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2007-11-06(Tue)

「広東麺」はいずこに?

11月6日(火)
前の晩猫が入ってきたのでそのまま寝たら、シマが俺の横にいたりで動けず、けっこう眠りが浅かった。朝は何も食べずヨーグルトのみ。連れは出勤なので、12時ちょいに自転車で白川通りの「餃子の王将」へ行ってみた。カウンタで餃子とひさびさの広東麺をオーダーする。

東京ではもちろん日本じゅうの、いや世界中のといってもいいほど色々な種類のラーメンが食べられるので、うちの近所でもその時に応じてちぢれ卵麺の醤油味、とんこつ醤油のこってり極太麺、甘い五目あんの乗った広東麺…とそれぞれ食べに行く店を決めていた。
しかし。京都に来て困ったことの一つにこの「ラーメン」がある。
うちの近所は一乗寺といって京都市内でも有数のラーメン激戦地と言われている。なるほど高野の交差点から北へ東大路を上がっていくと北山通りまでに何軒ものラーメン店があって、中にはいつも行列の出来ている店もあったりする。だが、それらは全てストレート麺(細麺)で、だいたいが背油こってりとんこつ醤油系だ。その中でもちろん味にバリエーションや個性はあるものの、基本線は同じ。この他の地区へ行ってもラーメンはだいたいが博多ラーメン系の細麺である。トンコツ系でも白湯の博多ラーメンにはあのストレート細麺が合うのは認めるが、とんこつ醤油系、こってり味には向かない。誰が何といおうと、ダメである。あのミスマッチがなぜ京都ではスタンダードになっているのか、始めた奴を問い詰めたいものだが、何せストレート麺ではスープが絡まない。麺自体の味もちぢれ卵麺系に比べると薄い(=博多系にはこれが合う、従って替え玉などがスタンダードとなっているわけ)。
ま、そんなこと言っても郷に入れば郷に従え、それにラーメンの味や麺なんかは個人の好みだ。ちなみに「ラーメン通」「ラーメン博士」とか言う連中のグルメガイド、おすすめの店なんてものは絶対に信用できない。なぜかというとそりゃ自明、個人の好みだから、である。
ああそれにしても蓮根「龍園」の、あの何てこたぁないどこ〜にでもある、スタンダードな広東麺が食いたい。ああ食いたい。そう思うと矢も盾も溜まらぬが、ここは京都である。鍋焼きうどんさえ、透き通ったダシ汁で煮込む地である(あれはあれで美味いんだけど)。あの関東風広東麺(てややこしい)はここでは食えぬのか…と思ったら、「餃子の王将」を思い出したわけ。
「王将」はグレゴリ青山女史(こちらで本を紹介してます)が「京都人のソウルフード」と言うくらい、京都には多い。もちろん東京にもたくさんあったのだが、安いのはいいがいつも混んでおり、あんまり入った記憶がない。しかし確か、広東麺があったはず、いや食った覚えがある。「王将」はチェーン店なんだから、きっとあの広東麺もあるに違いない。そう思って自転車で白川通りの「王将」へ走ったのであった。

…さて、カウンタで久々の「王将」の焼きたて餃子をおいしくつまみながら待つこと7分ほど。「お待たせしましたぁ」と目の前にやってきた待望の「広東麺」は、東京で食べていたのと全然違っていた。
東京のは甘じょっぱいあんかけ状のタレ…具は白菜や豚肉(あるいは牛肉)やもやしにんじん、キクラゲや、たまにレバやイカ、というのが定番だが、目の前に来たのは一応同じようなあんかけぽいのがかかっているが、野菜は白菜ではなくキャベツで、他にはもやしなどの野菜と、なぜかひき肉。Why ひき肉? そしてそのタレもいわゆる広東麺の「あの味」ではなかったので、思いきしガックシ落ち込んだのであった。
特にひき肉に全然納得がいかないまま「京都風(?)広東麺」を食い終わって「王将」を後にしたわけだが、この分だと、中太ちぢれ卵麺あっさり醤油味…という東京ではその辺のラーメン屋でいくらでも食えた「東京ラーメン」を食うのも至難の業かも知れない。
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シラトリチカオ

Author:シラトリチカオ
白取千夏雄/編集者。1965年函館市宝来町生まれ。元青林堂「ガロ」副編集長、97年よりフリー編集者・ライター・Web構築・管理他なんでも屋と、専門学校・大学講師など。
2005年夏、白血病告知・余命宣告を受けるが「慢性リンパ性白血病」に近いタイプと判明、無治療・対処療法、2014年より抗癌剤治療、巨脾へ放射線など治療開始。2015年夏左上眼瞼にメルケル細胞癌発症、眼瞼切除、再建手術、16年にかけて放射線も耳下腺に転移、郭清術、放射線治療中に再発、左眼球ごと摘出・皮膚移植。転移再発治療中ながらまだ生涯一編集者として生息中。
二十余年の東京在住ののち、07年から京都在住。09年5月、愛妻=漫画家・やまだ紫を脳出血で失った。
やまだ紫クロニクル

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