる。MLBのWS4戦目は1−0でボストンがリードしていた。その後試合を見つつパンとアイスコーヒーで朝食。
同封されていた教え子たちからの手紙、ありがとう!
その後宅急便が届いたので受け取ると、かつてのジャナ専(日本ジャーナリスト専門学校)の教え子であるNさんから。何だろうと開けて見ると高そうなお皿のセットで、Nさんほか、いつものメンバー6人からの手紙が添えられていた。どうやらみんなでお金を出し合って買ってくれたようだ。皆こちらの病気を案じ、頑張っていると伝えてくれ、そうして京都へ行くから逢いましょうという嬉しいことを書いてくれて、本当にありがたかった。何年経ってもこの年度、このクラスの子らは仲が良く、定期的に集まっては旧交を温めているようだが、そのたびにちゃんと俺のことも思いだしてくれている。出版業界にも何人か入って頑張っているし、もちろんそうじゃない子も頑張っている。みんな、仲良く元気で頑張っている、そのことの大切さ、素晴らしさをいつも教えてくれる生徒たちだ。
連れ合いは「いいねえ、教え子に慕われてて」と言ってくれ、昼前に支度して大学へ出勤。連れ合いもけっこう学生には慕われているようで、「せんせ〜!」と言いながら遠くから走りよってきてハグされたりしているという。その後俺は引き続きテレビを見ていたが、どうも暑い。窓を開けるが首筋に汗が浮く。今日はよく晴れて気温も上がったようで、たまらず閉めてクーラーをつけたほど。オイオイもうそろそろ11月だぞ、ひょっとして階下が火事か? と疑ったほど。
さてWSは途中岡島がまたもや被弾し1点差に詰め寄られたものの、ローウェルがHRでとどめをさし、ボストンが見事に逃げ切って4連勝で敵地でのシャンパンファイトに漕ぎ付けた。松坂はインタビューで「2月のフロリダでのキャンプインから、本当に長かった…」としみぢみ語っていたのが印象的だった。メジャー一年目で、試合数も日本よりずっと多く、そしてポストシーズンまで…というのは確かに長かったろう。まあ終わり良ければ全てよしか。
その後はずっと滞っていたブログを更新するため、8月〜9月の入院時の日記を切り出し、再編集。途中座りぱなしで腹が痛くなって休みつつ、あと途中仕事部屋をちょっとだけ片付けたりしつつやったが、これが気がつくと6時近くというハードな作業になる。ブログはどうにか胆石発作入院を退院した9月5日まで終わったが、最新の日まで追いつくのはいつになるか…という感じ。ちょっと軽く腹が痛くなったので横になってると、連れ合いが「終わった、明日から学園祭だ」とメールがあった。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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